Sea Paradise ~Voyage to my dream~

成島柚希

第一章 Voyage to Ralpher

第1話

 はるか昔、極寒の地に文明を築いた民族が、年々厳しくなる寒さに耐えかね、南の山脈を越えて平地の広がる地へとたどり着いた。

 そこで文明は更に進み、ついに国家ができた。

 

 その国の名は、ラルファーといった




「さて、どうだい船の旅は」

 ラルファー国とその同盟国ウリフの大陸がすぐ左右に見える両国の国境沿いを越えた時、船尾部分でその二国を見ていた青年に、船長は聞いた。

「話に聞く程、酔わないんですね」

 振り向きざまに風を真っ向から受け、思わず目を閉じて答えた。

 青年の名はラング・ロング。剣の達人と呼ばれるロング家の末弟である。

 しかし剣の達人と謳われたのは昔の話で、ラングの腕は普通の人よりは多少優れているという程度の剣の腕だった。


 この船はエピル発ヴール経由、ラルファー国首都ラルフ行きだ。

 エピルというのは、今見た二つの大陸の右側、つまり地図上では南にあたるウリフ国にある町で、らくだやひつじを乗せてラルフへ売りに行くのがこの船の今回の目的だ。

 ウリフ国は基本的に乾燥地帯で、オアシス付近の農耕民が、小麦やオリーブを栽培し、砂漠地帯の遊牧民がらくだやひつじを育て、お互い物々交換をしている。


 ヴールというのはそのウリフよりもっと内海の、ラルファーとウリフの丁度真ん中に位置する、ラルファー領の小さい島にある村の名で、ラングの出身地だ。

 ヴールは本土とかけはなれている為、情報があまり入ってこない、穏やかでのんびりした村だった。

 剣の腕を上げた者たちは、村の未熟者たちに剣術を教えずに自らの更なる上達の為にと、旅立ったまま帰ってこない。その為、この村は次第に武術や剣術が劣っていってしまっている。

 これではいけないと思ったラングは、志願者を募って、丁度エピルからヴールへ帰ってきた者たちが乗っていたこの船へと乗船したのだ。


「だんだん、力を身につけている平民が増えてきているそうですね。昔じゃ考えられないなあ。普通の平民が武術とか習ってどうするんだろう…農作業とかの役にでも立つのかな…」

 水夫たちが話していたのを思い出し、ラングは言った。

「平民を守る為に剣士とかがいるんだから、そんなに力を身につけなくてもいいと思うんですけどね…」

 すると船長は、ホッホと笑った。

「海じゃ海賊が出たりサメに襲われたりするし、本土では剣士でも手に負えないような蛮族が出るらしいからな。助けを呼んでもすぐ来てくれる訳ではないし、あらかじめ常に雇うようなお金はない。だから自分の身は自分で守ろうと考えている人が増えているんだよ」

「蛮族? 本土はそんなことになっているんですか⁉」

 ラングは、穏やかでのんびりしたヴ―ルとのあまりの差に驚きを隠せなかった。

 そんな話のある本土で、自分はちゃんと剣士としての腕をあげられるだろうか。と不安になって視線を落とすと、海水がスクリューに巻き込まれ、さながらラングの心の様にぐるぐると渦を巻いているのが見えた。

「…ってますね」

 ふと、船長の声が聞こえて、慌てて渦から注意を反らした。

「はい?」

「曇っていますねと言ったんですよ」

 船長と同じように空を見上げると、空はどんよりと曇っており、地平線の辺りは青と灰色の混ざった微妙な色をしていて、これから向かう西からは黒い雲が迫ってきていた。

 なんとなく、胸騒ぎを覚えた。

「降ります…かね」

 そう言った矢先、頬の上に雨粒が落ちた。

「おやおや、修行の前に風邪をひくといけない。客室へと戻った方がいい」

 初めて村から出たのだから、外の景色を見ていたかったが、次第に強くなる雨にそれもそうだと下へ降りる。

 すると、食堂のあたりで声が聞こえた。声からしてラングと一緒に来た志願者たちのようだ。

「あっ、ラングさーん!」

 中でもひときわ若い少年が、ラングを見つけて手を振る。

「おいおい、何をはしゃいでいるんだ?」

「ラングさん、知ってますかー?」

 多分この者たちも、水夫たちから聞いただろう話を、さも昔から知っていたかのように得意気に話す。

「ここら辺に、海賊船が出るって噂」

「ええ?」

 今さっき、船長から話を聞いて知っていたラングだが、彼らの神妙な顔つきに思わず噴き出した。

「あ、笑いましたね⁉ 嘘じゃないんですから! ここら一帯のアシュタール海を本拠に、西のナイゼル海を取り仕切ってるって話ですよ」

「ラルファー国より西って、ずっと海が広がってるじゃないですか、その広い海域の縄張り争いの為、たくさんの海賊船がそこで戦っているらしいですよ」

「お前らなあ、あまり本気にするなって」

 海賊が出る話はまあいいとして、その他の話のあまりの嘘くささにラングは言った。

「僕ら田舎者をからかおうとして話しているかもしれないだろう?」

 情報に飢えていたらしい志願者たちは全てを吸収する勢いだった。ラングの忠告など気にもせずに盛り上がる。

「なんでも、子どもの頃には既に七つの海を股にかけたとか」

「その親父は海をとどろかせた大海賊キャプテン・ドゥーヴァーで、母親が内海一の女海賊ベルリーナだっつー話だ」

 ラングはそんな、嘘か本当かもわからぬ話を背に、自室へと戻っていった。

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