第52話閑話 頑固な神殿騎士 ショーン=コルヴィット


 儂みたいな神殿騎士というのは、普通の騎士とか守備兵とは違う。

 

 国に所属しておらんので戦争が起きても国からの命令はされん。

 神殿騎士は過去の反省から宗教を理由に戦うのを禁止し、国同士の戦争への参加も禁止にした。


 街の中での犯罪者の逮捕権や免税、減税などの等権利を放棄した。

 街の中の役割を放棄した代わりに、街の外にいる外部からモンスターや盗賊等からの防衛としての役割を持っている。


 その為来る日も来る日も訓練を行い、命がけでモンスターや盗賊などから街を守ってもらっておる。

 神殿騎士はその為とても尊敬を集めている。

 しかし尊敬を集めると同時に、残念ながら厄介と思われる事が多いらしい。


 儂にはわからんが、感覚や信念が似たもの同士が集まると、何かと暴走しやすくなり、どの宗教の神殿騎士も面倒くさいと思われるらしい。

 神殿騎士は街にいないと困るが、親族にはいて欲しくないとよく言われておる。

 聞いた話によると自分の子供が神殿騎士に憧れると、親はなんと言って説得するか頭を悩ませるらしい。


 ここで儂の家、コルヴィット家の話を聞いて欲しい。

 コルヴィット家は代々神殿騎士の家系だ。

 儂の爺さんの、そのまた爺さんの時代も神殿騎士で、神が降臨した時代からずっと代々神殿騎士に就いていると聞いておる。 

 父や兄、息子、娘だけでなく、嫁や息子の嫁も神殿騎士だし、最近孫までが神殿騎士になった。


 想像してみて欲しい、一人家族にいるだけ面倒くさいと言われる神殿騎士が家族中にいるんじゃ、中々厄介じゃろ。


 しかも当たり前じゃが、子供がどの神に所属するかは決まっていない。

 みんなばらばらの宗教を信仰し、それぞれ様々な事を強く主張する。

 小さな事でしょっちゅうもめている、服装がどうだとか、飯を食うときのマナーがどうとか、本人以外からすると非情にくだらない理由が多い。


 しかも皆武闘派の神殿騎士だから譲れない事になると、最終的には庭に出て決闘を行うというのが、我が家のしきたりじゃ。 

 他の人に迷惑をかけられないという理由で、周りに人のいない大きな庭付きの郊外に引っ越したくらいじゃ。


 新年の初めに親戚一同(これもほとんどが神殿騎士)我が家にそろう時があるが、あらかじめもめる事がわかっているから、各々使い慣れた武器を持参して集まる。

 もめるなら集まらなければ良いと言われた事があるが、どの宗教も新年は家族や親戚で過ごす事を推奨しているのだから仕方がない。


 家族、親戚全員神殿騎士というのは普段不便で仕方が無いが、仕事になると意外と使いようがある。

 あちらこちらの宗教に親戚がいるので顔が利くのだ。

 地元だとちょっとした宗教間のトラブルが起きても、コルヴィット家に頼めば大体の問題は解決できると思われている。

 それもあってか、コルヴィット家は歴代に渡って重職を歴任する事が多い。

 儂の祖父、父、母、妻、息子も師団長以上だし、娘と息子の嫁も師団長候補だ。


 そんな中、儂は長年神殿に努めていた儂は現在班長を勤めている。

 団長候補になったが断り班長に留まっている。

 理由は誰よりもわかっている、儂は融通がきかないのだ。


 儂はイズラ様の教えの中で、平等に重きを置いている。

 平等というのは実に奥が深く、何をもって平等かと考えると様々な関係性とか感情とかを一回外に置いて考えないといけない。

 そして上に立つ人間は、不平等な事を部下に求めないといけない時がある。

 能力的に優秀な人間に加重が重くなったり、政治的な理由でミスは目をつぶったりしないといけなくなったり様々じゃ。

 そのようにケースバイケースで考える事が儂は一切できん。

 

