第2話
嫌な予感がする。それが当たる前に先手を打つ必要がある。
「お返しって何?お金でもくれるっていうならうれしいけど、いらないもの貰っても困るから何か教えて。」
「大丈夫ですよ、絶対喜んでもらえるので、優美さんは何もしなくていいし、何も考えなくていいので」
「いらない!いらないから、そこ退いて」
「いらないかどうかは、終わった後に決めてもらったらいいですから……」
うめの手が服の上をわざとらしく滑っていく。布越しに肌に感触を確かめるように。
なんで、私の話を聞いてくれないんだけど。これ絶対そうだよな、エッチなことしようとしてるよね・・・・・・
うめは、何かに陶酔したかのような表情で額にキスを落とした。上に乗られていた重みがなくなって、逆に自分の体がふわりと持ち上がった。私は抱え上げられていて、すぐに下ろされたかと思ったらよく知るマットレスの反発が背中にあってベッドに移動したことを知った。
うめは立ち上がって離れた。
カーテンを閉めているうめを見て、嫌な予感はいよいよ確信に近づいていて、今ならと思ってベッドから飛び降りた。
落ち着き払ってカーテンを閉めていたうめが、私の方に近づいて、出口と私の間に入る。
「怖いですか?」
「怖い?そうだよ。怖いしヤバいよ、うめ。いらないって言ってるじゃん。話し聞けよ」
「私があげられるもので優美さんが喜んでくれて、優美さんが喜んでくれるのが私もうれしくて、もっと距離が近くなる手段なら良いことしかないじゃないですか」
「まず私が喜ぶ前提がおかしいじゃない、うれしくない」
「血を貰う時にする時は、大体喜んでもらえますけれど」
最低!他と私を一緒くたにされるとは。
「他は知らないわよ。私は好きでもない人としたくないし、したくない人にされるのは屈辱でしかない。いらないって言ってるのにしようとするならもう血もあげないから」
「うっ・・・えっ、そんな・・・本当に嫌なんですか?」
「そうだって言ってるじゃん」
「……わかりました、やめましょう。そうなんですか、そっか……そうなんだ・・・・・・じゃあ代わりに優美さんが、私に触るっていうのはどうですか?」
話は片が付くかと思ったら、別の提案が降ってきた。
別に血をあげないとは言っていないのだから、そんなことしなくてもいいだろうのに。
できれば関わりたくない。
「別にそういうお返しなんてしてほしくないから……もう出て行って」
うめの腕をつかんで、ドアの方に行こうと引っ張る。
「―――牙とか触ってみたくないですか?」
動かないままで、うめがそう言った。
・・・牙、それは触ってみたいかも。私は、動きを止める。
「・・・・・・うん。それならいいわ、触らせて」
そう言った。
「じゃあ座りましょっ」
うめがにこやかにそう言って、ベッドに腰掛ける。
「うん、でもカーテン閉めたから少し暗いね。開けよう」
「いや…ちょっと恥ずかしいのでこのままで」
うめは私の手を掴んで制止した。
「えっ、これ恥ずかしいの?」
「はい、牙をあまり見つめられるのは……」
「わかった」
薄暗い室内はそれでも誰かはわかるくらいの明るさはある。牙って見られると恥ずかしい、そういう感覚なんだ。ふーん。
そのままうめの隣に座った。
向き合うと、うめは口を半開きにしてこちらに見やすいように牙をさらした。
私はうめの腰のそばに左手をついて、右手の人差し指をそっと近づける。
とがった牙の付け根からゆっくり先端までなぞる。
「痛っ」
先端に触れて指先から赤い血がにじみ出てくる。
「すみません、無意識に牙が動いちゃって」
「ううん、大丈夫」
私は首を振ってそう言った。わざとじゃないんだから仕方がない。すごく鋭利だった。興味の方に意識がいっていた。尖った先を触ったのも良くない。
ペロリ、指先を眺めていた横から現れた赤い舌が、私の指先を舐めて滲んでいた血をぬぐってしまう。
「あっ、すみません」
これも無意識だったようだ。
「いい、ありがと。触らせてくれて」
「いいえ、こちらこそ」
少し恥ずかしそうにうめが頬を染めている。それはお礼を言われたことにか、牙を触られたことにかどちらなんだろう。
もう一度手を伸ばしてうめの顎のあたりを左手でつかむ、閉じていたうめの上唇を左親指で上げるとまじまじと覗き込んだ。
