第56話 断りづらい仲間

 カイルが言っていた宿は比較的新しい「タヌキ様の隠れ家」という名の綺麗な宿だった。

 すでに何人かの冒険者は、早速酒を飲んで騒いでいた。

 幸いギルトが貸し切っているおかげで他の一般人に迷惑をかける事はない。


 やけに腰の低い旅館の亭主がD級冒険者ごときの自分達に、あれこれ気を遣ってくれた。


 我々は夕食を食べた後、明日に備えて風呂に入って、早めに寝ることにした。


 部屋は男女で分かれているので、レベッカとは明日の朝まで別行動だ。

 他の女性と同室なので若干心配だけれど、レベッカならうまくやれるだろう。

 

 冒険者同士の余計なトラブルを防ぐ事を想定してか、風呂は時間事に分けられ為、少人数で大浴場を贅沢に使える。

 ノーマは温泉が苦手らしく、バケツに入ったお湯を二回、頭からかぶってすぐに出た。

 大きな風呂をショーンさんと二人だけで占有する。

 温泉は泥温泉と言われるだけあり、濁っていてかなり硫黄の匂いが強い。


 裸になったショーンさんは年齢を感じない肉体に圧倒された。

 自分もある程度鍛えてゴツくなったと思っていたが、自分よりも厚みがあり腹筋もしっかり割れている。

 あちらこちらに傷があるまさに歴戦の戦士という感じだ。


「クライフ君、君は中々面白い男じゃの」


「へ、そんな事ないですよ」


 ショーンさんの立派な肉体にショックを受けていると、ショーンさんが唐突に褒め出した。


「それなりに長生きしているが君のような人は見たことがない。

 この年で驚きっぱなしじゃよ。

 あの足場が盛り上がって移動できる戦い方は、中々面白いの」


「シークレットブーツですか、まぁそうですね。

 自分でもあんな戦い方をするとは、思いませんでした」


「うむ、他のエルフも同じ事はできるのかの?」


「どうでしょうか、エルフの中でも元々使える人が少ない、珍しい魔法みたいですし。

 元々身長をごまかして、スタイルをよく見せるのが目的の魔法みたいです。

 ちょっと前に追い込まれた時、咄嗟に思いつきました」


「そうか、閃きというやつじゃな。

 羨ましいの、爺は不器用だから何かを思いついても実行できる事がない」


「そうですかね」


 ショーンさんは確かに器用そうには見えないが、自分もどちらかというと不器用だと思っている。

 ただピンチになると、後先考えずに行動をしてしまうだけだ。


「後もう一つ聞きたかったんじゃが、君は本当にノーマ君と会うのは初めてかい?」


「はい、ショーンさんと話す五分ぐらい前に初めて会話しました」


「不思議なもんじゃな、実は皆に一つ嘘をついていた事がある」


「ショーンさんが嘘を?」


 聖職者は嘘をついていけないという事はないが、あの清廉なショーンさんが、嘘をついたという告白に驚いた。


「うむ、実は儂がこの試験を受けた目的の一つはノーマ君だよ」


「え、知り合いだったんですか?」


「知り合いではない、なんと言えばいいだろうか、とある恩人に今回の試験で可能な範囲で面倒を見てくれと頼まれたのだ」


「恩人ですか?」


「すまない、詳しくは言えん事になっている。

 ちなみにこの話はノーマ君には内緒じゃぞ」


 ショーンさんがお茶目なウィンクをした。


「ノーマ君を観察していたが、誰ともうまく会話出来ていなくてどう接触しようと悩んでいたのだよ。

 恩人に頼まれたというのも駄目じゃし困っていたんじゃ。

 そんな時にクライフ君、君がノーマ君の元へやってきたんだよ。

