第48話 決闘の後②
ようやく右腕が治ったことに納得したのか、テオドールがゆっくりとした動作で起き上がった。
「腕を治してもらったのは感謝しよう。だが、私はお前を許さない! 絶対にだ!」
腕がくっ付いて安心したのか、テオドールが吠える。その顔は怒りや憎しみで満ちており、その目には敵意がみなぎっていた。
こいつ、自分の不意打ち危険ファイアボールはなかったことにして、オレだけ憎むのやめてくれないかな……。なんでちょっと被害者面してるんだよ。
「行くぞ!」
「は、はい!」
そして、テオドールは取り巻きのシラスを引き連れて校舎に帰ってしまった。
勝手な奴だなぁ。
できればこのまま土下座してもらいたかったんだが……。まぁ後でいいか。
「決闘は終わりですね。さあ、皆さん! 教室に戻ってください!」
「決闘すごかったな」
「テオドールって言ったか? 案外あっけなかったよな」
「それより魔法を斬ったことが驚きですわ。ぜひとも我が陣営に迎えたいものです」
「魔法って斬れるんだなぁ」
クラスメイトたちがゆっくりと思い思いに校舎へと帰っていく。そんな様子をコランティーヌが溜息を吐いて見ていた。
「アベル、大丈夫だったかしら?」
「ああ。シャルリーヌは無事かな?」
「ええ! なんともないわ! それにしても……」
シャルリーヌが首だけ振り返ると、校舎の方を見た。その視線の先にあるのは、大股でずんずん不機嫌そうに歩いているテオドールだ。
「とんでもない方に目を付けられてしまいましたね……」
「まぁ、大丈夫でしょ。オレのが強いし」
「そうかもしれないけど! 心配したのよ?」
自分で言うのもおかしな話だが、オレは強いと思う。少なくともテオドールよりは。
オレはゲームを通してテオドールの手札とだいたいの実力を知っていた。
だから、決闘にも簡単に応じたし、むしろヴィアラット家がダルセー辺境伯家の影響下から抜け出すチャンスだと思った。
だが、シャルリーヌから見れば、オレの実力なんて知らないからね。心配するのも無理はないか。
「それより、テオドールが言い出したことだけど、シャルリーヌを賭けの対象にしてしまってすまなかった……。オレはキミの婚約者失格かもしれない」
まさかテオドールがシャルリーヌを求めるとは思わなかったのだ。ヴィアラット家のことを思えばまたとないチャンスだったし、必ず勝てる自信はあったけど、自分の婚約者を賭けの対象にするとか、普通にダメな奴な気がする。
「まあ、仕方がないわよ。格上からの申し出を断るのは大変だし。アベルは約束通り勝利してくれたわ。だから、気にしないで」
「ありがとう……」
十二歳の女の子にここまで気を遣われるとは……。一応、シャルリーヌとは同い年ではあるけど、なんだか自分がひどく情けない。
シャルリーヌはこう言ってくれたけど、オレには屈辱を飲み込んで決闘を断るという選択肢もあったのだ。
決闘には両者の合意が必ず必要だ。いくらテオドールから煽られようとも、オレが頷かなければ決闘は成立しない。
まぁ、その場合はヘタレ認定されるかもしれないが。
「オレたちも教室に戻ろうか」
「ええ!」
決闘騒ぎもこれで終わりだな。しかし、ゲームでは学園の初日に決闘騒ぎなんてなかったはずだが……。どこでゲームの展開と差異が生まれたんだ?
モブのオレにはあんまり関係ないけど、この世界は必ずしもゲームの通りに展開するわけではないらしい。
これはかなり大きな発見な気がする。
オレとシャルリーヌが結ばれる未来もあるってことだもんな!
テンション上がるね?
ゲームといえば、主人公はちゃんと存在しているのか?
そこも確認しないとな。
やれやれ、学園に入ったら一気にやることが増えたな。この先の未来がゲーム通りに進むのか見極めないといけないし、シャルリーヌのことも真剣に考えないといけない。
今回のテオドールとの決闘で、ヴィアラット家がダルセー辺境伯家と寄り子寄り親の関係ではなくなったのも大きい。ヴィアラット家の独立だ。
もう無駄にダルセー辺境伯家へ税金を納めなくてもいいし、領内の法律も他の貴族家との関係も自由にできる。
良いことばかりのようではあるが、実はデメリットもある。それは、王様に領地をちゃんと治めていないと判断されると領地没収の可能性があることだ。
まぁ、王様だってこんな強権使ったら貴族たちに警戒されるし、なにより父上はちゃんと領地を治めているのでそんなことにはならないだろう。
それより問題は、このことを知ったダルセー辺境伯の対応だな。素直に独立を認めてくれるならいいが……。
たぶん、独立は認めるだろう。決闘の結果は絶対だ。
だが、当然ダルセー辺境伯は快く思わないだろう。
領地運営を妨害されたら面倒だな。それに、王宮にヴィアラット家がちゃんと領地運営をしていないと嘘の告げ口をするかもしれない。
「気を付けないとな……」
「何をですの?」
横を向くと、シャルリーヌが不思議そうな顔をしてオレを見ていた。
「いや……。近い将来、ブラシェール伯爵家の力を頼ることになりそうだ」
「そうなの? お父様はお優しいからきっと大丈夫よ。アベルのこと気に入ってるし」
「そうなの?」
「そうなの」
そんな話をしながら、オレたちは教室へと戻っていくのだった。
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