【悲報】アイドルオタクの私氏、推しに尻を揉まれた挙句、抱き枕にされる。

上埜さがり

第1話 「……あ、あれ……女の子……?」

 会社からの帰り、私と同じ様に帰宅を急ぐ社会人たちがすし詰めになっている金曜日の満員電車。画面の向こうで推しが眩しい笑顔を向けてくれるスマホを見たところ、時刻としてはもうすぐ20時になろうかという現在。


 いつも通りの安めなスーツで武装して、車両の隅っこ窓側に向かって立つ私は恐らく……チカンされていた。


 正確に言うならば、なんて曖昧なものじゃなくって、私がどうしてやろうかと考えている今現在も不届き者の手はスカート越しに私の臀部に触れているのだから、もう間違いないとは思う。


 こういった事は、その実ここ数ヶ月のうちに何度かあった。最初は満員電車だし、まぁそういうこともあるかと思っていた私なんだけれど、こうも見事に似た時間にお尻を触られ……いや、もう揉みに揉まれるものだから、私が狙われているんだと確信するに至った。


 正直自分でも、何で私なんだよと思わなくもない。もっと他に……違うか。誰であろうとチカン被害にあっていい筈もなし、すべからく乙女を泣かせる男は斬首一択だろう。チカン殺すべし、慈悲じひはない。


 これで私が華も恥じらうJKだったりしたならば、恐怖に怯えてどうすることもできなかったであろうが。残念な事に、私は味わいたくもなかったいも甘いも刻み込まれた一丁前の社畜なのである。私を恐怖させたいなら、自宅の台所で黒光りするヤツGに遭遇させるか、新入社員が隠していた仕事のミスが発覚するか、あるいは推しの卒業くらいは必要だ。最後のはまじでやめてくれ。


 ……さて、そろそろこのチカンやろーに、この世の道理という奴を理解させる時だ。奴はきっと、私が今まで抵抗しなかったのをいい事に、油断しているに違いない。そんな都合の良い天国の幻想をキメている奴に現実ってモノをわからせてやる。


 まずは不届き者の腕を掴むべし。ここで逃げられては、警戒されて二度と私に接触してこなくなるに違いない。そうなっては、他の誰かが被害に遭ってしまうかもしれない。だから確実にここで仕留めるんだ。私の尊敬する猟師さんもこう言ってた、“一発で決めねば殺される、一発だから腹がわるのだ”と。


 よし、いくぞぅ。


 決心して、それから自分が思うより素早く動いた私の手は、私の尻を堪能していた何某なにがしかの手首を確かに掴んだ……けど、思ったよりほっそいな、女の子みたい。だが私はヒョロガリ相手に手加減する気はないぞ。むしろ暴れられても勝てるかもと思えばこそ、このミッションを完遂させる気力が溢れようというもの。何せ私は親公認のむちむち女だからね、簡単に腕力で勝てると思うなよ。


 腕を掴んだら後は言葉だ、今後夢に見るくらいの罵倒を浴びせてやる。職場でのあれやこれやで、私のストレスゲージはマックスなんだ。なにが“雪奈ゆきなちゃんの彼氏に立候補しちゃおうカナ?”だよ! おっさんが彼氏とか言ってるなよ。あと苗字で呼べ、小仁熊こにくまさんって呼べよぉ! みてなよ、超必殺技で一発けーおーをお見舞いしてやる!



「……ねぇ!!」



 そして動きにくい満員電車の中、どうにか振り返って目の当たりにしたチカンの姿は。



「……あ、あれ…………?」



 ブランドのキャップを目深に、さらにその上に黒いパーカーのフードまで被って、口元も黒いマスクで隠している。


 けど、垣間見える目元や額で揺れるさらさらの綺麗な黒髪。それに細い腕に見合う程小柄に見えるし、何より短いスカートからがっつり覗く太腿は柔らかそう。


 多様性が一層認められる様になりつつあるご時世だけど……目の前の存在は、どう見たってただの女の子だった。


 いやでも、私の尻を揉みしだいていた手の持ち主はこの子だし……え、じゃあ私は女の子に尻を揉まれてたって事? ん、あれ? どういうこと?


 そんな風にしてはてなマークを頭の上いっぱいに広げつつ困っていたところ、不意に目の前の少女と視線があった。宝石の様な大きな瞳はきらきらと揺らめいていて、何だか今にも……泣いてしまいそう? そして気付く、この辺りの人間が私たち、いや主に私に向かってどこか非難めいた視線を送っている事に。彼らの目は“女の子を捕まえて何してんだコイツ”とでも言いたげだ。


 まずい、このままでは私が悪者みたいだ……!


 とりあえず状況を打開しよう。兎にも角にも、私が私の尻を好き放題していた誰かの手を掴んだ事は間違いなくって、その相手は多分目の前の泣きそうな女の子に違いないんだ。だから先ず、この子に話を聞くべきだ。


 努めて冷静に、さっきは威嚇の意味合いを込めて大きな声を出してしまったけど、冷静を装って私のペースを掴むところから始めよう。



「えっと……とりあえず、次の駅で降りよっか」



 ここで拒否されたら詰んでしまうかも、と言葉にした後で一瞬頭をよぎったけど、意外な事に彼女は静かにこくりと頷いて、私の言葉を受け入れてくれた。


 都合の良い事に開いた電車のドアに向かって、すみませんすみませんと周囲に詫びをいれながら進み、降りた後少し歩いてから一息つく。その間、彼女の手は離さない様にして。


 さて、ここからが本題だ。果たしてこの謎の少女を、私は如何にするべきなんだろーか。

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