 普通に話しているし、笑っているしびっくりしたよ。

 これ幸いとタイミングを見計らって、チームにいれてもらったんじゃ。

 ただあれじゃぞ、チームに入れて欲しいと言った理由は本心じゃ」


「不平等がどうとか」


「一緒に旅をして確信した。

 ノーマ君だけじゃなく、君も実力者としてもっと評価されてもいいはずじゃ」


「実力者……ですか」


「なんじゃ、グランドストームベアーとの戦いを、まだひきずっているのか?」


「え、はい。

 ちょっと自信無くしていまして」


「そうか、まぁあれは焦ったの。

 相手が相手じゃったしな、儂もちょっとやばいと思ったんじゃ」


「そうなんですか?」


 果敢戦って、止めを刺したショーンさんが焦っていたという告白に驚く。


「儂はクライフ君やノーマ君達みたいに多彩な攻撃はできん。

 ただ手札が少ない何をやればいいかが分かりやすいから、迷わなくて済む。

 まぁ若いもんは悩んでなんぼじゃ、たっぷり悩みなさい」


 力強く背中を叩かれて、顔がお湯に浸かりそうになる。


「おっと、すまん、すまん、歳を取るとどうしても説教臭くなってしまうな。

 儂は先に上がるぞ」


 一方的に話をまとめて、お風呂を出て行った。


 一人風呂で取り残された。

シショーがいたらもっと色々と相談できたのに、という一抹の寂しさを感じながら時間がくるまでお風呂に入っていた。


 心配事はあったが風呂に入ったおかげで、ぐっすり眠る事ができた。


 翌日お代わり自由という珍しい朝食だと聞き、限界ギリギリまで食べてしまった。

 本来は動きやすいように少し余裕を作っとかなくてはいけないが、生まれ持った貧乏性が出てしまった。


 少し反省しながら重たい体でカイルとの集合場所の冒険者ギルド前に行くと、カイルと女性らしき人物が何やら口論をしているみたいだ。


「その格好はなんですか!」


「言われた通りにしたのにダメでしぃ?」


「どこがですが! 

 地味な格好で来てくださいと言ったでしょ!」


「ダメでしぃかぁ。

 一番地味な格好で来たんでしぃけど。

 とてもシックだと思うでしぃが」


 女性らしき人物は青い涙の化粧をしている道化の格好に、上着とズボンが黒と白の縦縞になっている。


 道化が自分の服装を確認する為に動くと、黒と白の太さが微妙に違い目が錯覚を起こして線が動いて見える。

 奇妙な格好で道化の化粧をしているので男か女分からないが、声からして女性で間違い無いだろう。


「ああ皆さん、おはようございます。

 実はちょっと問題がありまして、申し訳ありませんが皆さんだけ追加の依頼が増えました。

 この女性がキノコの調査を行うのでその護衛をして欲しいのですが」


 カイルは話をしずらいのか、段々と声が小さくなっている。


「なんでオレ達が、女を護んなきゃいけないんだ?」


「それは私がスポンサーだからでしぃ」


 ノーマの文句に、すかさず語尾が変な道化は戯けたポーズをとりながらカイルの前に出てきた。


「そうなんです、急遽スポンサーの申し入れがありましたがその条件として我々に護衛してもらってキノコを調査させて欲しいとの事です」


「自己紹介させてもらうでしぃ。

 名前はロザリー=スティング=スランディーでしぃ。

 ロザリーちゃんって読んで欲しいでしぃ」


 このぶさげえた格好でミドルネームがある貴族らしい。


「スティング家という事はコレークの者か?」


「スティング家? 

