特売品は紙おむつ

小日向葵

特売品は紙おむつ

 駅前のドラッグストアで、同じクラスの川原さんが赤ちゃん用の紙おむつを買ってるのを見た。ほほう、彼女のとこに赤ちゃんなんているんだ。


 川原さんは小柄で明るくてクラスの人気者だ。部活はやってなくて、いつもさっと帰ってしまう。放課後に彼女を見かけることなんてほとんどないから、僕はちょっとこの幸運の延長戦を望んでしまった。


 店頭に並んでいるアルフォートのお買い得アソートを手に取る。別に食べたいわけじゃなくて、レジ前の列に並ぶ川原さんを視界に入れていても不自然ではないポーズのためだ。何故か緊張気味の川原さんを見ていると、こっちまで緊張してくる。


 隣に並んでいる蒟蒻ゼリーの袋も手に取ってみる。川原さんが可愛い河童の顔をしたお財布からお金を払っているのが見えた。へええ、あんなキャラクターものみたいな財布使ってるのか、ちょっと子供っぽいけど似あってるかも。


 うん、延長戦終了。満足した僕は両手のお菓子を元の場所に戻して店を去ろうと踵を返した。



 「やあ」



 振り返るとそこには、悪戯っぽく笑う川原さんが立っていた。


 「や、やあ?」

 「高尾くん、私のこと見てたでしょ」


 にやにや笑う川原さん。少し色を抜いたショートヘアがさらさらと光を弾いて流れる。


 「あれ、いたんだ、ね」


 誤魔化してみた。けどバレバレのようだ。


 「ね、お願いがあるんだけど」

 「なに?」


 川原さんは、店の奥を指さした。


 「このおむつ、一人一つ限定の特売品なの。もう一つ欲しいんだよね」

 「あ、そういう」

 「買ってきてくれない?おつりはあげるから」


 お財布から千円札を取り出す川原さん。


 「いいよ、行ってくる」


 僕は千円を受け取って、紙おむつコーナーに向かう。特売のってこれか。普段千五百円くらいが、今日は税込み九百八十円。確かにお買い得ではあるね。おつり二十円がお駄賃。


 レジの列に並ぶ。五分もしないでさっくり買えたので、店の外で待つ川原さんの元へ急いだ。


 「買って来たよ」

 「ついでにうちまで運んでくれる?二つはさすがに持ちづらいの」

 「うん、いいよ」


 右手に紙おむつのお買い得パッケージ、左手に学生鞄を持つ川原さんを見て、僕は即答した。


 でも川原さんの家ってどこだろう?そう言えば、学校以外での彼女を全く知らない。まあ単なるクラスメイト、ちょっと気になる女の子程度ならそんなものだよね。


 駅からしばらく歩いて商業区域から住宅地に入り、公園を抜けた先の一軒家の前で川原さんは足を止めた。


 「ここ、私んち」

 「へえ」


 まだ新しい家だった。庭も結構広い。生垣も高くて、犬を飼っている気配はない。


 「ね、上がって。お茶くらい出すよ」

 「え、いいよ別に」

 「上がってよ。私、高尾くんに興味あるんだ」

 「えっ」


 その時僕は、可愛い女の子にそう言われてドキッとしたわけじゃない。もっと本質的な部分に踏み込まれた気がして背筋が凍ったのだ。まさか、そんなわけは。


 「いいから、ほら」


 川原さんに強引に手を引かれて、彼女の家に入る。いや待て落ち着け、まだ知られたと決まったわけじゃない。ずっと隠している秘密に、辿り着く者がいるとは思えない。だけど胸の中で不吉な予感が止まらない。ぎりぎりと重苦しく歯車が回り、死刑執行を告げる時計の針が進んでいく感覚が全身を駆け巡る。


 たっだいまーと明るく言う川原さんに、家の奥からおかえりーんと楽し気な声が返る。


 「あらメグちゃん、お友達?」

 「うん、同じクラスの高尾くん」


 居間に通された。若くて綺麗なお母さんが僕に微笑みかける。


 「あらあら、うまく隠してるのねその子も」

 「でしょでしょ?」

 「でもちょっと、あれなのね」

 「そそ。だから連れて来ちゃった」


 川原さんはそう言って、僕の鼻にちょんと触れた。




 「高尾くん、天狗でしょ」

 



 目の前が真っ暗になった。なんでバレた!?鼻も縮めた、下駄も団扇も持ち歩かないように心がけた。外見的には普通の人間と変わらないように擬態しているはずなのに、どうして!?


