短夜恋物語

風鈴はなび

短夜恋物語

「夏休み、かぁ…」

窓から見える校庭を見つめてため息混じりの独り言。

別に夏休みが嫌いなわけではない、むしろ長期休みはありがたい。

だけど今回の夏は僕にとっては悩める夏なのである。

すると聞き慣れた声が僕の背中を叩いた。


「なぁに浮かねぇ顔してんだよ"春真"、せっかくの夏休みだぜ?」


「…お前みたいに楽しいイベントがある訳じゃないんだよこっちは」


「どうせお前も"あれ"行くんだろ?それは楽しいイベントには入んねぇのか?」


「あれは…まぁ楽しみではあるけど」

"やっぱりあんじゃねぇか"と笑いながら僕と話すのは古谷恵。小学校からの友人で、なにかと一緒に行動することが多い腐れ縁だ。


「四年に一度の神楽花火の大祭り…まだ祭りの日まで二週間もあるってーのにもう町中提灯だらけ…これは楽しまなきゃ損だろ」

そう、今年は神楽花火という花火大会に合わせた祭りが二日も開かれる。一日目は屋台だけなのだが、二日目にはとてつもない量の花火が夜空を彩る。


「いいよなお前は彼女がいてさ、僕なんかどうせ一人ぼっちで寂しく屋台巡りが関の山だよ」


「お前もいるだろ」


「ばっ…!あれは彼女じゃない!」


「んなあからさまに反応しなくてもいいだろ?振られるの覚悟で誘ってみろよ」


「うっせ、とにかく僕はその日は一人だ」

彼女だとしても誘えるわけがない。

一日目はともかく二日目なんかあまりにも人が多すぎて一人で歩くのもままならないのに、一緒なんて無理に決まってる。

​────でももし行けたらその時は…


「まぁどうせ一人でも楽しいからな、屋台の数も尋常じゃねぇし」


「僕も程々に楽しむつもりだよ。それよりもほらさっさと席に戻れ、ホームルーム始まるぞ」

"へいへい"と席に戻っていく恵。

それから間もなくしてホームルームが始まり、分かりきった注意事項を聞いて解散となった。



「なぁ春真、お前さこの学年なら誰が好き?」


「…なんだよ急に。そういうのは修学旅行でやるもんだろ…」


「そーだけどよ!お前の好きな人が変わってる可能性もあんだろ?だから夏休み前に聞いとこうと思ってさ」


「好きな人なんて…いねぇよ。というか知ってるだろ?僕と"楓"はただの友人で、それ以上でもそれ以下でもないよ」


「あんなに見せつけといてよく言うぜ」

"ほっとけ"と恵の脇腹を小突く。

そんな事をしているうちに恵の家に着いた。


「じゃあな春真!服選びならいつでも誘えよな!」


「お前なんかに頼んなくても服ぐらい自分で選ぶよ、じゃあな」

悪友に別れを告げて夏の街を歩く。

時折吹く風には夏の匂いが染み込んでいた。


「…暑っつい」

ワイシャツを第二ボタンまで開けるがそれでも汗は吹きでてくる。

しかもさっき同学年の女子が走っていたのを見たせいで僕は走ってもないのにさらに汗をかいてしまう。

家に着いてシャワーを浴びたのはワイシャツが汗でびしょびしょになった時だった。



「ん…電話か」

小説を読んでいると着信音が流れ、画面には楓という表記と季節外れの雪だるまのアイコンが映っている。


「もしもし、なんか用​か?」


「ん〜いや別に〜?やる事ないからかけただけ」


「あのなぁ…やる事がないなら宿題をやれ。今年は最終日の二日前に泣きつかれても助けないからな」


「去年もそう言ってたのに結局やってくれたじゃん。春真ってツンデレなの?」


「そりゃあんなにわんわん家の前で泣かれたら了承せざるおえないだろ…」


「そんなことあったけぇ?」

なんてとぼけながら笑うのは"水瀬楓"

