天のきまぐれ

千賀まさきち

序:リシュとロアン

 リシュとロアンは百年ほど前、ニジョウの国のアザイという街で生まれた。


「ロアンのほっぺは、ふにふにしているなぁ」

「あなた。その子はリシュよ?」

「え? そうかい?」

「……そうじゃない?」

「まあいい。リシュもロアンも、どっちのほっぺたも、ふにふにだからな!」


 二人は女と男の双子で、幼い頃は見分けがつかない程にそっくりだった。子煩悩と呼ばれる両親ですら悩ませて、しばしば困らせていたようだ。父は代筆の仕事をしていたが、特別に貧しくも裕福でもなく、双子は両親の愛情を受けて、元気にすくすくと育っていた。


 少々事情が変わったのは、リシュとロアンが三つの時だ。所用で街へ出ていた両親が、馬車の事故に巻き込まれて亡くなってしまったのだ。

 三才の幼児に、己の身に降りかかった災難を理解できるはずもない。しかし周囲の空気から何か異常を感じ取ったのだろう。以来、双子は互いにべたりとくっつきあい、なかなか離れようとしなかった。

 近所に暮らす大人たちが交代で双子の面倒を見ていたが、それもいつまでも続けられることではない。幸い母方の祖父が存命で、娘夫婦の訃報を知ると、双子を案じて駆けつけてくれた。


 祖父は、アザイの街から半日ほど離れた山の中に暮らしていたが、近所に丁寧にあいさつと礼を述べてまわると、双子を連れて街を離れることを告げた。


「まあ、血のつながった爺さんに、育ててもらうのが一番だけど……」

「確か爺さん、奥さんに先立たれて今は独り暮らしだろう? 幼児の、しかも双子の世話なんて出来るのかい?」

「山の中だと何かと不便だろう。こっちに越してきちゃどうだい?」

「双子一緒には難しいけど、どっちか一人なら引きとるよ?」


 祖母はすでに亡くなっており、「女手のない家で三つの双子を育てられるのか」と心配されたものの、祖父は譲らなかった。何より双子を引き離そうとすると火がついたように泣き叫び、手がつけられなくなるのだから、しかたがない。

 結局、諸々の片づけが済むと、リシュとロアンは祖父に抱えられ、山へと移っていった。


 街と比べて山の暮らしは人淋しいものだ。しかし幸いなことに、祖父の家には多くの人間が出入りしていた。若い頃、軍籍に在ったという祖父は、『その筋』では名の知れた人だったのだ。祖父の古い友人知人、教えを乞う者、手合わせを望む者、世間話や相談事を持ち込む山ふもとの村人たち。実に様々な人々が、日々訪ねてきては滞在し、帰っていった。


 そして事情を聞いた彼ら彼女らによって、リシュとロアンは構われ、可愛がられ、しつけられ、世話をされ……やはり元気にすくすくと、育っていったのだった。


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