 「見た目を擬態するのに必死で、神気じんき全然隠せてないよ」

 「えっ」

 「妖気は消せてるけど、神気は消せてない」


 くすくすと川原さんは笑って、もう一度僕の鼻の頭に触れた。


 「ちなみに私は河童なんだよ。気付いてなかったでしょ」


 言うなり彼女は頭に手をやって、その綺麗なショートヘアのてっぺんをかぱっと外した。そこには可愛らしいお皿が乗っている。あ、それウイッグなのか?


 「お皿が乾くといけないから、紙おむつの吸水パッドを水に浸して挟んでおくってわけ。今日は高尾くんのお陰で二つ買えて助かったわー」


 お母さんが、背の高いグラスにオレンジジュースを注いで微笑む。


 「妖怪のクラスメイトがいたなんて知らなかったわ」

 「他にも何人かいるっぽいけど、みんななかなかうまく化けてるよ。確証あったのは高尾くんだけ」

 「そんな、バレてたなんて」


 僕は愕然とした。天狗は妖怪扱いもされるが、そもそもは山の神だ。その気配を消す練習はもう幼稚園の頃からずっとしているというのに。てことは、他の人にもバレているんだろうか?


 「あんまり気にしないで?天狗くらいの強い力に、正面から喧嘩を売る妖怪なんていないと思うし。私たち河童だってそんなに力は強くないから、高尾くんに何か仕掛けようだなんて思ってないよ」

 「じゃあなんで」

 「興味あるって言ったでしょ」


 にこにこではなく、にやにやと笑う川原さん。


 「どういうつもりで私を盗み見てたの?神気びんびんにしてさ、あれで近くの妖怪がみんなびっくりして逃げたの知らないでしょ。私もレジの列から逃げたくて仕方なかったんだよ」

 「いやその、学校外で見かけるのが珍しくて、だから」

 「ふうん?ならいいか、妖怪退治に神が来たのかと、あの場の妖怪はみんな思ったんだよね」

 「そんな、妖怪退治なんて」


 僕は下を向く。僕がたまに人混みに出かけると、何かこちらに奇妙な視線を向ける人たちがいることには前から気づいてはいたけれど。それは僕の服のセンスとか容姿の問題じゃなかったのか。


 「神気の消し忘れ、たぶんご両親も気づいてないと思うから。一度ご相談なさいね。練習も必要よ」

 「は、はい」


 川原さんのお母さんが優しく言う。背筋を冷たい汗が落ちる気がする。


 「河童も水神としての格を持ってるからさ、神気を隠す練習するなら私も付き合うよ」

 「なんで」


 結露で汗をかいたグラスを手にし、ジュースを一口飲む。喉の渇きは全く癒えない。


 「興味があるって言ったでしょ。妖怪は大なり小なり神としての格も持ってるけど、君のとこは神寄りだもの。どうせ友達になるなら、そっちのがいいかなって」

 「友達?」

 「そ。私と友達になろうよ!」




 そうして僕と川原さんは秘密を共有する友達になった。神気を消す練習も手伝ってくれるけど、僕にはもうひとつやることが増えた。


 彼女と一緒に、ドラッグストアの特売に並ぶことだ。


 「今日は一人二つ買えるから、絶対行くよ」

 「了解」


 それまで接点がほぼ無かった僕たちが親し気にしていることに、他のクラスメイトたちは結構驚いたみたいだった。川原さんは他にも妖怪がいるっぽいことも言っていたけど、僕には未だにそれが誰なのか判らない。



 とにかく、今日も僕は妖気と神気を消して、彼女と二人レジの列に並ぶのだ。




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特売品は紙おむつ 小日向葵 @tsubasa-485

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