中学校時代の一個上の先輩で僕が中三の時に一年間の留学に行き、今年の春に帰ってきた帰国子女。

学校の規定やらなんやらで今は僕と同じ高校一年生なのだ。


「夏だけの一時帰国で楽しんでたとはいえ…なんで宿題をほっぽりだして遊ぶんだよ…」


「そんなの決まってるじゃん、今年という夏は今しかないんだよ!」

このようにフランクな性格なので中学校時代も敬語は使わずに友達みたいなノリで過ごしており、そのせいで高校で同級になってからは完璧な同年代の友人になってしまったのだ。


「今年で思い出したけどさ、確か今年って神楽花火の年だよね」


「まぁ…そーだな…」

突然の一言で言葉が詰まる、心臓が吼える。

実は楓は四年前の祭りは風邪で行けなかった、そのせいでかなり落ち込んでいたのを覚えている。

今年は一緒に行けたら…なんて思ってはいたがいざ楓の口から聞かされると意識してしまう。

数秒の沈黙が痛いほど心に刺さる。


「春真はさ、一緒に行く人いるの?」

最初に沈黙を破ったのは楓の方だった。


「いないかな。恵は彼女と行くだろうし、家族は各自で行くだろうから」


「そーなんだ…なんか可哀想だね」


「憐れむな憐れむな…そっちこそ行く奴いるのかよ」

さりげなく予定を聞き出し話を繋げる。

もし居るならそれに越したことはないし、居ないならサラッと誘いやすいというわけだ。


「あっ私?別にいないかなぁ…カナっちは予定あるらしいし…何?もしかして誘ってるの〜?」


「まぁ…楓は前回行けてないだろ?もし行く人が居ないなら一緒に行ってやる」

気が動転し上手く言葉を使えない。何が"一緒に行ってやる"だこのバカ!行きたいのはこっちの方で…ってあれ?僕なんで楓と…


「確かに今年一緒に行く人いないけど…ホントに?私と行ってくれるの?」


「あ…まぁ…うん行ってやるとも」


「へぇ…ふぅん…あの春真がねぇ…?」

楓はなにか引っかかるような物言いをしており、感慨深そうな感じで電話越しに独り言を言っている。


「で、結局行くか行かないかどっちなんだよ」


「いいよ、一緒に行こう。その代わり両方とも行くからね?」


「わかった。じゃあどこ集合にす​──」


「一日目は七時に星崖神社に集合しよ!そんで二日目は家まで迎え来てね!それじゃ!」


プツ…

僕の発言を遮り嵐のような速度で言いたいことだけを伝えて楓は電話を切った。

…まぁ予定は把握したし、後は二週間後を待つだけである。


「っしゃ…!」

胸騒ぎに応えるように小さくガッツポーズをして、読んでいる途中の小説を栞もせずにパタンと閉じる。

でもなんでなんだろう…別にただ友人と祭りに行くだけなのにここまで心が踊るのは…

カーテンが風に揺れ、夜空には満天の星が広がっていた。



「ふぁ…あ…」

特に普段と変わりなく朝を迎える。

カーテンを開け日光を浴び、軽く身体を動かしてから部屋を出る。

今日はこの街の全てを使った大規模な神楽花火の大祭り…の前日である。


「おはよ」

リビングでは姉がいそいそと準備をしていた。父と母は祭りの開催担当であり朝から夜まで出ずっぱり、姉は友達と行くと言っていた。


「おはよーさん、私今日から泊まりだから父さんと母さんの事頼んだよ」


「わかってる、姉ちゃんも楽しんでこいよ」


「朝飯はそこにあるから食べといて、じゃあ行ってきます」

荷物を持って家を出る姉を見送ってから朝食を取り、部屋から小説を持ち出しコーヒーを飲みながらゆったりとした時間を過ごす。

カチ…カチ…カチ…

時計の秒針と呼吸音、ページをめくる音がリビングに染み込んでいく。


「…良かったなこれ」

小説を読み終わったのは、コーヒーの香りが曖昧になった頃だった。



「くぁ…んん…」

欠伸を噛み殺しながら背筋を伸ばし、宿題に向かう。まだ夏休みは二週間ほどあるが終わらせておいて損は無い。

ふと携帯に目をやると、一件のメッセージが届いていた。


「楓から…?いつもなら電話してくるよな…」

不思議に思いながらメッセージを開くとそこには…

"ごめん!今から家来れたりする?"

