第26話 ランデル王国の王太子(後編)

(ランデル王国の王族が、わたしにいったい何の用かしら。年齢的には、一番上の王子よね)


 エリスは脳内で、事前に頭に叩き込んでおいた諸外国の要人リストをパラパラとめくり始める。

 そして該当人物の名前を探し当てると、にこりと微笑んだ。



「わたくしに何か御用でしょうか、ジークフリート・・・・・・・王太子殿下」



 ――ランデル王国が王太子、ジークフリート・フォン・ランデル。

 彼は王太子でありながら、殆ど表舞台に出てこない謎多き王子として有名だ。


(そんな王子が、どうしてわたしに話しかけてくるの?)


 エリスはただただ不思議に思う。

 自分とランデル王国の繋がりは、弟のシオンが留学していることくらいなのに、と。


 だがエリスがそう思ったのも束の間、ジークフリートが口にしたのは、まさかの弟の名前だった。



「シオンがあなたに会いに来ているんです。たった今、この会場の外に――」と。



「……え?」


 それはあまりに予想外の内容で、エリスは茫然としてしまった。


 この場で出るはずのない、シオンという名前に。

 たった一人の大切な弟の名が、ジークフリートの口から出たことに。


「どう、して……?」


 正直、わけがわからなかった。

 そもそもエリスはシオンに対し、帝国に嫁いだことすら伝えていないのだ。


 ユリウスから婚約破棄された挙句、帝国に嫁ぐことになったなどと伝えたら、絶対に心配をかけてしまう。

 シオンには心配をかけたくない。たった一人祖国を離れ、苦労している弟をこれ以上苦しめたくない。


 そう考えたエリスは、シオンに何一つ伝えず帝国に輿入れした。


 そしてその後は、一度も手紙を出していない。

 出そうと思ったことはあるのだが、皇族宛の手紙には全て宮内府の検閲が入ると聞いて、やめてしまった。



 それなのにジークフリートは、今ここにシオンがいるという。

 ランデル王国から馬車で十日もかかるこの地に、自分に会うために来ていると――そう言ったのだ。



 驚きのあまり声を出せないでいるエリスに、ジークフリートはゆっくりと右手を差し出す。


「彼に会いませんか? 僕がお供しますよ」

「……っ」

「大丈夫。王宮の外には出ませんから」

「……でも」


「夫のことが、気になりますか?」

「――ッ」


 ハッとするエリスに、ジークフリートはにこりと微笑む。


「ですが、殿下と共に会うのはおすすめしません。シオンは今とても気が立っていますから、殿下の顔を見ようものなら真っ先に殴り掛かかってしまうでしょう」

「殴りかかる? あの、優しいシオンが?」

「正直言うと、彼がどんな人間であるか僕は知らないのです。けれど僕の弟の言葉を借りるなら、『姉の結婚の記事を目にしたときからずっとイライラしている』と。それにここだけの話、彼は毎晩ベッドの中で泣いているんだそうですよ。そのせいで彼と同室の生徒がノイローゼになって困っていると、監督生プリフェクトの弟に相談されまして。おかげで僕が彼を連れて、こうして遠路はるばる足を運ぶことになったというわけです」

「……っ」

「だから僕の為にも、彼に会ってやっていただけませんか? エリス皇子妃殿下」

 

 エリスを見つめる、ジークフリートの強い眼差し。

 本当かどうか判断しようのない内容だが、無視するわけにはいかない。


 エリスはひとり、心を決める。


 彼女は小さく頷いて、ジークフリートの手を取ると会場を抜け出した。

 

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