身嗜みを整えて。
戸の隙間
ケース1「福笑い」
「今回も盛大に割れとるなぁ。今年は3回目だ。この面が身代わりになってくれているから俺たちは生きていられる」
「ここいらじゃあ、この村だけだもんなぁ、台風も土砂崩れもまぬがれてるのは。」
「今回の"繋ぎ"は誰だ?」
「佐藤さんちの息子さんだそうだ。」
「そうかぁ、明日から寂しくなるなぁ」
「そうだな、でも村のためだ。あの子もわかってくれるだろう。」
「ある日、私の勤める出版社の元に一通のメールが届いた。
「〇〇県に福笑村という村があるらしい」という旨のメールで「話題になる」と上司が食い付き、私は単身取材に行くこととなった。
上京して10年、すっかり新幹線にも乗りなれた私は軽く昼食を摂りながら上司の言葉を思い出す。
「最近こういう話題はめっきりだ、イタズラでも何でも、ネタがあれば引っ張ってこい。男だから取材は1人でも問題ないだろう。」
いつも強引な上司だが、人件費をケチって社員を単身向かわせるとはなんとも……
そんなことを考えながらも、実際にはどんな村なのか期待している自分もいた。
駅に着きタクシーで1時間、山道の途中で「ここからは歩きで。」と降ろされ、なれない山道を歩いていると突然、子供の騒ぎ声が聞こえその方向に向かうと質素な村が現れた。いや、正直に言ってかなり寂れていて田舎臭いというのが本当の印象だった。
「君たち、この村の子?ここはなんて言う村?」
「……福笑い村……」
子供たちは驚いたのかそそくさと走り去ってしまった。
すると、畑仕事をする背の低い老人を声をかけられた。
「あんた、どこから?」
「東京から来ました、△△社の酒井と申します。この村で取材をするために参りました。」
「そうか……。何も無いところだがゆっくりして行きなさい。」
しばらく村を歩いて回ると、山へ続く道が。
奥のほうに立派な社が見えた。
かなり古そうに見えるその社は、格子状の戸から中が見えるようになっていた。二、三段の階段をのぼり中を覗くと、不思議な光景が広がっていた。
真っ赤な着物が敷かれた上に、小さな漆の台座がありその台座には白い能面が置かれている。そして、その面には目と鼻が二つずつ付いていた。
「なんだあれ……」
よく見ようとさらに目を凝らしたとき、突然背中に衝撃を感じ、扉を押し開ける形で倒れ込んでしまった。振り返る暇もなく何かを顔に押し付けられた私は朦朧とする意識の中、"今年の繋ぎは若いぞ"と誰かが言った。
目が覚めるとそこは自宅の玄関。うっすらと昨晩の記憶が蘇る。私の取材がSNSで話題となったと飲み会が開かれ、酔った私は家に着くなり玄関に倒れ込んだのだった。
「酷い夢を見た……」
重たい体と千鳥足で洗面台で顔を洗うと、顔におかしな感触があった。鏡を見ると、私の顔があるはずの場所にあの社で見た白い能面が張り付いている。
驚きと恐怖を感じたが、それよりも安心感、いや幸福感といったものに近い気持ちが溢れてきた。嬉しい。1つになれた。遂にカラダを手に入れた。
私はその場で会社に電話をかけ、退職する旨を伝えた。
故郷に帰りたくなった私は、靴も履かずに駆け出した。今もずっと、幸せだ。」
「先生、あの事件から10年、酒井さんはずっとこの調子なんですか?」
「はい。重度のPTSDのような症状で、毎日話す内容が変わるのですが、必ず"フクワライ"、"ツナギ"という言葉が出てくるのです。そして発見時からいままでずっと、能面のようなあの笑顔なのです。」
「そうですか、彼のご家族は?」
「それが3年前に両親と奥様の3人で、集団自殺をしたんです。またその現場が凄惨なもので、その……全員が手を繋ぎ、互いの動脈を結びあった状態で亡くなっていたそうです。」
「それは……」
「医者として、あまり非科学的で確信の持てないことは申し上げにくいのですが、どうしても彼の言葉に出てくる"繋ぎ"という単語が関係しているような気がして頭から離れないのです。」
「先生、今日はありがとうございました。」
〇〇県にある福笑村。たどり着くための交通手段もなく、これまで誰にも気に停められなかった村で、10年前に凄惨な事件が起きた。村の奥にある社の中で、赤子を含めた住民32名全員が死亡した状態で発見されたのだ。円形に座った彼らは互いに手と引き出された動脈を繋ぎ合い、ぽかんと人一人分の空間が空いた中心に向かって、みな何かを祝うように笑顔を向けて息絶えていたそうだ。
調べるうちに、かつてはその村で守り神に人の血管を使った儀式を捧げていたことも判明した。そして、事件発生と同時期に都内のマンションで発見された男性。それが今回面会した酒井氏だ。現在は世間の混乱を避けるために特別な病棟に隔離されている。
彼らが崇めていたのは、本当に守り神だったのだろうか。
この事件は秘匿性が高いため記事にはできない。あの子にも関わりがなさそうな事件だ。
次の取材に向かおう。
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