とだけ残されていた。


「今からかぁ…」

恐らくというか確実に宿題の手伝いだろう。

別にそれ自体は嫌ではないのだが、今日でなければならない理由もない。


「よし…」

僕は楓の家に行くことにした。

靴を履き玄関の鍵を閉めて歩き出す。

曇り空のおかげでそこまで暑くないので出かけるにはいい日だ。

こんな天気だが明日からは当分晴れらしい…全く考えただけで気が滅入る。



「久々に来たな…」

チャイムを押し返事を待っていると、二階の窓から顔だけを覗かせ楓がこちらに手を振っていた。

"開いてるから上がって"と言わんばかりに手招きをしている。

ドアに手をかけると確かに鍵は閉まっていなかった。

部屋に入るとそこにはパーカーを羽織っただけの楓がいた。


「あのな楓…確かにここはお前の家だしお前の部屋だ。でも今は僕がいるだろ?だからせめてちゃんと上を着てくれ…」


「別に気にしないよ?私」


「こっちが気にするんだよ…」

目のやり場に困るというか眼福というか…こっちだって年頃の男だ。同じく年頃の女子がそんな格好していたら気にするに決まっている。


「そういえば春真も男の子だもんね」

そう言ってパーカーのジップを上げる楓を横目に床に座り込む。


「で、なんで僕を呼んだんだ?宿題の手伝いか?」


「ううん、今家に人いないでしょ?だからなんか寂しくってさ。話し相手になって欲しくて」


「だったら電話でもよかっただろ。まぁ来たからには話し相手にはなってやるよ」

その返答ににへっと笑う楓はいつもの活発で元気な女の子ではなく一人の女子に見えた気がした。


「ねぇ春真、明日の待ち合わせ場所ちゃんと覚えてるよね?」


「あぁ七時に星崖神社だろ?わかってるよ」


「なら普通二日目も…まぁ大丈夫か!」

楓がどれほど祭りを楽しみにしているのか、それがこのたった数回の会話だけでも手に取るようにわかる。

こっちも内心ドキドキしていると、楓がとある質問をしてきた。


「…ねぇねぇ春真はさ、この祭りの"噂"って知ってる?」


「噂?なんだそれ初耳だぞ?」


「…知らないならいいや!それよりさコレ見てよコレ!カナっちから送られてきた写真なんだけどさ​────」

噂についてハテナを浮かべながらも楓からの忙しないマシンガントークを受け、結局楓の家から帰ったのは夕日が見える時間になってからだった。



「ふぅ…さてと…」

ようやくこの日がやってきた…

時刻は午後六時、エアコンを消して部屋を出る。十五分もすれば着いてしまうが、楽しみな事があると行動が早くなるのが人間の性だ。


「いってきまーす」

鍵をしてつま先を地面に数回当て靴を整えて神社へと向かう。

既に祭りは始まっており祭囃子と夏祭り特有の匂いが漂ってきていた。


「なんか買おっかな…」

ギラギラとした屋台の電球に活気立つ人々、笑い声や下駄の音が夏の夜を染めている、この二日間の夢に酔いしれるように。

ふと目についたトウモロコシを購入して、約束の場所へと歩き出す。

あと五分もすれば着くだろう。



「…あと何分だ?」

現在時刻は六時二十分、鳥居にもたれかかって祭りの雰囲気をこれでもかと感じていた。

目の前を通っていく人たちをボーッと眺め、時折聞こえてくる会話に意識を預ける。


"このりんご飴とっても美味しいですね"

