第11話 クロックムッシュ、クロックマダム
二人で朝市の感想を言い合いながら歩いていたら、『神に寄り添う宝石龍』の像がある広場からだいぶ離れたところまで来た。ちょうど朝市の終点だ。
少し前まではこの辺りにも露店が並んでいたのだけれど、最近大きな広場に整備された。
広場の中心には真新しい彫像がある。真っ白な大理石でできた像の作品名は『宝石龍の愛し子ペトロネラ』だ。この広場が造られた理由である。
「アレが成りすましの顔かー……なんか芸術家の修正入ってても顔が下品に見えるわー」
彫像の顔を見ながら、マーディンさんが言った。
「野外彫刻で大理石ってのも気になるし。ここ雪多いじゃん。何年かしたらシミだらけになりそう。まあそれはクッソざまぁだけど」
二人がいるのは朝食をとろうと立ち寄ったオープンカフェだ。広場を一望できる。
カフェのオーナーは「愛し子様の像のおかげで人出が多い」とほくほくした顔だった。
朝食を頼んだ二人に、おまけだと言ってコンソメスープをつけてくれたくらいだ。
黄金の宝石龍の金色にあやかったらしい。
ちなみにフランカがクロックムッシュと紅茶を、マーディンさんはクロックマダムとコーヒーを頼んだ。
「てかさぁ、どっちが愛し子かわからなかったのに、宝石龍顕現から彫像設置まですんごい仕事早くね?」
クロックマダムにかぶりつきながらマーディンさんが言う。
少し長めの犬歯が突き刺さった目玉焼きから、涙が流れるように黄身が流れていく。
クロックマダムを掴む空色の爪と、オレンジ色の黄身が鮮烈なコントラストを描いていた。
それがとても美しくて、フランカは思わず見入ってしまった。
「どした?」
視線に気づいたマーディンさんがもぐもぐしながら首を傾げる。
「爪が……空色の、とても綺麗だと思って、つい見入ってしまいました」
不躾な視線を送ってしまったと頭を下げようとして、向かいのマーディンさんが黄金の宝石龍にも負けないほど輝く笑顔なことに気づく。
「あのね、これ付け爪なんだけど、魔法使う時の媒体なんだー。オレらの間では女の子がよく使ってて、男はまあ、こんなん付けてると笑われたりするんだけど……」
少し目を伏せたマーディンさんがクロックマダムを皿に置き、指先をフランカへ見せてくる。空色の上に描かれた繊細な雪の結晶模様がキラキラしていて美しかった。
「綺麗だし、かわいいじゃん? 見てるだけで気分上がるからオレは好きなんだよねー! だからフランカが褒めてくれてめっちゃ嬉しい! ありがと!」
「素敵だと思います」
赤い目を細めてマーディンさんが照れ臭そうに笑った。
そしてじっとフランカを見つめたあと、とまどうフランカにもう一度「ありがと」と言ってから、クロックマダムを手に取った。
「ん! うまー!」
玉子の黄身はこぼれることなく、とろりと糸を引くチーズと一緒にマーディンさんの口の中に納まった。
「……彫刻の話ですが、どちらが愛し子か確定する前に、ペトロネラの像はすでに完成していました。大理石もペトロネラの注文でしたね。肌が白く美しくみえるから、と」
フランカもマーディンさんを見習って、皿の横に添えられたナイフとフォークを無視してクロックムッシュを手に取った。
手づかみで物を食べるのは初めてのことで、ものすごくドキドキする。
パンのざらついた表面と料理の温かさが指先に伝わって、今まで食べたどんなものよりおいしい気がした。
「はあ? ……え? もちろんフランカのも作ってあってのことだよね? 二人分準備しておいてからの、成りすましの彫像設置だよね?」
マーディンさんの言葉に、クロックムッシュを皿に置いたフランカは苦笑を返した。
「広場の区画整理の計画書は作りましたし、完成までの責任者も務めましたが、彫刻を作った覚えは……」
マーディンさんの仕草に習って指先に付いたパンくずを払う。
手のひらにこそっと入るくらいに小さなカップに入ったコンソメスープを飲み干して、フランカは首を傾げた。
「私は〝じゃないほう〟でしたので」
黄金色のスープはおいしかったし、体も温まったけれど、フランカの心中は少し複雑だ。
「……え、クソじゃん」
柳眉をひそめてマーディンさんが吐き捨てた。
「ねーフランカぁ、成りすましごとこの国滅ぼそうよ~! オレが綺麗さっぱりぜーんぶ滅してやるからさぁ」
クッキー欲しいよぉ! と朝市の焼き菓子屋の前で駄々をこねていた男の子のように、マーディンさんがクロックマダムを両手で持って「ねーねー!」と見上げてくる。
まるで甘えるような仕草がかわいくて、フランカは思わず「いいですよ」とうなずきたくなってしまった。
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