吸血鬼の少女がお返しにと迫ってくる

@mizu888

第1話

「高梨さんですよね?」

学校帰りにいきなり行く手を塞がれて、そう尋ねられた。年恰好が同じくらいだから、彼女も高校生だろうか。きれいな顔してるなこの子そう思った。


「いえ、どなたですか?」

 学校でも見たこともない顔。黒髪ショートヘアで肌の白さが際立っている。どうやったらそんなに日焼けしたことないような肌になるんだ…少し羨ましい。


「あれ、高梨さんじゃないんですか」

「違いますけど、だから誰?」


 いきなりしつこくされて、丁寧さを忘れて返事してしまう。

 高梨は母の旧姓だ。私の姓は松上。まさか母の旧姓で娘を間違うわけないし、いきなり名前を聞いてくる変な人にそんなことを教える必要もない。見た目がいいからって流されたりしない。

 たぶん関わらない方がいい。彼女の横を通り過ぎようとした。


「いや、絶対そうだ。この香りを間違うはずがない」


 いきなり顔を寄せてきて人の匂いを嗅いできた。


「なに?気持ち悪い」


通り過ぎるのを諦めて、後ろに2~3歩下がる。


「あれっ?……私、警戒されてます?」


「当り前でしょ、いきなりなにしてるの!」


 キモッ・・・何なの、腹が立つ……


「すみません、つい、いきなり話してしまいました。ちゃんと説明しなきゃですよね」


 失礼なヤツかと思ったら、急に下手に出て来たので拍子抜けして、少しだけ警戒心が薄れた。


「少しくらいは聞いているかと思うんですが、私、角田うめっていいます」


「角田うめ…って、あなたが……」


確かに聞き覚えがあった。「角田うめ」についての話は聞いている。ようやく、彼女のことが誰か分かった。正確にはそういう人物がいることを聞いていたというだけだけれど。


「あなたのお母さんにも、今のあなたくらいの時に会ったんですよ。高梨美幸さんでしたよね。・・・結婚されたんですよね。もしかしてあの時の彼氏?松上何とかっていう…」


ちょっと待った、お母さんとお父さん、今の私くらいの時に会ったということは高2くらいから・・・


「えっお母さん、お父さんと高校の時から付き合ってたわけ⁉知らなかったんだけど」


「ああ、ではあなたは松上というんですね・・・それであなたの名前は松上・・・なんと?」


「私は松上優美。……母さんから聞いたことある、高校の時にあなたに会ったって。おばあちゃんの知り合いなんでしょ?歳をとらないっていう」


「基本そうですね」


「マジか…」


「重要なのは年を取らないというほうじゃ無いと思うんですけど…」


「?」


「聞いてないんですか?ところで…優美さんは今誰かと付き合っているんですか?」


「何、その質問。今聞くこと?いきなりそう言うこと聞くの失礼だと思うんだけど…」


「ダメでしたか?とても重要な質問なんです、私にとって…」


「重要って…い、いないけど……、なんでそんなこと教えないといけないの?説明して」


なんだか真剣な顔して言うから答えてしまった。でも、理由を聞かないと納得できない。


「ホントですか!」


角田うめはすごくうれしそうな顔をして喜びあがる。

いや、説明してって言ったんだけど聞いてる?


「だから、理由は?なんでそんなこと聞くの?」


そうかと思ったらまた真剣な、というより刺すような瞳で、口は微かに笑んで言う。


「ぜひ、あなたの血が欲しいです」


「・・・」


 理由になってないし、寒気がした。背中を這って行くような寒気が。血が欲しいなんてそんなこと、いきなりなに言ってるんだ。人の話し聞いてる?この

 私はまた後ろに下がった。



「すみません、また警戒させてしまいましたね。ぜんぜん酷いこととかするとかじゃないんです。少しだけ協力してほしいなって、吸血鬼ってきいたことありますか?私、そんなところです」


 怖いと思ったら、いきなり表情がゆるくなったり、ノリが軽く話しかけてきたりコロコロと変わる彼女の本質が分からない。吸血鬼って……えっ、おばあちゃんからもお母さんからも、血を吸われたとかそんなこと聞いてない。いきなり凄いことを告白されたけれど、なぜだか今私が感じているのは恐怖ではないなというのは分かる。

 

 というか・・・


「彼氏関係ないじゃない。……なんでそんなこと聞かれなきゃいけないの?」


「反応するのそっちですか……吸血鬼ですよ……」


「うん、それにもビックリはしてるわ」


「……それで私、あなたのおばあちゃんが、好きだったんです」


うん。……ん?


