24:弱さと強さ
しばらくして、リシュは体調をくずした。とつぜん高熱を出し、寝込んでしまったのだ。
通常、仙が『病に罹る』ことは無い。毒を受けたとか、身体の一部を損なうような大怪我をしたとか、回復が追い付かない時に熱が出ることはあるが、いわゆる風邪やはしかといった病気とは無縁のはずだ。しかし現に、リシュは苦しんでいる。
ハナは大層心配し、焦った。街医者と共に色々と探ってみたが、その原因は分からなかった。幸い解熱の薬は効いたので、飲ませて休ませるしかない。
氷水に手拭いを浸すハナの隣で、リュウは心配半分、呆れ半分に言った。
「こいつ、ロアンが居なくなったことが悲しくて倒れた、とかじゃないだろうな」
「まさか。そんなことはない、と思う、けど……」
ハナは否定しようとしたが、その言葉尻はしぼんでゆく。あながち間違っていないかもしれないと思ったのだ。
こういう言い方はどうかと思うし、双子の経歴を考えれば、そうなるべくしてなったことなのだろうが、確かにロアンはリシュに依存し、リシュもまたロアンに依存していた。二人で話し、二人で聞き、二人で決める。リシュとロアンは合わせ鏡のように、良くも悪くも『二人で一人』だったのだ。
先を見据えた納得の上とはいえ、双子は離れた。意地っ張りのリシュのことだ。ロウザンに戻って来ても、しばらくは気丈に振る舞っていたのだろう。それが限界にきて倒れた、というのは、いかにもありえそうなことではある。
「いや。案外、そうなのかもしれないな」
リシュの額にかかる髪を撫ではらい、ハナは手拭いを乗せた。
「だろう? だから、きっと大丈夫だ。リシュは、しぶといからな。今は身体に出ているが、そのうち自分で落としどころを見つけるさ」
「……そう、だね」
「なぁに。子どもの知恵熱とでも思えばいいさ。要は『気にしすぎ』だ」
「はは。リシュには聞かせかれないな」
この数日の間、リシュの熱は上がったかと思えばり下がり、下がったかと思えば上がり、と繰り返していた。下がりきらない熱は心配だったが、重湯や潰した林檎なら喉も通る。
よく眠らせて、ゆっくり回復を待とう。そう考えて、ふと別の懸念がハナの胸中に広がった。
「ロアンは、大丈夫かな……?」
リシュが『こう』なっているということは、ロアンも『こう』なっているかもしれない。ハナは不安を示したが、意外にもリュウは淡白だった。
「どうだろうな。……案外、向こうの暮らしを楽しんでいるかもしれないぞ」
「そう……?」
「だって考えてみろよ。ソウコはアレの知識欲を揺さぶるモノだらけだ。浮かれないわけがないだろう?」
「う、それは確かに」
ハナは納得してしまった。ソウコの湖には、いかにもロアンの好きそうなモノがあるのだ。彼が目の色を変える姿が、容易に想像できる。
「それに、ロアンはおそらく『落としどころを見つけた上で』修行に出たからな。リシュよりは、覚悟が決まっていたように思う。そういう割り切りは、ロアンの方が上手い」
「……まあね」
それもその通りだったので、ハナは頷いた。目の前に横たわるリシュを想うと、淋しく感じないわけではなかったが、それは双子にとって必要なことだ。そんなハナの感傷を、リュウは笑い飛ばした。
「ま、『早く帰りたい!』というのが一番の行動理念だろうよ。そのためには、修行に励むことがいちばん近道だと、合理を採るのがロアンだ。切り替えてしまえば、それも楽しめるのはリシュもロアン変わらないだろう? こいつも落ち着けば、片割れのいない暮らしを満喫するさ」
そう憎らしげに囁くと、リュウはリシュの頭をそっと小突いた。
リシュはその後も、しばらく寝込んだ。起き上がれるようになっても、熱は一進一退を繰り返し、ようやく満足に動きまわれるようになったのは、実に一月も後のことだった。
「良かった。もう、大丈夫そうだね」
軽い組手を終えたハナは、相手の肩を軽くたたいた。安心したのだろう。これ以上ないほどの、満面の笑みだ。かわって、リシュの息はあがっている。
「すごく、鈍ってる、なぁ……」
思うように動けなかったことが悔しかったのだろう。ゼイゼイと息を切らしながらも、リシュは口を尖らせた。
「そんなこと。病み上がりなんて、こんなものさ。しばらくすれば体力も感覚も戻るよ」
「そうかな?」
「そうさ」
ハナは、うん、うん、と大げさに首を振り、自信満々に断言した。どこからその自信がやって来るのかは知れないが、何となく信じてしまう。その魅力に、リシュも笑った。
「でも、もうしばらくは、ひたすら基礎かな。まずは、落ちた体力を戻さないとね」
「はぁい……」
リシュは大きく伸びをして、身体の力を抜いた。体力は落ちて鈍ってはいるが、身体は軽い。寝込んでいた間のことはよく覚えていなかったが、あれほど霞がかっていた頭の中は、自分でも驚くほどすっきりとしていた。まるで熱が靄を、連れ去っていってくれたような気分だ。
『ロアンは居ない。しかし、別に死んだわけでも、行方が分からないわけでも、戻ってこないわけでもない』
以前はロアンが居なくなることを、自分に無理やり納得させるための言葉だった。でも、今は違う。心から、そう信じることができる。ならばリシュも、ここで自分ができることを努力するしかない。なによりロアンだけが成長して戻ってくるなんて、何だか悔しかったのだ。
「ねえ、ハナ。ロアンが修行に出ている間に、私も何か、新しいことを学びたいな」
「なるほど。リシュも何か、目標を持つのは良いかもしれないね。そうだなぁ。水属の仙術をしっかり学ぶのもいいけど、やっぱりリシュは体術を伸ばした方が良いと思うんだよね。あ、そうだ。うん。……でもなぁ」
ああでもない、こうでもないと思案していたが、何か妙案を思いついたらしい。ハナはきらきらとした期待と、何故か後ろめたさを含んだ眼差しを、リシュへと向けた。
「?」
「ねえ、リシュ。その件で、ちょっとやってみたいことがあるのだけれど……いいかな?」
ハナは可愛らしく、首を傾げたのだった。
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