くろれき(4人入る前)

ぼちゃかちゃ

Una storia prima della storia oscura.

 男は最後の望みを口にしようとした。

 『願いの石』を食べれば一つだけ願いが叶う。

 男は化け物になるのは了承済みだった。

 化け物になり、願いを叶えた後もう一度起きることができないと知っていた。


 Oという組織への潜入捜査。P社からの依頼だった。

 まだ若い男はあらゆる技能を持っていた。学べばそれは身についた。努力をしない時間はなかった。寝るにしろ、食事をするにしろ、いつも試行錯誤をして生きてきた。


 そんな男はP社からOへの潜入調査を依頼された。

 Oの求める人材と合致していたのだ。掃除、炊事など、一般的に呼ばれる家事を全て高水準でこなせる者、他者に秘密を口外しない者、倫理観のない者、いなくなっても騒がれる心配が無い者、契約を必ず守る信頼に足る者、肉体労働を24時間365日同じ水準で行える者。

 もちろん表向きのものではない。Oという組織自体、J国が指名手配しているが未だに尻尾がつかめない組織。

 そんな組織が人材募集をしているという話をP社の社長が掴んだ。

 とある学園の運営方法、三都巡りの実施など、国と散々もめてきたP社は自らこの組織を壊滅させようとしていた。

 そこで男に、24時間365日の肉体労働を行え、他の基準もすべて満たしたその男に密偵を頼んだ。


 潜入したOでの仕事はマッドサイエンティストの世話と助手だった。

 気の狂った人間の世話。食事管理、ベッドメイキング、トイレ掃除、食器洗い、料理etc……。偏食家の集団、仕事の関係で不規則すぎる生活習慣、むちゃなことをした果てに限界を迎えまくり、そのたびに衣服の修繕をする。それが永遠と繰り返されていく。一日2時間も眠れれば休日とイコールだった。

 そして、信頼を得た後、資料運びから死体運びまで仕事が加わった。Oでは『願いの石』を食べた昏睡状態の化け物の研究がされていた。時には願いを叶えていない化け物も力づくで捕まえた。

 若い子どもたちに疑似的な『願いの石』を与え実験もしていた。実験や検査が終わり、見込みのない化け物、用済みな化け物、残しておくと不利益になる化け物のさっ処分をした。


 Oの支部の所在地、活動の内容、資料の内容、所属している人間などの情報を事細かにまとめた。

 そして、密偵をしていることがばれた。

 原因は分からない。ばれていなかったとしても、組織内にあった暴力関係の部署のにいた人間に囲われていた。

 最低限必要な道具、そして携帯食料、資料は常に携帯していた。持ち前の怪力を使い包囲を突破した。

 男はJ国の中央の都市、隣京の中を逃げ回った。持てる隠れ家の全て、道具の全てを使って。

 追手には人外も含まれていた。いや、半分化け物のものと人間に分かれていた。化け物はOの役に立ちたいと思い、『願いの石』を食べ、命令を受けた者。そのただ一つの命令を遂行するためだけにいる。化け物は超常的な力を、人間は監視カメラ乗っ取り、目撃情報の聞き込みをして探した。

 しかし、男は情報をP社と事前に約束していた場所に置いていた。


 願いから生まれた無数の化け物に追われて数週間がたった。

 満身創痍この上ない。策も尽きた。

 使っていた隠れ家に化け物が忍び込み、別の隠れ家では待ち伏せをされていた。通りすがりに取り押さえられかけた。命からがら逃げた先のカフェで毒を盛られた。それでも、走って、走って、走って、走って、捕まるまいと逃げてきた。

 街には化け物が隠れている。下水道の中、交番の中、役所の中、通りすがりの人のカバンの中。運よく逃げ延びてきた。化け物に肩をかまれても振りほどけるほどの力を男は持っていた。

 死ぬことのない、何よりも速く、何事にも敏感で、それでいて存在を感じさせない。男も超人的な力を持っていたとはいえ、多勢に無勢だった。

 もう駄目だと、男は路地裏で『願いの石』を口にしようとした。

 Oは多くの『願いの石』を使った人間に守られている。それは潜入した段階で理解した。それをたった一人の願いでそれが崩せるわけがない。

 男は10年前すでに『願いの石』を摂取していた。その中で意識を保てる望人もちびとだった。これ以上それを摂取して、力が出るのか、意思を保てるのか。それは分からなかった。

 それでもと男は持っていた石を口元へ運ぶ。

 しかし、口の中に入れる前に、男は殺された。

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