第49話 自己紹介
「はぁ、ホームルームを始めますよ。皆さん、席に着いてください」
教室。疲れた顔をしたコランティーヌ先生が教壇に立って手を叩きながら生徒たちに着席を求めた。
初日から決闘騒ぎがあったからなぁ。これも先生の監督不行き届きとかになるんだろうか? だとしたら、少しかわいそうだな。
「皆さん、入学おめでとうございます。ここにいる皆さんは、将来貴族としてこの国を支える大切な仲間です」
オレはコランティーヌ先生のお話を聞き流しながら、教室の中を見渡した。
主人公を探しているのだ。
「あれか……? いや、あっちか……?」
ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』では、主人公は男女を選択することができた。その見た目は自由にキャラメイクでき、名前も自由に付けることができる。
だから、見た目では主人公と識別するのは難しい。
「では、これから一人ずつ自己紹介してもらいます」
自己紹介か。ありがたいな。これで主人公の目星が付けられるかもしれない。
「ギーくんから右にいきましょうか。ではギーくん、お願いします」
「はい」
一番最初に立ち上がったのは、赤髪の意志の強そうな少年だった。こいつが主人公か?
「俺の名前はギー、あーっと、自己紹介って何言えばいいんだ?」
「好きな食べ物なんていかがでしょうか?」
「好きな食べ物は肉だ。いつもは豚ばっかりだけど、いつかは羊が食ってみたいな」
コランティーヌ先生の援護を受けて、ハキハキと自己紹介を続けるギー少年。家名を名乗らなかったということは、平民なのだろう。主人公の可能性がある。
そんなギー少年をクスクス笑う複数の声が教室に響いた。
まぁそうだね。羊肉なんてそんなに高いものじゃない。それを食べたいという少年の経済状況が察せられる。
でも、ゲームの主人公も孤児だったし、可能性はあるんだよなぁ。
「な、なんだよ?」
突然笑われたギー少年は、わけがわからないのか困惑していた。
「皆さん、詳細は話せませんが、ギーくんは強力なギフト持ちですよ。仲良くしてあげてください」
ギフト持ちか。
ギフトというのは、女神が与えた特別な才能だ。それなりの数の人間が貰えるが、その中でも強力と認められ、平民が学園への入学を許されるレベルとなると限られる。
ゲームの主人公も【祝福】という強力なギフトを持っていた。やっぱりこいつが主人公なのだろうか?
「では、次は女の子にいきましょう。ジゼルさん」
「はい」
立ち上がったのは背の高い明るいピンク髪をショートカットにした少女だ。
「あたしはジゼル。好きな食べ物はカスレかしら? よろしくね!」
カスレは鳥肉と豆を煮込んだ家庭料理だな。ヴィアラット領でもよく食べた料理だ。すでにヴィアラットの大自然が恋しいよ。
「ジゼルさんも詳細は言えませんが、強力なギフトの持ち主ですよ。皆さん、仲良くしてあげてください」
このジゼルという少女も主人公の可能性もあるのな。
結局、男二人、女二人の四人が平民出身で、強力なギフトの持ち主らしい。
まぁ、平民が学園への入学を許されるケースの大半がギフトだ。四人が四人とも強力なギフトを持っているのはある意味当たり前とも言えるだろう。
だが、主人公が誰だかまったくわからないのは予想外だ。
これは虱潰しに情報を集めていくしかないな。
しかし、コランティーヌ先生が言葉を濁した通り、ギフトは平民の生徒たちにとっての生命線だ。その情報を親しくもない相手に簡単に漏らすとも思えないな。
面倒なことになりそうだ。
でも、よくよく考えてみたら、オレは物語に関係しないモブだ。べつに主人公を躍起になって特定しなくてもいいのでは?
「そうだな。わざわざ探らなくてもそのうちわかるだろ……。それよりも問題なのは……」
「じゃあ、次はアベルくん」
「はい」
オレは立ち上がり、教室を軽く見渡すと、半分以上がオレから顔を背ける。
嫌われているわけではないと思う。たぶん。
おそらくだが、危険人物とみなされてオレの注意を引くのを避けているのだ。
入学初日に決闘するわ。魔法を使えるテオドールに勝っちゃうわ。テオドールの腕を斬り飛ばしちゃうわ。客観的に見ると、オレってかなり危ない奴なのでは?
テオドールが暴走したとはいえ、テオドールの腕を斬り飛ばした時、悲鳴とかあがってたもんなぁ。
少しずつ誤解を解いていくしかないか。
主人公に危険人物と判断されるのは避けたいし。
それにしても、テオドールが初日に難癖付けるのは主人公だったはずなんだが、なんでオレが絡まれるんだ?
本当に面倒なことをしてくれたものだ。テオドールがゲーム通りに動けば、誰が主人公かわかって一石二鳥だったのに……。
「オレはガストン・ヴィアラット男爵の子、アベル・ヴィアラット。王国の東北にあるヴィアラット領出身だ。好きな食べ物は、塩唐揚げ」
「しおからあげ?」
「なんだそれ?」
「東北の郷土料理でしょうか?」
ちょっとだけざわざわとする教室。オレは冷静に教室の様子を窺っていた。
もし、オレと同じように転生者がいるなら反応するかと思ったんだが……。驚いた表情はないな。転生者はいないのか?
「よろしく頼む」
オレは自己紹介を終えると、席に着いた。
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