「亡くなった母方のおばあちゃんのことよね?」


少し寂しそうな顔は半信半疑だった私に、本当におばあちゃんのこと知ってるんだと思わせた。

好きだったって、そういえばおばあちゃんよく会ってたって言ってたな。親友だったってことなんだろうな。


「そうですね、亡くなってしまったんですよね。もうだって富子さんに会ったの70年以上前ですから。あなたのおばあさん富子さんは結婚していたので仕方がなかったですね。諦めました」


……ん?諦めるって何?


「それで次に引き寄せられたのがあなたのお母さんで、富子さんに顔も香りも似ていたので…でもそれに気づいたときには彼氏がいたので、また諦めました。」


……ん?ん?


「それで待ってました……優美さんにも、フフッ・・・面影があって、ヘヘヘッ最近香りが強く感じられて、引き寄せられてしまいました」


「んん?なんか気持ち悪い笑いしないで。さっきから意味が分からないんだけど、結婚とか彼氏とか、おばあちゃんもお母さんも諦めるとか・・・どういうこと?怖いんだけど」


「本当に好きな気持ちはあるんですよ、2人にも・・・」


やっぱりわからない。どんどん混乱する・・・


「・・・なんで結婚してると諦めるわけ?友達でしょ?」


「友達・・・・・・では足りないです。私の気持ちはもっともっと大きくて……気持ちが大きと血が欲しいというのも大きくて」


「もしかして好きって…そういう好き……?」


「これは恋愛感情っていうやつだと思います」


「ずっと私の家系を追って・・・あっさりおばあちゃん諦めて、お母さん諦めて、次々に乗り換えてるじゃない。・・・・・・それ恋愛の好きとは違うくない?血が欲しいっていうのが、恋愛の感情だと思ってるみたいな?そうなんじゃない?

……それは置いといて、どちらにしても、それで血が欲しいと言われてうなずくわけないでしょ」


「そう、ですよね…血が欲しいっていう感情をそういう恋愛感情と一緒くたになってしまってるだけなのかも。でも好きだと思ってしまうのは紛れもない感情なので。富子さんや美幸さんを好きだったのも本当で。あなたを代わりにしようとしていることはひどいと見えるでしょうね。でもその血に引き寄せられてしまうのはどうしようもないんですよ。・・・理解してもらえないでしょうけれど」


その言葉は割り切った事実として言ったんだろうか……少し悲しそうな表情にも見える。


「血のせいで好きって思っちゃうってこと、だとして、どうしようもないわね・・・だからって彼氏いないから私ならいいっていうのは、はっきり言って迷惑だから。これで話はおしまいにしましょう」


「えっえっ・・・ああ、う~・・・・・・いやっ・・・わかりました。これで終わりにします。諦めるしかないですよね」


少し言いよどんでたけど、すんなり諦めたし。彼女はうな垂れて落胆した表情を浮かべている……わかりやすく肩を落として、もう帰っていこうとする。……後ろ姿を見ると妙にかわいそうだと思う。