 ショーンさん有名なんですか?」


「うむ、貴族で大豆の商売の大手で、代々コレークに所属の子供が生まれると神殿騎士に就く、と言うしきたりがある一家じゃ」


 誰もが距離を取りたいで有名なコレークの騎士だ。


 同じコレークの所属で、孤児院育ちの自分でも苦手意識がある。

 無意識に一歩下がってしまった。


「そうでしぃ、ショーンさんご無沙汰しております。

 お孫さんとは懇意にしておりますでしぃ」


 自分が下がった一歩以上にコレークの騎士が前に出てきた。


「…………失礼、確かにお会いしたかな、格好がだいぶ」


「そうでしぃね、お会いした頃はピンク色のモヒカンに皮のジャンパーだったので、今とはちょこっとだけ違いましぃからね」


 ピンク色のモヒカンに革ジャンを着た人物と、今目の前にいる道化の格好の人物が、同一人物と気づく人はいないだろう。


「でだ、なんでその女を俺が守る必要性があるんだよ」


 ノーマは納得していないらしく、スポンサーに対して失礼な言い方をしている。


「スポンサーになる条件が二つあるでしぃ。

 一つはキノコの分析をさせて欲しいでしぃ。

 こう見えても私はキノコでゴールド認定をもらったでしぃ」


「ゴールド認定……」


「ほぉ、その若さで」


 自分とショーンさんが思わず驚く。


「ゴールド認定?」


 コレークに馴染みのないレベッカが質問してきた。


「コレークの神殿騎士は、他の神殿騎士と組織形態が違うんじゃ。

 コレークにはスペシャリストと呼ばれ、何かに専念する人達がおる。

 そしてそのスペシャリストの中で特に優秀な騎士に与えられるのがゴールド認定、他の宗教でいうと師団長クラスじゃ」


「え、師団長クラスなんですか」


 ショーンさんの丁寧な説明を聞いてレベッカも驚く。


「もう一個はでしぃね、このチームに入れて欲しいとお願いしたでしぃ」


「だから、なんでオレ達のチームなんだよ!」


 ノーマが聞いた質問に中々答えが神殿騎士に苛立っている。


「このチームが一番面白そうだからでしぃ!」


「はぁ?」


「ノーマ。コレークの騎士は、普通に経験出来ない事を経験する事が、最大の幸せと定義されているんだ」


 キレそうになっているノーマにコレークの宗教観について説明する。


「そうでしぃ、こんなチーム見た事ないでしぃ。

 小人族のシーフのカイル、リザードマンのアッタッカーノーマ、名門神殿騎士のベテランタンクのショーンさん、そして何よりも前代未聞ヒューマンなのに精霊使いにして意識がしあるアンディデットの主人のクライフ。

 こんな変わったチームに組めるなんて夢みたいでしぃ。

 まさにドリームチームでしぃ」


 あの変人集団のコレークの騎士に、一番変わっているチームの一番の変人という称号を与えられてしまった。


「というわけで残念ながら我々のチームは役目が彼女の護衛という項目ができました」


「大丈夫でしぃ、こう見えてもゴールド認定だしぃ。

 魔法の腕にはそれなりに自信があるでしぃ」


 コレークの騎士は両手を広げてリトルファイアーを詠唱して、綺麗に球状になった火の玉を手のひらに出すとジャグリングのように手のひらで回している。


 見事な魔力のコントロールしだ。


 今まで見た冒険者のなかで一番魔力の扱いがうまいかもしれない。


「褒賞ももちろん出ますが、もし皆様が反対したら断れるようになっています。

 どうしますか?」


「儂は構わないぞ、魔法使いの神殿騎士が入ればバランスは最適じゃな。

 冒険者パーティー内に回復役が二人もいるのは中々は贅沢じゃしな」


 確かにショーンさんの言うようにバランスの取れたいいチームができるかもしれない。


「俺も別に自分の身を守れるならいいぞ」


 意外にもノーマも賛成のようだ。


「コレークの騎士さんはボクの事を浄化とかしたいですか?」


「浄化なんてとんでもないでし、大事に大事に瓶詰めにして王都に持って帰って研究したいぐらいでしぃ」


「ふーん、なら別にいいかな」


 ある意味浄化したいという言葉よりも怖い回答をしたコレークの騎士に、レベッカは興味なさそうに返事した。


「クライフはどう?」


「…………別にいいですけど」


 本当はコレークの騎士に関わりを持ちたくないが、子供にしか見えないカイルの疲れ切った顔を見て、つい同意してしまった。


「じゃあ、決まりでしぃ、よろしくでしぃ」


 こうして一抹以上の不安を抱えながら、試験に向かうことになった。

 


 何事も起きなければいいなぁと思っているけれど、このメンバーで何事も起きない可能性の方が低いことは薄々気づいていた。

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