第55話 伏線回収の脱ぎ咲さん

 ホラー映画の影響により一人でトイレに行けなくなった藤咲の尊厳をなんとか死守したお次はお風呂か。

 せめてなぁ。

 風呂を上がるまでリビングで待っててほしいとかならまだ良かったのだが、どうやらトイレと同様に、入浴中に扉の外から存在をアピールしないといけないらしい。


「これ、藤咲が風呂にスマホ持ち込んで、通話繋げばよくないか?」


「……ダメだよ。白柳くんが逃げちゃう」


 ここでスマホの風呂ポチャが怖いとかじゃなくて、俺の逃走を危惧しているのがやはり藤咲クオリティ。

 まあ、服を着てないタイミングは基本的に身動き取れないだろうし、俺の逃走を察知してとおせんぼするのも難しくなるか。


「それに……面倒になった白柳くんが通話切っちゃうかもしれないし」


「おいおい……信用ないな」


「かけ直しても電波が悪いって嘘ついて着信拒否してくるかもしれないし」


「今この瞬間物理的に電波が悪くなって、着信拒否ならぬ会話拒否してもいいんだぞ」


「ごめんなさい」


 まったく……トイレの時からそうだったが、最悪に対する発想が本当に豊かすぎる。

 俺があの手この手で藤咲を陥れようとしているわけでもあるまいし、被害妄想たくましいのもほどほどにしてもらいたい。


「お、準備できたな」


 風呂場の方から軽快な電子音が聞こえる。

 お風呂の準備が完了した音だ。


「んじゃ、風呂入る直前でメッセージよこしてくれ。そしたら行くから」


「……服脱ぎ始めた隙をついて勝手に帰らない?」


「それいいな。採用」


「不採用だよ?」


 そうか、不採用か。

 それは非常に残念だ。


「……やっぱり、着替えるところから一緒にいてもらおうかな」


「なんだ、藤咲が脱ぐところを見守ってればいいのか?」


「そ、それは違うじゃん!? 脱衣所の外から声をかけてってことだよ!?」


 ほんの冗談のつもりでからかってみたところ、藤咲はわたわたと慌てながら身振り手振りで否定してくる。

 さすがにそうか。

 ……別にがっかりとかはしてないぞ。


 だが、トイレの時もそうだったが、扉の向こうに俺がいるというのが大事なんだろうな。

 じゃなきゃ通話拒否なんてしないだろうし。


「ほら、お風呂行くよ」


「……おう」


 こう……言葉にされると中々やばめなシチュエーションだな。

 女の子の入浴に連行される男の図、傍から見ると……うん、やばいな。

 でも、釈然としない。

 どちらかというと一人で風呂に入れないと駄々をこねているのは藤咲のはずなのに……なぜ俺が言い聞かせられてるみたいになるんだ。




 ◇





「いるよね?」


「いるから安心しろ」


 脱衣所。

 扉を隔てた向こう側で、脱ぎ咲が入浴のために裸になろうとしている。

 だが、着ているものを一つ脱いだらその都度確認しているのではないかと思う頻度で俺の存在を気にしている藤咲の声が何度も耳に届く。


「ねえ、いる~?」


 この調子じゃ裸になる頃にはせっかく沸かした湯も冷めてるかも……なんて冗談めかして呆れ笑いを浮かべていると、また確認の声が聞こえてきた。

 しつこいのでちょっと黙って脅かしてやろうかな。


(いるぞー)


 一応心の中で返事をして藤咲の反応を待つ。

 返事が聞こえないことに気付いて慌てるのだろうか。

 まあ、あんまり脅かしてぷく拗ねされても面倒だからほどほどにして返事をしないとな……そう思った矢先、脱衣所の扉がバンと勢いよく開かれた。


「やっぱり逃げた…………あっ」


 ばっちりと目が合った。

 飛び出してきた脱ぎ咲はとても気合いの入った下着姿で、その扇情的な姿に思わず見入ってしまう。

 上下黒色で揃えたセクシーで大人っぽい下着。

 待ち合わせで遅刻してきた藤咲が胸元をパタパタ仰いだ時にちらりと見えたのとは訳が違う、完全公開に視線が吸い込まれる。


 何を着ていくか決まらなくて遅刻して来たことだったり、色々試して脱ぎ散らかした結果、服と下着で大惨事になっていたリビングだったり……なんかすべてが繋がるな。

 でも、まさか返事がないからってノータイムで扉を開けて出てくるとは思ってもみなかった。

 逃げたと判断するにしてもあまりにも早計すぎるし、その格好で出てきてどうするつもりだったのか。

 というか、普通ここまで脱いでたら、もう少し躊躇ったり……しないか、痴女咲だし。半裸で追いかけてきても、藤咲ならギリやりかねないかもと思ってしまうな。


「あ、あぅ……いたの?」


「ちゃんといたぞ」


「そ、そっか。よかったぁ……」


 この状況で下着姿が云々よりも、そっちが優先されるのか。

 返事をしなかったことに怒るでもなく、俺がいるということに安堵した表情だ。

 ちょっとした悪戯心とはいえ、悪いことをしてしまっただろうか。


 だが、それはそれとして……いいかげん隠しもせずに下着姿でいられると目のやり場に困る。

 がっつり凝視した後だと説得力ないけど。


「藤咲……その、そろそろ……な」


「……え、あ。お、お見苦しいものをお見せしました」


 我に返り、下着姿で登場したことに気が付いた脱ぎ咲は見る見るうちに顔を赤らめて、恥じらいながら脱衣所に後ずさっていく。

 脱ぎ咲の下着姿は見苦しくなんてない。むしろ素晴らしいものを見せてもらったと密かに訂正しておこうと思う。

 結論、脱ぎ咲はエロ咲だった。

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