は~。ため息を吐く。


「わかった、あ~、もう。ちゃんと話を聞くから戻って」


 そう彼女の背中に向かって叫ぶと、くるっとわんこのように戻ってくる。本当になんなんだろうか、この子。この子というにはだいぶ年上だが……。


「とりあえず、お母さんも知ってるんだしウチに来て」





 しっぽを振るわんこを家まで連れ帰った。

 玄関から、廊下を抜けてダイニングに入る。


「おじゃまします」


 私が先に入ると、角田うめは玄関であいさつして、静かに着いて来る。


「あ、、美幸さんお久しぶりです。」


 リビングに入ると、すぐにお母さんを見つけてそう言った。


「あら・・・⁉うめさん・・・・・・⁉︎わー本当に変わらないわね」


 2人は向き合ってニコニコとお互いを懐かしんでいる。

 スマホであらかじめお母さんには連絡しておいた。

 数十年来の親友にでも会ったかのような口ぶり。周りからしたら親子にしか見えないんだから奇妙な光景だ。


「座りなよ」


 私は角田うめにダイニングテーブルの空いている席を示した。

 私もその隣に座った。お父さんは仕事でまだ戻っていないから、今は3人だけだ。


「で、お母さんは血を上げたことあるの?」


「いいえ、お母さんお父さんとずっと付き合ってたから、うめちゃん血を欲しいって言わなかったんだよね」


「そうですね」


「ちょくちょく会いに来てくれてたけど、いつの間にか来なくなったよね」


「……」


「あ~、さすがに脈が無さすぎてあきらめたんだ」


「……」


「優美ちゃん」


 お母さんの言わないであげてという視線。

 角田うめの方を見たが、顔を逸らされた。ちょっとそれは、傷口だったか?


「別に、彼氏いても血が欲しいって言ってみればよかったのに」


「・・・・・・イヤですよ」


 下を向いていしまった。


「あの、優美さん2人でお話できませんか?」


「うん…優美ちゃん。うめちゃん話辛そうだしお部屋で2人でお話してあげて」


あ、気づいた。振られた人と振った人な関係なんだなこれ。お母さんは振ったとかそういうのは思ってないだろうけど。


「・・・わかった」



 ダイニングを出て私の部屋に向かう、角田うめは静かに私の後ろをついてきて、私が部屋に入ると恐る恐る彼女も部屋に入ってきた。


「そこ座って」


 ローテーブルのクッションのある場所を指す。


「お邪魔します」


「少しくらい血はあげてもいいでも、でも彼氏だの結婚してるだの、そういうの気にしてるあなたにちょっと理解ができてない。血をもらうだけの関係になればいいじゃない」


「たぶんこれだけ惹きつけられる香りなんで我慢できなくなると思うんです。自分のものにしたくなっちゃうというか、他の人にあげたくないというか」


「好物を隠す犬みたいな・・・今までそうだったの?」


「いえ、ここまでほしいという感情が、あなたの家系だけなので。……って、いやちょっと、犬みたいって……」


「それでこういう感情は、富子さんが初めてで、血は、富子さんにも美幸さんにも貰ったことがないからどうなるかわからないんです。だからめんどくさい付き纏いをして嫌われたくはないじゃないですか」


「付き合ったら付きまとってもいいとは限らないけどね。にしても、変なとこ心配症。付きまとうの我慢しなさいよ。今まで飲まずになんとかなったんなら我慢できるでしょ。たまにくらいなら……あげるから・・・・・・とりあえず試しに飲んでみる?まあ、でも我慢できなかったら困るから最初は身動き取れないようにさせて」


「えっどういうことですか?」


「まあまあ待ってて。ちょっと座ってて、探してくる」


 たぶんこの辺にあるはずと家の中をさがして見つけた。


「はい、家にあったロープ」


 部屋に戻る途中、お母さんに変な目で見られてたけど、変な想像しないでって言っといた。


 そうして、角田うめは大人しく私に後ろ手で縛られている。足首も縛って体育座りの後手。なんか悪いことしてる気分になるわ。


「じゃあ、角田うめ。準備はいい?」


「なんでフルネームなんですか?」


「おばあちゃんもお母さんもうめちゃんって呼ぶけど、うめちゃんって感じじゃないな。なんか角田ちゃん角田もなんか違うし」


「よくわからないですが、こだわりがあるんですか?うめって呼んでくださいよ」


「んーうん。じゃあ、うめいい?」


「ええ、優美さんはいいんですか?」


「はい、どうぞ」


 私は左腕を差し出した。


 うめはは私の左腕に顔を近づけて唇をつける。

 そして、こちらの様子を伺った。


「じゃは、いひまふよ」


 唇をつけたまま喋るから、くすぐったい。

 皮膚を押される感覚がして、チクッとした痛みがする。うめが痛みがしたあたりをペロリと舐めて口を離した。

 うめは 後ろ手に縛られたまま横に倒れて転がった。


「えっ、どうしたの」


「うっ、ぐっ・・・」


は?