"ホントに甘いもん好きだよな〜"


あの二人は僕と同じ学年の…確か片方は楓の友達でもう片方は政治家の娘さんだったか…

仲良く一つのりんご飴を二人で食べる姿はまるで恋人のようである。

僕もあんな風に…


「はぁ…ラムネでも買うか」

喉の渇きを感じポッケにある小銭を探りながら屋台を見渡していると、人混みの中に楓の姿があった。


「あ!いた!春真〜!」

向こうもこっちを見つけたらしく元気よく駆け寄ってくる、まるで待ち合わせ場所にいた恋人に駆け寄るようなそんな姿だった。


「まだ七時まで三十分はあるぞ?ちょっと早いんじゃないか?」


「そういう春真こそ私より先に来てたみたいだけど〜?」


「うっ…それは…」


「まぁいいや!早く遊べるならそれが一番だよね!ほらほら屋台行こ!」


「あっ…!ちょっ…!引っ張るな!」

僕の手を取り楓は駆け出す。

楓は屋台を巡りながらも決して僕の手を離すことはしなかった、それがはぐれない為にやっていることだとわかっていても…どうか違って欲しいと願ってしまう。


「楽しいね!誘ってくれてありがと春真!」

祭囃子も人声も今だけは心拍音に塗りつぶされる、提灯の灯りよりも眩しい笑顔に思わず目を細めてしまう。彼女の仕草一つ一つに目を奪われては身を焦がす。


「 」


「ん?なんか言った?」


「………なんも言ってないよ」

そうだったのか…僕はやっと気がついた。

僕は…凪結春真は水瀬楓の事が好きなのだ。

いつからそうだったのかは定かでは無い、ただこの短夜に僕は彼女に恋をした。



「一日目も終わっちゃったね」


「あっという間だったな」

水ヨーヨーを弾きながら祭りの酔いから覚めていく。

已まない人の喝采がまるで嘘だったかのように夜の静けさが街を呑み込んでいる。


「明日はちゃんと迎えに来てね?待ってるよ」


「わかってるよ、明日も途中からか?」


「もちろん最初から行くに決まってるじゃん!」


「まぁなんとなくそんな気はしてたよ。わかった、じゃあ五時に迎えに行くから用意しておけよ?」


「うん…ってもう着いちゃったか。じゃあね春真!また明日!」


「あぁ……また明日」

夜風が熱くなった頬を撫でると、そこには途方もない静寂が漠然と広がっていた。



「………」

ただ家に帰るだけなのにこんなにも足が重いのは何故なのか、それを知るのは僕一人だけの筈なのに答えが出ない、まだ心も頭も整理ができていないのだ。

楓への確かな恋心も、それを否定したくない自分もなにもかも…今まで感じたことのない胸の疼きが思考を鈍らせる。


「明日から…どうすればいいんだよ…」

僕は確かに楓が好きだ…でもたとえそうだとしても楓が僕をどう思っているかはわからない。

もし僕に対してなんの感情も抱いていないのならこれから育んでいく友情に亀裂が入るかもしれない。


「好き…かぁ…」

楓の事は好きではあった、しかしそれは"友人としての好意"という意味でしかなかったはず。

……もしかしたら僕は楓に対して"恋愛的な感情の好意"をずっと持っていたのかもしれない。


「…風が気持ちいいな」

この感情に答えを出すのはまだ早い、そうやって無理やり結論をつけて家の鍵を取り出す。

静かな玄関に靴を残し、少し軋む廊下を歩く。

自室のベットに寝転がると少し複雑なため息が出た。


「……花火か」

どれほど明日が怖くとも夜は更ける、数時間前の祭りに思いを馳せながら静かに夢へと沈んでいった。



「まぁこんなもんだろ」

まだ昼間の暑さが残る中、楓を迎えに行く準備を整えて家を出る。


「…ふぅ」

今にも吐いてしまいたいほどに胸のざわめきが激しくなる。一歩また一歩と楓の家に近づく度に昨日の事が脳裏によぎる。


ピンポーン


チャイムを鳴らし呼吸を整え、楓が出てくるのを待つ…一分ほど待っていると扉がガチャりと開いた。