 もう諦めているし、治したいとも思わない。

 特にやり残した事もなく、儂みたいなロートルが居続けるとよくないと思い引退する事にした。

 引退する事を公に発表してから数日後、同情なのかわからないが神への接見の為の推薦状が規定の数を超えた。


 神に接見しやすいのが、唯一と言っても言い程の神殿騎士の特権だ。

 ごくたまに神殿関係者じゃなくても神に呼ばれる事があるが、神殿騎士だと漏れなく全員というわけではないが、高い確率で接見する事ができる。


 神への接見は各宗教事にやり方が違う。


 イズラは十年以上の勤め上げた人間のみ、一年に一度だけ他の人に推薦状を送る権利があり、一定数を超えたら接見を許される。


 イズラ様は買収、取り引きなどを固く禁じている上、誰に投票した等話すのも禁止。買収行為等をした場合は無効になり、たちが悪く神殿を追放された人もいるらしい。


 宗教によってやり方は様々で同じく推薦状形式を行っているが闘争を是としているガバドは買収こそ駄目だが、お互いに合意を得れば決闘やカードゲーム等による推薦状を奪いあっているらしい。

 成長する事が素晴らしいと考えるラギシードなんかでは役職が上がる度にもれなく接見でき、孫が入ったコレークなんかは入信初日にもれなく接見したそうじゃ。


 イズラは他の所と比べて神へ接見機会が少ないので半ば諦めていたが、引退する前に良い土産ができた。

 イズラの本殿まで馬車を何度か乗り換えて辿り着く事ができた。


 ここに来るのは神殿騎士になった時以来なので四十年以上ぶりで考え深いものがあった。

 予定より早く着いたので、本殿で勤めている旧友に会って時間を潰す事にした。

 接見できるが近づくにつれて徐々に緊張し始め、接見できる当日になるとバクバクと年甲斐もなく猛る体をなんとか押さえつけていた。

 神殿の最上階に向かうと見知った顔が見えた。


「お久しぶりですショーンさん、この度はおめでとうございます」


 元部下のフォールが嬉しそうにこちらに声をかけ握手を求めてきた。

 約十年ぶりの再会だ。

 別れた当時はまだあどけない青年の面影が残っていたが、今では信託の責任者としての自信というものを伺わせる貫禄がついている。

 比較的に厳格な性格をしているフォールとは歳は違うが気が合い、昔はよく飲みに行って仕事の愚痴を言い合ったものだ。


「フォール君か、久しぶりだね。

 おっと君付けは失礼ですね、今は神託の間の責任者になったのなら、閣下とお呼びした方がいいですか」


 神託の間の責任者に任命されるというのは、神にとって信頼のおける人物という事だ。

 神と打ち合わせする回数も他の役職者より圧倒的に多い。

 その為グランドマスターの登竜門とも呼ばれ、社交場にも出る事が多く一般的に貴族の男爵と同等レベルに扱われる。


「本当にやめてください。

 知っているでしょ、そういうのが一番嫌いだという事が」

 

 眉間にしわを寄せて本当に嫌そうにしている、彼は役職や立場で色々不平等が出るのが嫌いなタイプだ。

 ただ私より懐が広いので、バランス感覚が優れ適切に判断が出来ていた。


「では、心構えはよろしいですか、説明させていただきます」


 しばらく雑談をした後フォールから説明を受けた。

 神託の間中に入り中にある椅子に座り目をつぶり、瞑想するだけだそうだ。


 部屋にはイズラ様好みらしい、実に質素なだだっ広い部屋の真ん中にポツンと椅子があった。

 言われたとおり、目を閉じて瞑想を行う。


 しばらくすると、肌感で別の空間に入ったのがわかった。

 ひんやりとした、淀みが一切ない空間に入った。 


 カシャカシャと何かを書いている音だけがする。


 恐る恐る目を開けると、今までいた部屋から小さな部屋に移動していた。

 目の前に大きな机で一生懸命事務処理をしている青年がいる、イズラ様だ。


 金髪でかわいらしいという表現が似合う姿で、書物や像となって伝えられている荘厳で厳格そうな老人とかなり違う。

 しかし放っているオーラが教会で感じる雰囲気と同じく重厚で、嫌ではない圧迫感もある。


「あ、もう時間かごめん、ほんの少したけ待って。これだけ終わらせたい」


 そういって謝罪をした後、ひたすら書類を捌いている。

 あまりの衝撃に言葉だけなく感情が湧いてこない。

 恐ろしいスピードで書類が減っていく、人間にはとても出来ない、これが神業というやつなのだろうか?


