第4話 初狩り

「行くぞ、アベル!」

「はい、父上!」

「二人とも気を付けてくださいね」


 数日後の早朝。母上に見送られて、父上と共に家を出た。今日、オレは狩りデビューするのだ。


 今から体がガチガチになるほど緊張している。これから実際にモンスターと戦うのかと思うと、この機会を待っていたという気持ちと、いっそのこと逃げてしまおうかという気持ちが押し寄せてくる。


「今日はよろしく頼むぞ」

「へい! 任せてくだせえ!」

「んだんだ!」


 父上の言葉に、狩人の格好をした男二人が自信満々に答える。


「オラたちが付いてるんで、坊ちゃんも安心してください」

「ああ。よろしく」


 村で二人の狩人と落ち合い、そのまま歩いて近くの森へと向かう。なにげに家のある村から出るのは初めてかもしれない。


 そのまま狩人、父上、オレ、狩人の順に森の中に入る。森の中はある程度まで整備されていたが、その奥は鬱蒼とした原生林が広がっていた。地面には腐葉土が層になって積み上がっていて、たいへん歩きにくい。歩いているだけで息が上がってきた。


 だが、二人の狩人や父上は息が上がった様子がない。体格や体力が違うといえばそれまでだが、ちょっと悔しい。走り込みの本数を増やそう。


「いました! ホーンラビットです!」

「よし! 行け、アベル!」

「え?」


 父上にドンッと背中を押されて前に出ると、二メートルほど前方にツノの生えた小柄な茶色いウサギがいた。ホーンラビットだ。ホーンラビットもオレに気が付いたようだ。


「はい?」


 しかし、ホーンラビットは逃げるどころか、オレに向かって跳んできた。ウサギみたいな小動物って普通逃げるんじゃないの!?


 急に実戦の機会が巡ってきて、オレはもう半ばパニックだ。とりえず向かってくるホーンラビットに盾を構える。


 その途端、ガツンッと左手に衝撃が走り、後ろに転びそうになった。ホーンラビットは小柄だけど、その全体重を乗せたタックルは予想以上に強力だ。


 慌てて足を踏ん張って、後ろに倒れないようにする。


「いいぞ、アベル! やれ!」

「はい!」


 父上の声に突き動かされる形で、盾の前に転がっていたホーンラビットに右手の剣を振り下ろす。


 剣はホーンラビットの頭蓋を叩き割り、ホーンラビットはビクビクと体を震わせた後、動かなくなった。


 早い鼓動に合わせて、ホーンラビットの頭から血がドクドクと流れ出す。薄暗い森の中でも鮮明に映える紅。それを見ただけでオレの鼓動もうるさいくらい跳ね上がった。


 オレは最強になると誓った身だ。


 しかし、前世でも今世でもオレは動物を自らの手で殺したことがなかった。最強になるためにはたくさんのモンスターを殺し、経験値を得なければいけないのに、そこから目を逸らし続けていた。


 生暖かい鉄の臭いが鼻をくすぐる。オレが命を奪ったのだということを教えてくれる。


 正直、あまり気持ちのいいものじゃない。でも、これも慣れていかないとな。


「いいぞ、アベル! よくやった!」

「はい……」


 父上が、首がガクガクするくらい強くオレの頭を撫でた。それだけで沈みかけた気持ちが上向きになった。父上は偉大だ。


「さあ、アベル。ナイフで首を落とすんだ。それが仕留めた者の責任である」

「はい……!」


 オレはまだ温かいホーンラビットの体を掴むと、十歳のお祝いに貰った大ぶりなナイフでホーンラビットの首を落とす。弛緩したホーンラビットの首の肉はぐにゅぐにゅと柔らかかったが、新品のナイフは綺麗にホーンラビットの首を刎ねた。


 ホーンラビットの頸動脈から血がドクドクと溢れ出す。生々しい光景に目を背けたくなったが、背けない。これはオレの背負うべきものだ。


 そうして、ホーンラビットの首を刎ねると、首を下にして狩人の持った棒に結んで血抜きする。後で解体するらしい。


「血の臭いに釣られてオオカミが来るかもしれん。アベル、十分に注意しろよ」

「はい!」


 オオカミと聞いて、オレはもうドキドキだった。だって、ゲームではオオカミはホーンラビットよりも強かった。今のオレに倒せるだろうか?


 ビクビクしながらも、オレたちは森をさらに奥に進む。その間にさらに二匹のホーンラビットと戦闘し、勝利した。


「勝った……」


 目の前に転がるホーンラビットの死体を見下ろしながら呟く。


「アベル、体は熱いか?」

「ん? はい」


 緊張からか、それとも達成感からか、オレの体は汗が出るほど熱くなっていた。


「ホーンラビットの存在の力を得たのだ。いい調子だな」

「存在の力?」


 なんだそれ? ゲームではそんな単語出てこなかったぞ?


「モンスターを倒すと、モンスターの持っていた存在の力を手に入れることができるのだ。存在の力を手に入れると、それだけ強くなれる」

「なるほど……。経験値みたいなもの、ですか?」

「けいけんち? 存在の力は存在の力だぞ?」


 どうやらこの世界では経験値は通じないらしい。その代わりにあるのが、存在の力という概念のようだ。集めると、強くなるというのも経験値と共通している。


 それから、この世界にはレベルという考え方が無いこともわかった。自分のステータスが見れないからね。仕方ないね。


 だが、オレだけはレベルの概念を知っている。これは大きなリードかもしれない。

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