敗北は突然に
好きな目の色になったセレナは彼にとって最高の女。
傲慢さは欠片もなくなり夫に望まれれば、促されれば何でもやる……気が利かない事を除けば欠点の無い妻。
物心ついた時から積み上げたモノを否定された時、無理やり取り上げられた時……人はどうなってしまうのであろうか?
進矢が治める領地にてそれなりの月日がたった。
分かりやすく言えば、視覚的に表現すれば大きくなったセレナのお腹が答えであろう。
産まれてくる子供を心から楽しみにできず、穏やかなはずの日々を過ごす領主にとって未来は信じられないものであった。
史実その子供の産まれ故郷が、イビルディア帝国の首都パンデモニウムになる事等。
「性別等どちらでもいいのです。ただ元気で産まれてさえくれれば……何の祝福もできない私をこの子は許してくれるのでしょうか?」
神性が抜けようと習慣は抜けず。
その苦しみに悩むセレナ。
お腹を撫でる手も、表情からも心からの幸せを感じる事ができない。
強姦され孕まされたと言わんばかりに……
力づくで妻にした女に……無理やり人間にされた現人神にかける言葉を、未だに全てを奪った本人は未だ持てずにいた。
器量というモノは強さにあらず。
最強の雄は最高の、最優の男にあらず。
男や雄の優秀さは……夫としての優秀さにあらず。
セレナは真理に薄々気づいていたのだろう。
だから美味しいとこだけを味わい合う、互いにとって幸せな関係を築こうとしたのだろう……が馬鹿な麒麟児によって全ては更地。
夫としての適正ゼロなアホによって……二人は泥と苦味をかむはめに。
創造は一生、破壊は一瞬。
つくれる者はひと握り、壊せる者は大多数。
そんな事も分からないから……いや終わった後に分かる程度の知能があってしまった進矢は、愛する人が妊娠したという事実を、本来なら心からの幸せを噛み締められない。
自分が欲張ったせいで、彼女が大事にしてきたモノを壊してしまったのだから……ここで開き直れるなら……いやもしそれができるのなら恋や愛の感情は無い故に、どうでもいい相手を捨てた方が早いであろう。
故に歪みと悩みは日に日に大きくなっていく。
それは強いだけでは止められない、優秀でなくては止められない。壊す事以外に才の無い進矢には止められない!
だから子供に期待をしてしまう。
血の繋がらない二人にとって……明確にして文句のつけようがない血の繋がり。
そんな新しい命がもたらす変化にすがってしまう。
強さ以外に取り柄のない進矢を頼りなく思う……女はクズなのであろうか?性根がひん曲がっているのであろうか?
聖域を踏み荒らした賊を許せるのなら……それはもう本物の女神であろう。
だがそんな憂鬱とした日々は今日で終わる。
己が勝ち取った領地から愛した女は今日消える。
流石の進矢もソレは察したのであろうか?いや無能だからソレは無い。
彼が負けた理由は旧文明の英雄が敗因と同じく、身内の邪魔と女の裏切りによるモノだから。
「な、何でイビルディアの人間がこんなにいるんだ!えっ軍事行動じゃないの?奥方を迎えにきただけ?」
己が治める地で響くは民草の怯え。
その声に答え、壊した真実から目を反らそうとするために、現着するのは麒麟児。
ハッキリ言おう、そこまでの数では無かったそうだ。
それこそ絶対強者一人で殺し切れる程の質しか無かった。と……何故か幻想郷に暴魔と怪物が訪れた記録は存在しない。
進矢を始めて見たイビルディア人はこう思った。
否、この場にいる全員がそう思った。
次元が違う。と
頭の数で表現するには、指の本数ごときではあまりに心細くなる程の圧倒的な差。
多くの強者を知るからこそ口から出てしまうのは真実。
コイツには絶対勝てないと。
だからこそ対策される。だからこそ若いのに領主と理解される。
「
元主の名前に……進矢は驚き顔。
無理もない、一翔は余程の事が無い限り……下の人間に口をださない。
何故かって?大半の事は自分でやった方が早いから、それくらい優秀!弱点は成長障害くらいであろうか。
確認されよ。と多少マシなモブから手渡される進矢。
突然の出来事という事もあり民衆からも、偽物かもな。と若干の疑い。
もし君が偽物の文書を作るならどうする?
