第18話

 部屋はまるで嵐の中心にいるかのように混沌とし、その中で私は嵐の目となっていた。静かで揺るぎない存在として、周囲の狂乱にも動じることなく、冷静さを保っていた。私の感覚は研ぎ澄まされ、すべての動きが直感的に導かれていた。一撃一撃が的確に繰り出され、銃弾はたやすくかわすことができ、敵の攻撃も自然と受け流していた。


 最後の警備兵を薙ぎ倒したとき、部屋には再び静寂が訪れた。私は血にまみれたまま、その場に立ち尽くし、荒い息を整えようとしていた。服は戦いの血で染まり、薙刀も鮮血で滑りやすくなっていた。戦いの余韻がまだ私の中に残っていたが、それでも私はその場に立ち、次に何が起こるかを待っていた。


 「お見事!」


 再び響いたその声に、私は振り向いた。声の主はゆっくりと拍手をしながら、軽蔑的な笑みを浮かべていた。その男の姿はみすぼらしく、汚れた軍服をまとっていた。その姿は一条や前橋少佐の清潔な軍服とはほど遠い姿で、見るだけで嫌悪感が湧き上がってきた。全身に鳥肌が立つのを感じながら、私はその男を冷静に見据えた。


 「君の殺傷能力は、さすが期待通りだ」


 男は冷たく言い放った。その声には、明らかな蔑みが感じられた。


 私は本能的に危険を感じ、瞬時に薙刀を構えた。迷わず彼の首を狙って斬りかかったが、その一撃は簡単に弾かれた。驚きに目を見開き、私は後退した。


 その男の前に現れたのは、一人の女性だった。彼女の目は血に飢え、怒りに歪んだ表情を浮かべ、皮膚の下には怒張した血管が浮き出ていた。それでも、その顔立ちの面影から、私にはかすかにいとおしさと懐かしさが呼び覚まされた。


 「ソーニャ?」


 私の声は震え、信じられない思いで彼女の名を呼んだ。


 かつてのソーニャは、優しく穏やかな性格を映し出す可愛らしい顔をしていた。しかし、今の彼女の顔には、激しい怒りが宿っていた。さらに、彼女の肌の色―本来なら私たち王族の血筋を示す褐色であるはずのそれは、不自然なピンク色に変わっていた。ソーニャは返事をすることなく、私と同じ速度と精度で動き、その目には理解しがたい憎しみが燃え上がっていた。


「ソーニャ、私よ」


 私は必死に叫びながら、怒りの下に隠れているかつての妹を取り戻そうとした。心の奥底で彼女を呼び続けた。


 その後ろにいる男は冷たく笑いながら言った。


「そいつはもうお前のの妹じゃない。そいつは私のものだ。完璧な武器だと思わないか?」


 その不気味な男の言葉に、心が締め付けられたが、私は絶望に屈するわけにはいかなかった。ソーニャの中に取り込み、彼女が直面している惨禍から救い出さなければならなかった。深呼吸をして心を落ち着け、歪んでしまったソーニャに立ち向かう準備を整えた。彼女の中には、まだ私が記憶している優しく愛情深い妹がいると信じていた。


 ソーニャの攻撃は止むことがなかった。彼女が私に突進してくると、私はその攻撃を受け流し、武器が激しくぶつかり合う音が響いた。戦いは激烈を極めた。幼いころには、王国で過ごしていた私とソーニャの間には相手にならないほどの実力差があって、私は彼女を簡単に圧倒していた。でも今、彼女は一撃一撃で応戦するどころか、むしろ私を押し込んでいた。全力を尽くしても彼女を倒せるかどうかわからなかったのに、形勢をさらに悪い方向に向かわせているたは、私がソーニャと全力で戦うのを受け入れられなかったことだった――彼女は私の唯一の愛する妹だったから。


「おいお姉ちゃん、もっとがんばらないと死んじゃうぞ。ハッ!」


 と、その気持ちの悪い男は嘲りながら言った。


 私は彼を鋭く睨みつけたが、それ以上のことは何もできなかった。ソーニャの攻撃は容赦なく、私はその猛攻に応じるので精一杯だった。私の一瞬のためらいを見逃さず、彼女の一撃が私の左肩を貫いた。利き腕でなかったのは幸運だったが、それでも傷は深く、私の動きを鈍らせるには十分だった。全力を尽くしても彼女に勝てるとは思えなかった。それどころか、今や力が衰えた私に勝ち筋なんてまったく見えなかった。


 心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。負けがほぼ確実であると理解しながらも、私の中にはソーニャを守りたいという強い思いが残っていた。その一方で、妹と戦わねばならないという耐え難い痛みが私の心を締めつけていた。


「ソーニャ、私よ!」


 私の声は、絶望と希望が交錯する中で必死に叫ばれた。彼女の怒りを打ち破り、私がまだ信じている優しいソーニャへ届かせたかった。しかし、彼女の目には何の認識も浮かばず、ただ冷たく、揺るぎない戦意が宿っているだけだった。


 ソーニャの攻撃は止むことなく続き、私は必死で体をひねり、彼女の槍をかろうじてかわした。けれど、次の瞬間、ソーニャは私の足への攻撃へ切り替え、私はそれを避けきれなかった。右足からは大量の血が流れ始め、視界が滲んでいく。


「ああっ!」


 痛みで声を上げながら、私は地面に崩れ落ちた。体が言うことを聞かず、動きの要となる右足が傷つき、最悪の現実に引きずり込まれた。絶望が私の胸を締めつけ、傷を負った今、この戦いを続けることはもはや不可能だと私は悟った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る