「えっ!?なに、ねぇ!大丈夫⁉」


 転がって体育座りを、さらにギュッと小さくしたような格好で身動きがない。


「うめ!大丈夫?」


「大丈夫です。ちょっと美味しすぎて悶えただけで」


 なにそれ・・・まぎらしい……

 わざとらしジェスチャーで表現して見せられただけのようだ。


「なっ・・・心配して損した」


「心配してくれるんですか、私を?」


 バッと顔だけこちらにむけてうめは、反応する。


「目の前で何かあったら誰でも心配するでしょ」


「私は人じゃないですよ、ヒトですらないのに心配するんですか?」


 何かわからないけど、その自虐的な言葉に、沸々と腹が立った。


「はっ?関係ないわ、私がそう思ったんだから」



 話を聞いているのかいないのか、うめは反応を示さない。


「そろそろ解いてくれませんか、この拘束」


 そう言って、手首と足首のところを少し動かした。

 ああ、血を舐めたところで何の影響もないようだし、もう解いてもいいか。

 そう思って紐に手をかけたところで、素直に縛られて、身動きできなくなっている相手を見ていたら、いたずら心が湧いてきた。


「本当にちゃんと我慢できそうか、もうちょっとちゃんと確かめないとね」


 自分でも悪い顔をしているのがわかるくらい、口の端をあげた笑顔をうめに向けた。さっき咬まれた腕からぎゅと血を絞り出す。すると、たらりと腕に赤いスジができた。

 気づけばそれをうめが凝視している。


「あれあれ、やっぱり我慢できそうにないね」


 いまだに小さくなって転がっているうめの鼻先に血の滴る腕を伸ばした。

 フイっとうめが顔を逸らしたので、うめの背中側から四つん這いなって、覆い被さるように腕をまたうめの顔の前でひらひら動かす。

  また、うめがそれを凝視するので面白がって見ていた。


 ガッと、いきなり強い力で引き寄せられる。


 何事が起きたのかわからない。なんで?私は紐を解いてないのに……


「私は信用してもらおうと思って一生懸命我慢したのに」


 縛ったはずの縄は解かれていて、私はがっしり肩を掴まれて、正面にいる彼女の両足の間に私の体が収まっている。


「ロープなんて意味なかったってこと?」


「いや、だって、抜け出そうなんて思わなかったし、あんな煽られなければ我慢できてたんですよ!できてたのに。血もそうなんですけど、それよりも優美さん覆い被さってきたから、その首筋の香りが・・・抗い難くて・・・」


 うめは私の首筋に顔を埋めて、スーと息を吸い込んだ。

 さっきから体を押しのけようとしているのにびくともしない。


「だましたの⁉最低!」


 うめはいまだに首筋に顔を埋めたままで私の血のスジの固まった左腕を手に取った。顔だけを横に向けて固まった血を溶かすようにペロペロと舐め取られる。それが綺麗に無くなるとまた首筋に向き直る。それから今度は首の付け根鎖骨の上辺をペロリと、舐められた。

 まずい、これはきっとまずい。止められない……


「全然足りない・・・」


 またペロリと舐められる。


「優美さん、いいですか?」


「そんな質問するくらいには、余裕があるならやめてって言ったらやめてくれる?」


「・・・・・・」


 答えはなかった。

その代わり、うめはふーと息を吐き出した後、ゴクリと喉をならした。

 うめには私の質問は届いていなかったようだ。

尖った犬歯の圧力をさっきから舐められていた皮膚に感じる。もう覚悟を決めるしかない。煽った私も悪いのだ。


 ゆっくりと突き立てられて深く刺さったのに、思ったほど痛みはない。


 けれど、チュ……チュッパ、クチュ、グジュ…ッチュル……しばらく耳にわざとではないかというほど、生々しく響く音を聞かされる。それが背中を駆け抜けるような寒気を呼んで、ギュッとうめの脇腹ごと服を握りしめた。


「痛っ」


「もういいでしょ!離して!」


 強めの口調で言うと唇が離れてうめは顔を上げた。


「すみません」


 うめは傷口をペロペロと舐めて、こちらを見ると正気に戻ったのか眉を八の字に下げて謝ってきた。


 は〜とため息をつく。

 


 あのまま、殺されるかと思った……私は起き上がろうとする。


「まだですよ。もらったからにはお返しするまでがセットですから」


 満面の笑みでうめは私を見下ろしたままだ。















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