やっぱり顔を赤くして驚いている。
「牙を見られるのそんなに恥ずかしいんだ」
「それはそうなんですけど、いきなり顔を寄せてくるのもドキドキします」
「ごめん」
そう言われて、ん?と思うが謝った。
「あのー、私はしたくないって言われたから気を付けたのに、優美さんは血をくれる時も煽るし、恥ずかしいって言ってるのにいきなり顔を近づけてきて唇をめくって牙を見るのもひどいです」
「ああ、・・・そうか言われれば、ごめん」
「じゃあ・・・ちょっとくらい私も触るのゆるしてもらえませんか?」
「え?なんで?・・・触りたいの?」
「はい、触りたいです。私も口を触っていいですか?」
うめ自身が私に触りたいと思ってることに、なぜか少し優越感のようなものを感じた。
「わかったいいよ、少しね」
さすがに私も好き勝手なことをしたし、ひどいと思ったので許してあげる。
「はい」
うめの手は持ち上がってこちらにゆっくり近づいてくる。
伸びてきた手は私の頬に触れた。と思ったら親指が唇をなぞった。
唇をそんなふうに撫でるのはなんか変な感じだと思っていたら、うめの唇で私の唇は塞がれた。
一瞬思考停止して、おもいっきりうめの肩を押した。
「はぁ⁉何考えてるの!それは触るって言わないでしょ!反則!」
と引きはがす。
「牙を勝手に見られるのと同じレベルだと思いますけど」
待って、キスするのと牙を見られるの同レベルなのか?
いや、吸血鬼の基準が分からないからそうなのか?
「えっ、そうなの?えっ、えっ?……ごめん。ま、まあいいや。じゃあ、これでおあいこね。……嫌なことしちゃったのは悪かったわ」
「嫌なこと?はされてないですが……ほかにもっとしたいことはあります……」
ん?
「え?いやいや、私のしたことひどいって言ったじゃない」
「ん?ひどいというのは平気で私を煽るようなことをするからそう言ったんですよ。私がしたくて我慢しようとしてるのに煽るから……」
「待って、お返しっていうか、うめがしたいことしようとしてるだけじゃん」
「WinWinじゃないですか」
「ほぼあなたが得をしてるのよ、それ。血を吸われた上にしたくもない相手とするってことでしょ」
「したくもないって言ってますけど、普通自分の体から吸血されるのを許すって時点で結構関係として許しているんですよ。私に触られるのも別に嫌じゃないってことですし。キスされて、まあいいやって優美さん言ったんですよ、さっき。それしたくない相手ですか?」
ややこしい・・・・・・
「それは申し訳なかったからで、まあいいやって、なんとも思ってないってことだから、嫌悪してるとかじゃないからってだけで・・・」
「なんとも思ってないなら、嫌悪してないなら、やってみてもいいじゃないですか。優美さんがどこまで許せるか試してもいいじゃないですか」
どこまでも食い下がるのは、なんなの。ああもう!
「・・・じゃあ、どうしてもしたいってちゃんと真剣にお願いするなら少しくらい試してもいい」
魔が差したというのだろうか、目の前の少女がが一生懸命になってお願する姿が見たいと思った。誰かに懇願される姿を想像すると悪くないと思った。
うめは私の前に正座して、ベッドに座る私を見上げた。
「優美さん、お願いします。私と、うぇrちゅあsdfgしてください」
「何言ってるか分かんない。めっちゃごまかした……」
「目の前にして真面目にお願いするの恥ずかしいですよ」
「真面目にとは言ってない。ちゃんと真剣に本気さが伝わってくるようにってことだけど」
「こういうことですか?」
少しの間虚空を見つめるように考えていたうめが、おもむろに動き出す。
正座していた体制から、膝立ちで右手を私の太ももに置いて滑らせる。
「優美さん、お願いします」
うめの顔が耳元に近づいて、囁かれる。体をぴったりいとくっつけて抱きしめられる。
「私が本気かどうか触らせてもらえたら分かってもらえるはずです。もっと触りたい」
うめはゆっくり手を服の裾から滑り込ませた。
吸血鬼の少女がお返しにと迫ってくる @mizu888
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