それはもう言葉を尽くして、一生懸命考えて……長く多く文字を書き連ね文書の価値を少しでも増やそうとするであろう。
が!そこに書いてある事はたった二つ。
女神が生きる地は東亜皇国にあらず。と万事よろしく頼んだぞ。でどこまでも短く。
これだけで充分な程だが……進矢は何とか疑おうとしていた。
気の変わり目を見逃す様な奴は交渉に向かない。
「あと
もう進矢は何も言わなかった。
帝国は自分の元主にトンデモナイ利を提供したという事実。
異国にまで流れた分家の末裔が……本国でのうのうと生きる本家を超えた時、どの様な顔をしているのであろうか?
そんなの想像しなくてもわかるだろ。
事実、世間様もだいたい分かってきたのだろう。
異国の女に執着する見苦しい領主と、女神をあるべき場所に戻そうとする交渉人。
どちらが正しいのか!という目の前にある真実。
麒麟児はくだらない世間体に屈した。
最強の力を持った存在が史に刻む一度目の敗北。
その光景はどこまでも悍ましく醜く。
進矢の口から真実の愛を語る事等……もう二度と許されないであろう。
無理やりアレンジしておきながら……飽きたわけでもなく手放すのだから。
そして、神性が抜けたセレナは故郷へ帰っていく。
一度傷がついたところで、今までの積み重ねとそれなりの才覚で最後の女神を全うする事はできる。と言わんばかりに。
「シン君、さようなら。」
その言葉は最後の瞬間まで、愛する人より、自分の意志より世間体を優先する……セレナが最初から嫌いだった欠点を解消できなかった……最強の雄へ贈られた言葉。
産まれてくる子に少しでも多くのモノを与えたい。と願った彼女の内にある感情は恋か?愛か?はたまた未練か。
ヒロインが主役から離れるシーン。
いや彼女がここで終わる訳が、離れて終わる訳が……なんて馬鹿でも思わない。
セレナにはやってもらわねばならない役が最後にあるのだから。
正確な時刻は資料が残っていないため不明。
だが本命たる行動があったのは事実。
舞台は鳳が所有する本邸。
数多の精鋭……いや遺伝子厳選をした同じ姓を持つ護衛達を背に美鶴は座る。
数の多さは、きれる手札か?はたまた不安か?
机の先で、対峙する先に座るのはベル。
女傑の持たない圧倒的な暴力を担うは暴魔と怪物。
二人で充分。と言わんばかりに笑う女。
この時、間違いなく一つの縁が結ばれていたのかもしれない。
左上右下といった東の文化は世界標準的には逆である。
あらら、両方が得する作法ってこの世にあるのね。と軽口牽制。
それには、お気に召していただけて光栄です。と笑顔のおべっか。
言語が統一された世界ですら文化の違いがある不思議。
粗茶ですが。と交渉の席に飲み物が到着。
「此度は女神様を連れ戻しに来ていただくだけでなく、本家との争いにまで加勢をいた……」
「心無き感謝と世辞は不要。故にフェネクスの血が生きているか死んでいるかだけ答えろ。」
返答の早さが示すは意志の強さと美しさ。
そして、それに口ごもるのは……時間を稼ごうとするのは弱さと醜さ。
正体見たり。と言わんばかりに悪意が、湯呑みを傾け……挑発行為として中身の全てが床にこぼされる。
「話を長引かせたり、何度も同じ事を蒸し返して飲料に手をつかせ……眠った後に拉致する物語を見た事があるのでな。」
元女神にとって貴様はその程度の信頼しか無い。と言わんばかりの態度をとるベル。
事実、圧倒的に有利なのだから高圧的なのは当然!