「おまたせ!ごめんね時間かかっちゃってさ」


「​──────な」

僕は言葉を失った。

そこにはいつものような活き活きとした感じではなく、お淑やかでどこか妖艶な雰囲気を纏った浴衣姿の楓がいた。


「似合ってるかな?」


「…似合ってるよ…すっごく」


「そっか!お母さんにどうせならって着付けてもらったんだ」


「へぇ…綺麗な浴衣だな」

朝顔の模様がなんとも綺麗で惹き込まれるように魅入ってしまう。

淡くそれでいて凛とした美しさはまるで花火のようである。


「でしょ?昨日は着れなかったからさ、今日は張り切ってるんだ!」


「高校生最後の祭りだしな。だからといってはしゃぎすぎて迷子になるなよ?」


「わかってますよ〜だ!」

そう言って楓は下駄を鳴らして僕の隣に自然とやってきた。

まるでこれから手でも繋いでデートにでも行くような素振りである。


「じゃあ行こっか!屋体たっくさん巡るぞー!って花火もあるんだった、場所取りどうしよ」


「それなんだけどさ、僕いいとこ知ってるからそこで見ないか?そこなら人も居ないから場所取りの必要もないしさ…」

歩きながら段取りを立てていく。

この祭りは二日目からが本番であり、花火の開始時間が迫るにつれて人が増えていき、花火の場所取りなど今からでは間に合わない。

しかし僕はとある穴場を知っている。


「そんなとこあるの?」


「あぁ、ここからずっと真っ直ぐ行くとタバコ屋があるだろ?そこ左に曲がって三分ぐらい歩くと小さい展望台があるとこに出るんだ、そこが穴場でさ」


「へぇ結構詳しいんだね」


「前回偶然見つけたんだよ、あそこなら静かだし花火はよく見えるし」

だが前回見つけた、というのは少しばかり違う。

もし楓と行く事になった時のために探していたのだ。


「…ねぇ春真?ホントにこの祭りの噂知らないの?」


「ん?あぁ知らないぞ?というかなんなんだよその噂ってやつ」


「あのね…この祭りの二日目に一緒に行った人と……ずっと仲良しでいられるって噂!」

なんか今妙な間があった気がしたが気のせいだろか…?


「ふっ、なんだよそれ。まぁ確かに一緒にこの祭りに行くぐらいの仲なら一生仲良くいられるかもな」


「…だよね!私も春真とずっと仲良しだといいなぁ」

チクっとした痛みが心を刺す。

…もし今日告白したとして、振られてしまったとしたら?僕はもちろんだか楓も僕と会うのが気まずくなってしまうのでは?


「そうだな…僕もそう思うよ」

自分に嘘をついてでもこの関係を保つべきなのか?でもそれは少なくとも楓にとってはいい事なのかもしれない…

そんな事を考えながら僕たちは屋台の明かりに呑まれていった。



「足痛い!」


「何回目だよそれ…あと少しだから、な?」


「無理〜!春真おんぶ〜!」

…めんどくさい事になった。

こうなった楓はテコでも動かない…


「ったく…慣れない下駄なんて履くからそうなるんだぞ?」


「だってぇ…浴衣には下駄の方が合うし…」


「花火まで時間もないし…しょうがない。ほら乗るなら早く乗れ」


「ありがとぉ〜春真ぁ〜」

浴衣という事もありおんぶしずらいが今はごちゃごちゃ言っても仕方がない。


「んっしょ…少し揺れるかもだけど文句言うなよ?」


「うん…ごめんねぇ春真ぁ」


「花火が見られないよりマシだ」

さっきの駄々っ子モードから打って変わってナヨナヨになってる楓を乗せ、月明かりだけの道を歩いて行く。


「……ねぇ春真、一つ聞いていい?」


「なんだよ」


「…春真はさ、好きな子とか…いるの?」


「んふっ…!ゲホっ…!今聞く事かそれ…?」

唐突な質問に唾を飲み込むタイミングを間違えてしまった…というかなぜ今そんな事を聞いてきたんだ…?


