第2話 お祝い

「よろしいですかな、アベル様? まずは女神様への感謝を絶えず持ち続けることです。この世のすべては女神さまの恩寵によってできています。すなわち、私もアベル様も女神さまのご慈悲で生きているのです」

「はぁ……」


 ヴィアラット家の自室。オレはそこでおじいちゃん神官、シリルの説法を聞いていた。


 なぜこんなことになったか。オレが神聖魔法の素養を見せたからだ。あの水晶玉に現れた微かな光。あれこそがオレの神聖魔法への素養がある証らしい。


 あの後、村をあげてお祝いがあったほどだ。豚を一頭〆て豪華な料理が村人たちにも振る舞われる大騒ぎだった。


 どれだけおめでたいことか、嫌でもわかったよ。


 しかし、水晶玉の光の強さと同等に、オレの神聖魔法の素養はあるとはいっても最底辺の素養らしい。とってもモブっぽいね。どちくしょうが!


 だが、神聖魔法の素養があるのは僥倖と言う他ない。魔法は諦めていたからなぁ。


 神聖魔法の中には、主にヒールなどの回復魔法などがある。最強を目指す身としては、なんとしてもものにしたい魔法だ。回復魔法が使えるかどうかで、だいぶ耐久力が変わるからね。


 それでシリルの話を真面目に聞いているのだが……。さすがに飽きた。


「そもそも神聖魔法とは、女神さまの慈悲であり、我々は女神様への感謝を忘れずに人々のために――――」

「シリル、その話は何度も聞いた。早く今日の鍛錬を始めよう」

「そうですかな? では、今日も始めましょう」

「ああ」

「まずはホーリーライトを使いましょう」


 シリルに言われた通り、オレは右手の人差し指を立ててホーリーライトと念じる。


 すると、指先に淡く温かい光が灯った。


 これが神聖魔法の素養があるもの全員が使える初歩の魔法、ホーリーライトだ。ただ明るいだけで、夜以外にはまったく使い道のない魔法だ。


「まだまだ揺らぎが見えますな」

「うむ……」


 オレのホーリーライトは、シリルのものに比べると明かるさも暗く、頼りなく揺らいでいた。これはまだまだオレのホーリーライトを習熟していないことを意味しているらしい。


 魔法やスキルは使うことで経験値を得て成長する。ホーリーライトを完璧に習得すれば、次の魔法を覚えることができるのだが……。


「アベル様の素養は高いとは言えませんからな。習得には時間がかかるでしょう。私もそうでした。諦めずに続けることです」

「ああ……」


 どうやら素養が低いと貰える経験値も少ないのか、魔法の習得には時間がかかるようだ。まったく使えないより億倍マシだが、かなりじれったい。


「なに、アベル様は聖力が多いようなので、じきに覚えるでしょう」


 この世界では、魔法に使うMPは魔力、神聖魔法に使うMPは聖力と呼ばれているみたいだ。ゲームではどちらもMPと呼ばれていたので慣れるのに苦労した。五歳の頃から欠かさず瞑想をしていたのがよかったのか、オレのMPはどうやら多いらしい。


 MPが多ければ、それだけ長くホーリーライトの魔法を使える。つまり、それだけ経験値を得やすくなり、早く成長につながる。それだけが希望だ。


 まぁ、本当に早い奴は一日もせずに習得らしいがな。能力がモブ過ぎて辛いぜ。


 だが、たとえ習得にどれだけ時間がかかるとしても、神聖魔法の素養があってよかった。こればっかりは努力ではどうにもならないからな。



 ◇



「坊ちゃま、お食事の準備ができましたよ」

「ああ」


 夕暮れに燃える空の下。いつものように木剣の素振りをしていたオレは、木剣と木の盾を片付けながらオレを呼びに来たデボラに続いて家の中に入る。


 家の中はかなり暗かった。もう日が暮れるからね。


「ホーリーライト」


 オレの指先にぼんやりとした明かりが灯る。なんの特別な効果もないホーリーライトの魔法だが、夜闇に抗うには使い勝手がいい。


「坊ちゃまの魔法は便利ですね」

「そうだな。でも、オレとしては早く成長してほしいよ」

「ほほほほほっ」


 そんな愚痴をデボラに笑われながら、食堂に到着する。食堂には、もう父と母の姿があった。


「遅れました、父上、母上」


 そのまま自分の席に着こうとして驚いた。テーブルの上には、いつもに比べるとずいぶんと豪勢な食事が並んでいたからだ。豚はもちろん、たぶんホロホロバードまで並んでいる。あれ、おいしいんだよね。


 今日ってなにかのお祝いだったかな?


「あの、これって……」

「おお! アベル、来たか!」

「さあ、アベル。座ってちょうだい」

「はい」


 要領を得ないまま自分の席に座ると、父と母がニコニコと笑みを浮かべてオレを見ていた。


「あの……?」


 これどうしたの?


「アベルよ、よくぞ十歳まで生き延びたな。今日はその祝いだ」

「ええ! さあ、お祝いを始めましょう。あなた、お願いします」

「ああ!」


 母に急かされた父が、床からなにかを拾い上げた。大きな粗い麻袋だ。


「受け取るがいい」

「おめでとう、アベル」

「ありがとうございます」


 どうやらオレの十歳の誕生月を祝ってくれるようだ。てっきり村人と一緒に祝ったので終わったのかと思ってたよ。

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