「神業? 

 まぁそうとも言えるかね、他の神より事務処理は速い自信があるよ」


 声が漏れていたのか、何も言っていないはずなのにこちらの考えを読み取られた。


「ごめん、ごめん、説明してなかったね。

 ここではある程度君達が考えた事が直接届くんだ。

 昔緊張しすぎて、言葉が出ないでずっと黙っている人がいたからね。

 事後承諾になってしまったけどごめんね」


「……いえ、こちらこそお忙しいなかお会い出来て光栄です」


 思っていたイズラ様のイメージ違い面を食らったが、少しだけ緊張がほぐれ、普通にしゃべる事ができた。


「ふぅ、やっと終わった。よし、じゃあ始めるよ、ちょっと君の人生を見させてもらうよ」


 そういって書類を退けて、手のひらサイズのツルツルとした石版のような物を取り出す。

 イズラ様が石版に手を添えると、石版が宙に浮き、空間に見た事のない魔方陣が浮かび上がった。

 わかっていたが改めて目の前の人が神イズラ様である事を認識した。


「ふむ、成る程。

 まず、長い間使徒としての活動お疲れ様でした」


 神イズラにお礼を言われる。

 定例句のような言葉だが、体中に鳥肌が立ち、強烈な喜びが体を巡り回る。

 目の前にイズラ様がいなければ叫びながら走り抜けたい程だ。


 なんとか歓声が口からもれないようになんとかじっと我慢した。

 今までの数々の苦労は、この一言の為にあったと言い切る事ができる。


「ありがとうございます」


 かろうじてお礼を言えた。


「それにしても君頑固だね、君の人生を見させてもらったけど、僕は公平な世の中になればなと思うけど、君程極端じゃないよ。それじゃあ生活しづらいでしょ」


「性分なもので」


「まぁいいけどね、君の人生だし。

 ちなみに僕は公平と平等の神だけど、世の中に完璧な公平なんてできないと思っているよ」


「なんと」


「うん、世の中に完全な平等というのはないんだ。

 僕だって嫌いな神から頼まれる事と仲の良い神に願いされる事じゃ、やる気が違うし、大きな声で言えないけど、僕の所属のヒューマンの方が他の所属のヒューマンよりかわいいよ。

 感情というのがある限り、完璧な平等なんて物はないよ」


 イズラ様からの思わぬカミングアウトに驚く。


「しっくり来てないようだね、うーんそうだね。

 ある二人とりあえずAさんとBさんとしとこうか。

 Aさんにとって旅や旅行をする事は、知らない場所に行けて刺激を得る事ができるので生きる上で重要と思っているとしよう。

 一方Bさんにとって旅行は時間と労力と金の無駄と思っている。

 そこで旅行券が余っていてAさんかBさんどちらかに渡すとした時に、平等と思って旅に出た回数が少ないBさんに無理矢理旅にださせても決してBさんもAさんも喜ばないよね。

 平等と言うのは実に曖昧な言葉なんだよ」


 イズラ様がわかりやすい例え話をしていただけた。


「ただね、だからこそ平等を求める事に価値があるんだよ。

 色々な事があって大変だと思うけど、自分以外の人に対する余裕を持って考えて欲しい。

 平等自体には価値があるのではなくて、何が平等で何が不平等なのか各々で考える事が大切なんだと思う。

 今後も君の中の平等を探し続けて欲しいな」


「はっ、かしこまりました」


 イズラ様の言葉が胸に染みこんでくる。


「ごめん、説法を説くつもりはなかったんだ、君の人生だ。

 好きに生きて欲しい、老後のご予定は?」


「家を子供に預けて、今まで苦労をけた妻とゆっくり旅行をするつもりです」


 妻はガハドの師団長だったが私よりも早く退職している。

 今は老後どこに行くかをじっくり検討して、私との老後を楽しみにしている。

 今まで私や家族の我が儘を聞いていた分しっかりお返しをするつもりだ。


「いいね、奥さんは大切にしな。

 ただ大丈夫? 