「​​─────なんでだろうね?自分でもわかんないや」

にへっと笑う楓の顔が肩に乗った。

いつもの笑顔ではない、寂しさのような悲しさのようなものが混じった顔だった。


「…そういう楓こそいるのかよ、好きな人」


「…いるよ、好きな人なら」


「​──────っ」

その一言で今にも崩れてしまいそうになる。

楓にバレないように下唇を噛み感情を抑制していると血の味がじわっと広がった。


「私の好きな人はね…」

やめてくれ、やめてくれ楓…

知りたくない、理解したくない、何かの間違いだと思いたい。

でもお前がそれを言ったらそんな事も出来なくなるんだ…


「優しくて、カッコよくて、強くて、お人好しで、こんな私の事をずーっと好きでいてくれて、」

……あぁそうか、それはいい。そんな素敵な人が居るなら僕から楓を頼みたいぐらいだ…

言えよ、ほら言えよ凪結春真。"よかったな"の一言ぐらい言ってやれよ…!


「……背中がすっごく暖かい人」

楓の力が強くなる。


「好きだよ、春真」

たった一言、たった数文字の言葉。そんな取るに足らない"好き"に思わず足を止めてしまう。


「…いつから」

うまく喋れない、思考がショートする、心臓の鼓動で耳が張り裂けそうになる。


「ん〜わかんないや」


「そっか…楓、俺も​─────」


「まだダメ、花火の時に言って」


「…うんわかった」

月光と僕たちだけが残る道を歩き出す。

花火までの残り時間はあと八分。



「すっごい…!絶対よく見えるよここ!」


「だろ?人もいないし木も邪魔にならないし。いい所なんだ」


「花火そろそろかな…」


「もう来るよ…」

言っている間に笛の音が心地よく夜空を切り裂く。次の瞬間、夜を覆い尽くす程の花火がその花弁を広げる。


「ふわぁ……!綺麗…!」


「今回のは前回の一発目より派手だな」


「凄いよ春真!あんなに綺麗なんだね!あっほらまた来るよ!」


「しっかし凄いな…何回見ても慣れない」

一発一発が大きくそれでいて繊細なこの花火は何発見ようとも決して飽きることがない。

色も音も形も…何もかもが噛み合ってこの夜空を染めている。


「ホントに綺麗だね!」

その声に顔を向けると目を輝かせて夜空を見上げ花火が上がる度に感嘆の声を漏らす楓がいた。


「……お前の方が綺麗だよ」


「ん?なに?なにか言った?」


「いや…なにも」

今この時は夜に咲く豪華絢爛の花たちよりも、ただ僕の隣で咲く一輪の花に見蕩れていたい。

あぁ好きだ、大好きだ。君の笑顔も仕草も声もどうしようもないほど愛してる。


「…ねぇねぇ春真、続き聞かせてよ」


「続き…?あ、あぁ…でもちょっと待ってくれ」


「いいよ、でも花火が終わるまでだよ?」


「ありがとう…」

どうやって楓に伝えようか…

"愛してる"…なんか違うなキザすぎる

"好きだよ"…これもなんか違う幼稚すぎる

想いを口にすることがこんなに難しいとは…


「…よし決めた」

花火にかき消されるような声で呟き覚悟を決める。夏の風を深く肺に入れ込み吐き出す。


「楓」


「なに」


「僕も楓の事が大好きだ。だからこれからもずっと僕の隣で花火を一緒に見てくれ」

楓には僕の隣に居てほしいし、僕が楓の隣に居たい。水瀬楓とまたこうやって花火を見たいと思っている。


「…ぷっ、あははは!」


「な…!笑うなよ…!」


「いやぁ…ごめんごめん!でもそれ告白じゃなくてプロポーズじゃん!」


「あ…確かに…」


「ふふっ…いいよ、私も春真とまたここで花火見たいし。でもプロポーズしたからには幸せにしてね?パパ」


