第26話 王都へ

 どんちゃん騒ぎの壮行会を終えた次の日。


 オレと父上は航空戦艦ヴァネッサの前で椅子に座った母上と向き合っていた。母上は赤ちゃんを身籠っているからね。メイドのデボラが気を使って用意してくれたのだ。


「ではアポリーヌ、行ってくる」

「行ってきます、母上」


 今日はいよいよ王都に出発する日だ。昨日は楽しみ過ぎてあまり眠れなかったよ。


「あなた、アベル、お気を付けて……。本当はわたくしも一緒に行きたいのですが……」

「アポリーヌよ、そなたは身重だ。何かあってからでは遅いのだ。わかってくれ。子が生まれたら、そなたの実家でも、王都でも、どこへでも行こう」

「はい……」


 母上が残念そうに目尻を下げている。


 ヴァネッサに乗るのは大丈夫だと思うけど、さすがに王都の中では馬車で移動するだろうし、馬車の振動はひどいと聞いている。たしかに、父上が止めるのもわかる気がした。


「アベル、よく顔を見せて」

「はい」


 オレは母上の前に立つと、母上は優しくオレを抱きしめてくれた。


 オレは前世の記憶があるし、この歳で母親に抱きしめられるというのもなんだか照れ臭いものがあるね。


「アベル、王都ではたぶん嫌なこともあるでしょう。もう帰りたくなることもあるかもしれません。ですが、挫けてはいけませんよ。わたくしはいつでもあなたを想っています」

「ありがとうございます、母上」

「シャルリーヌと仲良くね?」

「はい」


 なんだか母上の頭を撫でたくなったよ。母上かわいいんだよなぁ。たぶんまだ二十代だし、父上と並ぶとまさに美女と野獣って感じだ。


「行ってきます、母上」

「気を付けるのですよ」

「はい!」

「では、行くぞ」


 母上とも別れ、母上の後ろに控えていたデボラにも手を振り、父上と一緒にヴァネッサに乗り込む。


『航空戦艦ヴァネッサにようこそ。おかえりなさいませ、アベル様、ガストン様』

「おはよう、ヴァネッサ」

「うむ!」

『おはようございます。今日の目的地を教えてください』

「うむ! 今日は王都マルリアーヴに行くぞ!」

『王都マルリアーヴは地図上に登録されていません』

「いいぞ。ワシが指示を出す!」

『よろしくお願いいたします、ガストン様』

「おう!」


 オレと父上がコックピットの席に座る。ヴァネッサが起動して、ふわりと浮かび上がるのが窓の景色からわかった。


 オレは地上で手を振る母上とデボラに手を振り返す。航空戦艦ヴァネッサはゆっくりと発進するのだった。



 ◇



「ここが王都……!」


 王都への旅は、本来は馬車で一か月以上かかるらしいけど、二十分程度で終わった。


 眼下に広がるのは、白亜の巨大な城を中心にした大きな街だ。


 さすがに東京の規模には勝てないけど、文明のレベルを考えるとこれでもかなりの大都市だと思う。


 あれかな? やっぱり、魔法を使った建築とかあるのかな? わくわくする。


 王都の上空には、ヴァネッサ以外にも空を飛んでいる羽の生えた船があった。ゲームでも登場した一般的な飛空艇だ。その数十以上。このマルディアルグ王国では、飛空艇は一般的なものらしいね。


「一度、王都の外に降りるぞ」

「え? 屋敷に行くのでは?」


 このまま王都の屋敷に着陸すればいいんじゃないの?


 それとも、飛空艇は王都の外に止まらないといけないという決まりでもあるんだろうか?


「我が家は王都に屋敷を持っていないからな!」

「そうなんですか!?」


 貴族は王都に屋敷を持ってるものだと思っていたのでビックリだ。


「うむ! 辺境の家で王都に屋敷を持っている者などごく一部だぞ?」

「でも、父上は王都に社交をしに行ってましたよね? その時はどうするのですか?」

「うむ! 安宿に泊まる!」


 まさかの安宿だった。なんだかオレの中で貴族のイメージが壊れていくよ。


 そうこうしているうちにヴァネッサは白亜の巨城の近くの地面に着陸した。王都の上から確認できるほど開けた場所で、まるで学校のグラウンドみたいな場所だ。


 というか、ここ王都の学院のグラウンドじゃね?


 ゲームで見た校舎が並んでいるぞ!


 グラウンドにいた生徒たちが、驚いたように口をポカーンと開けてこちらを見ていた。こんなに間近で飛空艇を見るのは初めてなんだろうな。しかも、ヴァネッサは普通の飛空艇とはまるで違う格好をしている。余計に珍しいだろう。


「では、行くぞ!」

「はい!」


 父上に続いてヴァネッサから降りると、なにやら武装した大人たちが駆けてくるのが見えた。みんな同じ格好をした兵士のような人たちだ。


「そこの方! 待ってください!」

「ふむ?」


 どうやら兵士たちはオレたちに用事があるらしい。


「お待ちください! あなた方は何者ですか!?」


 オレたちを取り囲むように布陣する兵士たち。だが、不審者を咎めるというには、なんだか下手から出るような対応だな。


「ワシはガストン。ガストン・ヴィアラットである。畏れ多くも陛下から男爵位を賜っている!」


 父上は臆することなく兵士たちに告げた。


 さすが父上。かっこいいぜ!

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