28:歪み
「ロアン! 何故そこで力を弛める? 気を抜くでない!」
シノの叱咤の向こう側で、ロアンは膝をついて咳き込んだ。頭から大量の水を被ってしまい、肩で息をついている。『攻撃のための強力な術』をロアンに教えようとしたところ、『コレ』である。その歯がゆさに、シノは苛立った。
リュウが忠告していた通り、ロアンは『そういう術』には興味も意欲も見せなかった。「より上位の術を覚えるならば、攻撃の術も知らねばならぬ」と、シノは切々と諭したが、どうにも芳しくない。
水属の鬼術は、その質量がものを言う。『より多くの水を、より自在に操れる』ほど、上級者なのだ。シノはロアンに、大波をおこす術を教えようとしていた。集めた水を波立たせ、一定の方向を示しながら波を増幅させてゆく。その水量が多ければ多いほど威力は増す。そういう術だ。大人数が相手の時や、砦や街など広範囲を攻める時など、一気に押し流すことができるので、シノは重宝していた。
しかしロアンは術を練り上げている途中、力の流れがぷつりと切れてしまうのだ。水を操る練度が足りないというよりも、何かを気にして集中力が突然途切れる。
戦が原因で鬼に成ったと聞いていたので、争いごとに恐怖心があるのかと思った。しかし、それが根本ではないらしい。確かに覇気は薄かったが、人との手合わせが苦手というわけでもなさそうなのだ。術を使った力試しでは、策をめぐらして挑んでくるほどだったのに。
どうやら本人の中で、『ここまで』という線引きがあるらしい。『それ以上の力は求めない』という、頑固な意志を感じる。しかしシノが教えたいのは、『それ以上の威力の術』に他ならない。どうしたものかと臍を噛み、彼女は苛立ちを募らせた。
「何なのじゃ! 何故そこで弱気になる? お前が今まで使っていた術と、やっていることは大差ないであろうに!」
「……」
「戦を嫌っているのは分かったが、いざという時に戦う力がなくば、倒れるのはお前のほうじゃぞ! 相手を殺すくらいの気概でやらんか!」
「……同じ強力な術を教わるなら、防御の術が良いです」
「たわけ! それでは意味がなかろう!」
この調子である。ロアンが何を危惧しているのか分からないが、『何か』が邪魔をして、彼の成長の『もう一歩』を妨げている。そう、シノは考えた。
では、その『何か』とは? それをロアンのために、排除しなくてはならない。当然のことだ。ロアンは面白い弟子で、かわいい弟子だ。リュウは『向いていない』などとほざいていたが、いずれは自分の片腕として取り立ててやりたい。ロアンもそれを望んでいるはずだ。その『何か』を消し去れば、ロアンも素直になるだろう。
シノは、歪んだ執着を募らせてゆく。そして舞い降りた天啓のごとく、その『何か』に思い至った。なるほど。リュウやハナが、でしゃばってくるわけだ。
『アレ』のことも嫌いではなかったが、ロアンの妨げとなるのならば、しかたがない。
面布の下で、シノは恍惚に頬を染めた。
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