「パパ?!」


「だってプロポーズだもん!」


「お前なぁ…」

花火で頬を染められながらいつもの調子の楓にいつもの調子で振り回される。

一日の終わりが…この短夜がいつまでも続けばいいのに…



「いやぁ花火すっごい綺麗だったね!」


「最後の一発は特にな。前回はあんなにデカくなかった気がするけど」


「それにしても楽しかったなぁ…誘ってくれてありがとね!」


「僕だって楓と行きたいと思ってたんだし別にいいよ」


「春真ってば急に大胆だね」

そりゃ大胆にもなる。好きだった人と恋人になって一緒に歩けてるという事実だけで舞い上がるほど気分が高揚しているのだ。


「だってもう告白…じゃなくてプロポーズしたしな」


「認めるんだ、プロポーズって」


「あぁ認めるよ…絶対幸せにする」


「………」


「んだよ…さっきみたいになんか言えよ…」

照れ隠しにふいっと目線をそっぽに向ける。

すると楓に肩を叩かれる。


「…?…っ!?」

顔を向けた矢先、僕の唇が楓の唇と重なる。

一瞬の出来事だったが花火の記憶など消し飛ぶ程の強烈なインパクトがあった。


「な…!なんで急に…!?」


「だって春真、後輩のくせに"幸せにする"なんて生意気言うんだもん。先輩としてイジワルしたくなっちゃった」


「同級生だろうが…今は!」


「ふ〜んだ!まだまだ私の方がお姉さんだもんね〜!」

そう言って電灯の光をスポットライトに笑う楓。時々忘れてしまうが僕の方が年下なんだよな…


「ファーストキスってレモンの味って言うけどラムネの味なんだね」


「それはお前が飲んでたからだろ…」

僕もファーストキスがラムネの味だとは思わなかったけど…

そんな事を話しながら歩いていると遂には楓の家に着いてしまう。


「あ〜あ着いちゃった…じゃあね春真!今日はすっごくすっごい楽しかったよ!」


「あぁ僕も楽しかったよ…ありがとうな楓」

楓がドアを閉めるのを確認してから僕も家まで歩き出す、めいいっぱいの幸せとちょっとばかりの寂しさを噛み締めて。



​───────​───────​───────

「おっす、おはようさん!夏休みはどうだったよ」

新学期早々聞こえるこの声の主は恵だった。

夏休み中も何度かあったが朝からこの勢いで接してくるのは慣れない。


「まぁ楽しかったよ。祭りも花火もよかった」


「確かに凄かったよな。それよりよ春真…」


「なんだよ…改まって」


「祭りの噂って知ってるか?」

…思い出した。楓が言っていたあの噂か!


「いや知らないな…お前知ってんのか?」

聞く機会を逃し続けた噂の真相がついに判明するのか…!?


「あぁ…その噂ってのはな…」

ごくり…


「"二日目の花火の最中に告白したカップルは末永く幸せになれる"ってやつだ!」


「…はぁ?」

正直拍子抜けである。もっとこうデカデカとした噂かと思ったがそんなものだったとは…


「まぁ噂なんてそんなもんだろ」


「まぁな…にしても告白かぁ」


「中々に大胆だよな…花火にかき消されるだろ普通」


「確かに…僕のプロポーズは聞こえたっぽいけど」


「…?春真、お前今なって言った?ぷろぽーず…?お前プロポーズしたのか!?誰に!?」


「教えるかばーか」

問いただしてくる恵を他所に学校に向かう。

二人だけの花火とラムネの思い出。

恋を知って、愛を伝えて…あの二日で起きた出来事はこの夏の短い夜だとしても尺が余る。

あれは僕の儚く短い、けれども確かな恋物語。

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