第2話 さっむ……!(side:マーディン)

 宝石龍が瞬いた。


 ぽつぽつと涙を流すような明滅に、マーディンは真っ赤な瞳で龍を見上げ、どこかに不具合が起こっただろうかと思わずぺたりと龍に触れた。


 黄金で出来た龍の表面は氷よりも冷たくなっている気がして、触れたことを後悔する。


 違う世界へのお出かけだからとお気に入りのスニーカーを履いてきたけど、凍った雪の上では滑るし足の裏がめちゃくちゃ冷える。

 こちらの世界に渡って来たばかりのマーディンには足元から上がってくる冷気があまりに寒くて、背中から生えた羽をきゅっと縮こまらせた。


 黒のロングTシャツというのも失敗だったかもしれない。羽を出すための穴が背中に開いているし。

 背中から生える羽のワインレッドの被膜は、この世界の気候に対して防寒力がなさすぎた。

 寒さに負けて血の気の失せた被膜はどんどんどす黒い赤色になっていく。


 「寒すぎなんですけどぉ」


 独り言を漏らすたびに、息が白くなって空気に消えていくのは面白かった。


 氷も雪も映像として見たことはあるが、マーディンの生まれ故郷は常春で、身が痺れるほどの寒さを感じたことは生まれて初めてだ。

 息を吸うだけでこんなにも体の中から冷えるとは知らなかった。


 だけどこの身は人間などよりはるかに丈夫で、あらゆることに耐性がある。この世界の寒さ程度に震えることなどないはずなのに。


 「愛し子が泣いてるから……?」


 マーディンは〝宝石龍の愛し子〟と呼ばれる存在が弱っているのを感じていた。

 わざわざこんな寒い所へやってきたのは、その愛し子の魂を手に入れるためだ。


 それも生前を幸せに過ごし、この世に満足して未練をなくした魂でなくてはならない。


 そのため愛し子と対になる宝石龍は、愛し子と同じ時に寿命を終えるまで体内で鉱石を作り続けるように造られている。

 愛し子と同時に龍も死に、その亡骸は鉱山となる。愛し子の死後に鉱石を採掘できるようになっていた。


 〝宝石龍の鉱山としての質は、愛し子の幸福度に比例する〟という関係性を作ったのはマーディンの先輩たちだが、この仕組みを知っているこの世界の人間たちは必死になって愛し子を幸せにするだろう。


 そして宝石龍は、こことは違う世界の言葉を借りればマーディンたちがこの世界に滞在するのに必要なエネルギー供給をするバッテリーだ。

 この世界では神の祝福とも呼ばれ、神聖な生き物だと思われているらしいが、〝愛し子の魂回収〟という仕事のためにマーディンが造った人工物である。

 ルビーやダイヤ、鉄や銅など作り手によって宝石龍が生む鉱石はさまざまだが、マーディンが造ったのは黄金を生む宝石龍だ。


 「なのに宝石龍が全然育ってないから、エネルギー足んねえでやんの……」


 マーディンは冷たい空気を含んで首筋にまとわりつく金髪を、羽を震わせて払いつつ嘆いた。


 愛し子の幸福度によって、宝石龍に蓄積されたエネルギーは鉱石の品質を上げる。同時に、マーディンに供給されるエネルギーの質も上昇させる。

 つまりこの世界程度の寒さにマーディンが震えているのは、愛し子が今現在、全く幸せを感じていないからだ。


 あまりの寒さにこめかみから生える黄金の巻き角が冷えすぎて、頭痛までする。

 歯ぎしりのし過ぎで歯にヒビが入り、アイスを食べるたびに知覚過敏で悶絶していた同輩の様子を思い出して落ち込んだ。


 まさか別世界に渡って最初に味わうものが、角の知覚過敏による頭痛とは思わないではないか――……。


 「愛し子は、なんで幸せじゃないんだろうねぇ?」


 何か不具合でもあったのか。

 愛し子の魂が回収可能な状態になるまでこの世界を観光でもして時間を潰そうと思っていたマーディンは、トラブルの予感にため息を吐いた。


 指先を振って自分の体周辺から冷気を吹き飛ばして暖かい風を纏うと、マーディンは遠くに見える街の灯りに目を向ける。

 雪と氷しかない平野が続いた先に、わざとぽんと置かれたように出現する大きな街だ。

 そこに愛し子の気配があるということは、おそらくどこかの国の重要な施設があるのだろう。


 マーディンは少しだけ血の気の戻った羽を広げて宙に浮き、愛し子を探して羽ばたいた。

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