 師団長を断ったから退職金は少ないでしょ。

 うちの教団は商売っ気ないからね」


 イズラの信徒は教団の性格上、質素を好むので無駄なお金は使わないが、商売等を積極的に行わないのでそれ以上に稼ぎが少ない。


「多生蓄えがありますので、後いざとなったら冒険者にでもなりますので」


「冒険者か、うん? 

 ちょっと待って」


 そういうと再び石版に手をかざすと再び見た事ない魔方陣が現れた。


「あーやっぱり」


「どうされましたか?」


「僕達神は全能ではないから未来を見る事は出来ないんだ。

 ただ推測する事というか人の縁というのが見えるんだよね、占い程度に思ってね。

 もし君が冒険者になって何かの試験を受ける時に君から見て不平等な青年だと分かりづらいか、リザードマンがいたら助けてあげてくれると僕の昔馴染みにとって嬉しい事が起きそうなんだよね」


「はっ、かしこまりました」


「神殿騎士辞めるのだから、本当に気が向いたらでいいからね」


「はい」


「じゃあ、他に何か無ければそろそろ終わりにしていいかな」


「忙しい中ありがとうございました」


 夢のような時間は、あっという間に終わってしまった。

 体を何か包まれる感触を抱き、気持ちいい圧迫感がなくなった。

 目をあけると質素な部屋に戻っていた。

 扉をあけようとするとフォールが代わりに扉を開けてくれる。


「お疲れ様です」


「フォール君……あのな」


「そこまでです、部屋で起きた事はあなただけのものです」


 そうだった、興奮して忘れてしまった。

 部屋であった事を神の許可無く他の人に話す事を禁じている。

 この気持ちを誰かと共感したいができないもどかしさを感じる。


「気持ちはわかりますよ、一人で静かな場所でお酒を飲みに行くのをおすすめしますよ」


「ああ……そうさせてもらうよ、このままだと恐らく寝付けん」


「はい、改めておめでとうございます。

 そして少し早いですが、今までお疲れ様でした。

 あなたから教わった事は今でも私の中に生きています」


 恐らくもうこの本殿に来る事はない、フォールと最後のお別れをした。

 アドバイス通り、一人静かなバーに行き酒を飲みながら興奮を冷ました。


 翌日気持ちが少し落ち着き、地元に戻る為ににまた乗合馬車に乗り帰る。

 馬車に揺られながらイズラ様との会話を反芻する。


 冒険者か自分がなるというのは想像した事がなかったが、試験を受けるにはどうすればいいのかの。

 それにリザードマンか、確か息子がリザードマンの集落に行った事があるとか言っていたと思う、戻ったら詳しく聞いてみよう。


「おかえり。思ったより遅かったわね」


 家に着くとすぐに妻が出迎えてくれた。


「ああ、すまない、帰りに馬車が壊れてしまっての」


「あら大変ね、今日夜ご飯は食べるの?」


「うむ、でもその前に相談があるのだが」


 何と切り出せばいいのかずっと考えていたが、いい考えが浮かばなかったので小細工をせずストレートに言う事にした。


「……何でしょうか?」


 長年連れ添った妻は何かを感じ取ったのか、丁寧口調になって警戒している。


「うむ、引退したら本格的に冒険者になろうと思っている」


 引退したら二人で旅行三昧の約束をしていた。

 その為に節約もしていたし、色々な計画をしていたのを知っている。


 しかし冒険者を片手間でやっていたら、試験を受ける事はできないだろう。

 妻は大きく目を開くと三秒ほど固まった後、何も言わずすっといなくなり再び目の前に現れると現役時代に愛用しているメイスと鎧を着て現れた。


 何も言わず手で庭に行くように指示される。


 信託の間で合った事は話す事ができないので、説明する事ができないし、妻も求めなかった。



 ただ庭での説得に応じてくれるまでに一週間程かかった。

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