瓶に入った脳
不労つぴ
脳
「頼む、俺の課題を手伝ってくれ!」
友人の
「もしかして、前に言ってた心理学のゼミの課題? 言っとくけど、僕は心理学とか全然分かんないから力にはなれないと思うよ」
竹田は大学で心理学を専攻している。最近では、配属された先のゼミの教授が厳しいとよくボヤいていた。なんでも、その教授はオーストラリアから来たらしく、その道ではかなり名の知れた教授とのことだった。
「心理学とかはあんまり関係のない課題だから安心してくれたまえ……多分」
「じゃあ、自分でやればいいじゃん」
「そこをなんとか頼む! 今度飯奢るから! ねっ? ダメ?」
竹田はいつになく必死だった。今頃携帯の画面の向こうで、竹田は顔の前で手を合わせているのだろう。なんとなく、そんな気がした。
「はぁ……分かった。とりあえず、話を聞かせてよ」
竹田の話をまとめると、課題で2000字程度の小説をゼミ内で発表し合うことになったそうだ。それだけならよかったのだが、ある条件が課されたらしい。
条件は2つ。
「心理学に関連すること」と「不思議な話であること」だそうだ。
竹田は今までに小説を書いたことがないので、書くことに今非常に悩んでいるとのことだった。
「頼むよ、つぴちゃん…………つぴちゃんはこういうの得意だろ? 俺の代わりに書いてくれよ! 提出しないと俺留年するかもしれないんだよ……」
携帯から竹田の悲痛な叫びが聞こえた。先程まで全く乗り気ではなかったが、竹田の悲惨な様子に、なんだか無関係の僕まで心が痛くなってきた。
「ちなみに提出日までどのくらい猶予があるの?」
「明日の朝には提出」
竹田はケロリとした感じで言い放った。
「時間無いじゃん……」
僕は呆れたようにそう言った。何故、もっと早くにとりかからなかったのか。
いや、こいつのことだから毎日書こうとはしていたものの、時間だけが経過し、ついに最終日を迎えてしまった――などといっただろう。
「頼む、一生のお願いだ!」
竹田が画面の向こうで必死に懇願している。その必死さに根負けして、今回のみこちらが折れることにした。
「はぁ。分かったよ……今度ラーメン奢ってね。替え玉とトッピングもつけて。それと、内容に文句言わないでよ?」
「心の友よ!」
感激のあまり、某国民的アニメの暴君の真似をし始めた竹田を無視して、僕はパソコンを起動し、執筆用のエディタを開いた。
これは僕が小学生の時の話――僕の身に実際に起きた話だ。
僕の母は、奄美大島近辺の離島出身だった。夏休みになると、母は毎年の里帰りに僕と弟を連れて行った。
父は仕事で忙しく、母の里帰りについてくることは一度もなかったと思う。母の地元は人口3万人くらいのところで、自然がとても豊かで綺麗な場所だった。
特に海が綺麗で、晴れた日には水面が透き通り幻想的な風景を生み出す――そんな場所だったのを覚えている。
母方の祖父母宅に泊まらせてもらっていたが、自分と弟と同年代の子は近辺には住んでいなかった。時折、親戚の子供達が遊びに来てくれはしたが。
それでも、僕と弟は近所を探検したり、海を眺めたり泳いだりして遊んでいた。
ある日、どういった理由だったかは忘れたが、昼食前に親戚と一緒に墓参りへ行くことになった。
共同墓地は祖父母宅から車で三十分くらいの海辺にあった。駐車場などはなく、近くの防波堤の開けた場所に車を止めていた。
墓には、伸び切った雑草があたり一面に広がっており、墓石に苔が生えており、傷もついていた。どうやら、あまり手入れされていないようだ。
僕は墓地を一通りまわってみることにした。
母は親戚と話していたし、弟は親戚の子供達と楽しそうに話していたので、一人で回ることにしたのだった。
その墓地はそこまで広くない上に、開けているので見通しが良かった。
墓を見て回り始めたが、当然興味を引くものはなかった。何てことのないただの墓地だ。
一通り見て回り、母の元へ帰ろうとした時――少し離れた墓に、妙なものが置いてあるのを見つけた。
――水色の一升瓶だ。
しかも、中には何か入っているようだった。
なんだろう――。
僕はその墓に近づいた。
一升瓶の中には、何かねっとりした液体に包まれた肉のようなモノが入っていた。
色は白味の強いピンク色。その物体には皺と谷のような模様が刻まれていた。
何故だか理由は分からないが、当時の僕はそれが「脳」であると確信していた。
一升瓶の中に入るくらいのサイズなので、小さい動物もしくは赤子の脳なのではないかと思った。
しかし、この物体が仮に脳だとして、いくつか疑問が湧き上がる。
何故、こんな墓に脳があるのか。
何故、瓶の中に入っているのか。
誰がいつどうやってなんのために瓶の中に入れたのか。
そんなことを考えていると、後ろから「おーい、つぴちゃん何してるのー?」と母たちが駆け寄ってきた。僕は脳の入った瓶への興味を無くし、母の元に走っていった。
――だいぶ後になって聞いたところ、母や弟は水色の瓶など、あの墓では見なかったと言っていた。
僕が見たものは自分の思い込み、もしくは夢だったのだろうか。
「この前つぴちゃんに書いてもらった小説、なにかのコンペで最優秀賞を取ったらしくて、今度どっかの病院で飾られるらしいぜ」
あのよく分からない怪文書を書いて半月後、僕は竹田と通話していた。
「え? あの怪文書を本当にそのまま提出したの? しかも最優秀賞って何?」
正直、あの時は変なスイッチが入っていたこともあり、発表する場にふさわしくない怪文書が出来上がってしまった。よくよく考えたら、あの話は心理学とあまり関係のない話のような気がする。
まぁ、いい感じに書き換えてくれるだろうと思って原稿を渡したのだが、どうやら彼はあれをそのまま提出したらしい。しかも、それを何かのコンペに提出するとはどう考えても正気の沙汰と思えない。
「教授が偉く感銘を受けたらしくてな、勝手に提出したらしい。ちなみに、あれを読み上げた時みんなドン引きしてたぜ」
「そりゃそうでしょ」
「教授には俺が書いたものじゃないって直ぐにバレた」
「大丈夫なのそれ」
「良いものが見れたとかなんとかで、お咎めなしだった」
竹田はその幸運に感謝すべきだと僕は思った。
続けて竹田は、あっそうだ――と何か思い出したかのように僕に語った。
「教授がぜひお前に会いたいって言ってたぜ」
「なんで?」
「教授が興味あるのは、あの話よりもそれを書いたつぴちゃん本人だってさ。あの話はつぴちゃんの実体験なんだろ? それを聞いた教授が、心理学の観点からお前のことを調べてみたいって言っててさ」
もしかすると、おかしいのは僕の方なのだろうか?
瓶に入った脳 不労つぴ @huroutsupi666
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