第13話 やはり悪魔だ

 マーディンさんが少し首を傾げてから口を開いた。


 「オレら友達じゃん? フランカ友達を幸せにしたいから大事にしてる。」


 それを聞いたフランカの頬が、ぶわっと真っ赤に染まる。こんなにも真っすぐな言葉をかけてもらったことがなかったから、あっけにとられる前に嬉しさが頬を染めたのだ。

 そして血色の良くなった唇をきゅっとすぼめ、意味なくクロックムッシュの端っこを指先で二回突いてから目を伏せた。


 「ありがとうございます……」


 フランカはうつむいた拍子にまつ毛にかかった黒髪を、これまたほかほかと湯気が出そうなくらい温まった耳にかけた。

 そしてハッと顔を上げ、「いえ、そうではなく!」と言いながら、背筋を伸ばしてマーディンの目を見つめる。


 「私はいったい、マーディンさんに何を返せばよいのかと……」


 「えー? べつに友達に優しくすんのに返すも何もなくない? ここに来る前、塔でフランカはぶきっちょなオレのためにコートのボタンを留めてくれたけど、見返り欲しくてしたの?」


 「まさか!」


 まったく考えていなかったことを問われ、フランカはぶんぶん首を振った。


 「もちろんそんなことはないのですが……」


 見返りなど求めてはいなかったけれど、フランカの中にそれに近い考え方があったことに気がついて、少しばつが悪い。


 何か与えられたなら、十分な何かを返さなければならない。

 それは損得を考えているわけではなく、貸し借りで利を得ようというのでももちろんなくて。そうでなければ〝じゃないほう〟のくせにと陰で貶められていたから。


 もらった以上の何かを返さなければ、立場がなかったからだ。


「なぜ、友達になってくれたのかと……見ず知らずの私の前にマーディンさんが現れた理由を知りたいのです」


 空になった木のカップを両手で包むと、コンソメスープの黄金色を思い出してフランカはため息を吐いた。


 「……オレ、フランカの魂が欲しくてきたんだよ。フランカの魂はこの世界では特別なものだから、最初は様子を見に来たんだ」


 「魂……!」


 やはり悪魔だ。

 王道の理由に、フランカは深く納得した。


 教会でも悪魔は魂を好むと教えていた。

 無垢な子供を騙して魂を奪う悪魔の話や、厳格な聖人や賢者を誘惑し、堕落した魂を大喜びで食べてしまう悪魔の話は子供でも知っているほど有名だった。


 なるほどとうなずくフランカに、マーディンさんが慌てたように口を開いた。


 「違うよ? べつに今すぐってわけじゃないから。フランカが幸せに生涯を終えて、この世界に未練がなくなったらの話」


 マーディンさんは湯気を上げるティーカップをなぎ倒さないよう慎重に手を伸ばして、着のカップを包み込んだまま縮こまっていたフランカの手を取った。


 「オレはオレの意思で、フランカの側にいようって思ってる。友達だしさ」


 食べかけのクロックムッシュとクロックマダムの上で、マーディンさんの手がフランカの手を木のカップごと包み込む。

 フランカはわずかに首を傾げて視線を上げた。


 魂という、悪魔らしい答えを得られてフランカはとても安心したのだ。

 そしてフランカを選んでくれたことに心から感謝した。

 マーディンさんにとって価値のあるものを自分が持っていることが誇らしい。


 悪魔はたいてい奪った魂を食べてしまうという。その食欲に神様が困ったという話があるくらいだ。

 だからもしかするとマーディンさんはフランカの魂を食べるために欲しているのかもしれない。そう思ったら、変な話だが妙な満足感すら覚えた。


 だから、


 「未練なんて……――特に、思い当たりません。なのでマーディンさんが必要だというのなら、今すぐに魂を差し上げたいくらいです」


 そう意気込んで言うと、マーディンさんはなぜか困った顔をした。


 「やめてよー。魂なら何でもいいってわけじゃないからね? ちゃんと幸せになってくれなきゃ」


 つまり悪魔にとって、宝石龍の愛し子の魂は幸せに寿命を終えたもののほうが都合がいいということなのだろうか。

 聖人や賢者の魂は堕落したほうがおいしいらしいし、魂によっていろいろと収穫方法があるのだろう。


 「だからフランカがしたいこと全部しようね!」


 それに……と、マーディンがちょっとすねたように続けた。


 「フランカがしたくないなら、成りすましたちに報復すんのもやめとく」


 残念だけど。ほんと、報復したくなったらすぐ言ってね! と言い続けるマーディンに、フランカはちょっと笑いながらうなずいた。


 「でもむかつくからあの彫像だけは壊してもいい?」


 手をぎゅっとされたまま上目づかいにお伺いを立てられて、フランカは苦笑しながら肩をすくめた。


 途端に目をキラキラさせたマーディンさんが、フランカの手を包み込んだまま空色の爪先をちょんと振った。

 彼の赤い目が向くほうにはペトロネラの像があって、なんだかぼんやりと霞んでいるようにみえる。


 「成りすましの彫像を、魔法で出した強酸の膜でうすーく包んでやった!」


 ペトロネラの像は酸に弱い大理石でできている。しばらくしたら石肌がぼろぼろになるだろう。


 フランカの言葉に、「ざまぁ!」と、マーディンさんが本当に楽しそうに笑った。

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