交渉とは舐められた瞬間……全てが泡沫とかす事等言うに及ばず。
そして嘘は意外とバレルものである。
だからこそ誠意を見せなければならない。
「彼女はもうこの世にいません。我ら鳳が身を預かった時にはもう……陵辱や乱暴は東亜人が行った事故!男共に代わってボクに弁明をさせてください。」
それは東の文化たる土下座。
最上級の謝罪を示す行為。
誠意は意外と通じるものである。
事実、イビルディアの軍人たる二人を笑わせたのだから。
「ねぇ、
それ以上に笑うのは、ふんぞり返り顎をあげるはベル。
だから続ける。
予想通りだったから
「さて名前を覚える気すらさせないレベルの雌よ。生きている方のフェネクスを、真実を話してくれないか?」
だから嬲る。
絶対に勝つのだから
「今息子をグレテンに留学させているのだろう?調べもついているし、イビルディア帝国に連れ帰る準備も出来ているが!貴様の口から真実を吐かせたい。」
だから告げる。
絶対に間違っていないのだから……瞬間美鶴が無言で、ベルの胸ぐらを掴む。
が怪物も暴魔も慌てない。
黙らす!と言わんばかりに片手で相手の服を利用して気管を塞……
ぐのは不可能であった。
理由はベルの襟元にしこんだカミソリによって、産みだされた反射。
相手が怯んだところで、立ち上がり体格差で後ろから頭をおさえるは悪意。
「あら我が子に対する愛はその程度なのね。……もし
嫉妬と憎悪が引き起こす力が、ただひたすらに被害者をテーブルに打ち付ける。
圧倒的とは口がさけても言いようが無い、暴力がそこにはあった。
助けて。といおうが……双方の護衛は何もしない。
「師匠何を動こうとしているんですか?ベルがガン有利じゃないですか?あぁ別に殺したりはしませんよ。フェネクスのガキに言うことを聞かすための人質だって知ってるくせに。」
だってこれは女の戦い。
もし男の手が加わった瞬間、暴魔と怪物が全てを散らす事が目に見えてる故。
「ふ〜スッキリした。女の子だって暴れたいがキャッチコピーなお話だってあるんだし……たまにはこういうのも良いわね。」
年齢考えろ。と言いたげな雰囲気は、ベルが一睨みして封殺。
気を失っている名前も知らない、成長障害を起こしているであろう東亜人の女を、金で買収した連中に指示をだして拘束。
「全く東亜皇国の悪い風潮よね。家族だからとかホザいて報酬をケチり、運命共同体とかうそぶいて搾取するのだから。」
安月給でこき使われていた鳳の護衛者達は圧倒的な大金による穏やかな余生に釣られ……アッサリと奉公にご恩で報いない身内を売っていた。
まぁ、彼らにも当然言い分はある。
そしてベルは気づく。
遺伝子の優秀さからか、すぐ意識を取り戻した美鶴の存在に!
「でも鳳は革新的よ。他の連中が血が家がとか言っている中、面白い子を重用しているのでしょ?フフフでも生兵法ならヤラない方がマシよ。だって不満の温床になるだけだもの。実際にこうなった訳だしね。」
だから煽る。徹底的に煽る。
これからフェネクスの後継者となる者にとっての鎖……すなわち人質に己との圧倒的な差を教え込むために。
いろいろな文句がウーウー。という呻きに変わるのは身内によって付けられた猿ぐつわのせい。
裏切り者?という評価には異議唱える者あり。
かけがえの無い親族よりも優先して、よく分からん混血のガキに広い領地を与えやがって。とは無能の申し立て。
とはいえ同じ事をされた時、君はヘラヘラ笑ってそんな親族を許せるかい?
人間の欲に底が無い。なんて大半には当てはまらないのにね。と笑うのは……世界一の資産家が義娘。
「この可愛らしくも猛る女からは小生が情報を吐かせる故、貴様らは指一本触れるな!オイ案山子の様に突っ立てないで早く薬を持ってこい!!顔に傷や痕が残ったらどうしよう?」
事実ベルの後ろに立つ怪物と、急にやる必要の無い仕事を買って出た暴魔は、実績に対して欲しがった物が余りにも少なかった。
だからこそラスボスは笑う。
産まれた場所が高すぎて……神の存在を心から信じられぬ故に。
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