「異世界マダム」〜お転BBAでごめんあそばせ〜
六六-B
第1話 現代日本でごめんあそばせ
超高級ホテルのパーティー会場、
豪華絢爛なオードブルに、車よりも高いであろう酒、
身なりの良い人々の群れ。
上流階級が集う煌びやかなパーティーだが、
参加者の注目を集めるのはたった一人だった。
「いやはや、さすがは有栖川様。」
「一声で上流階級をこれだけ集められるお方も、日本、いや世界を探してもそういないでしょうな。」
「今期の私の会社の株の売れ行きは〜」
「有栖川様、今度ぜひ私どものパーティーにもいらして下さい。」
「Hi,Mrs.Arisugawa. I would like to talk to you about...」
「ごめんあそばせ。」
ズバッと一刀両断の一言で、人の群れが割れ道ができる。
出てきたのは美しい白髪に真っ赤なドレスを着た壮年の貴婦人。
彼女の名は有栖川 蘭子、
莫大な資産を持ち、その多くを慈善事業に注ぎ込むも、
なお日本の長者番付にその名を連ね続ける資産家だ。
ピンと伸びた背すじを曲げる事なく、悠々と歩を進める。
集団に向かって振り返り会釈して立ち去る姿を、
それまで取り囲んでいた上流階級の資産家たちは、
ただ、息を呑んで見送ることしかできなかった。
「あん、またお話できなかったわ。」
「あれで齢60を超えるご婦人とは、恐ろしい方だな。」
皆、彼女に会うためにこのパーティーに出席したにも関わらず、
取り付く島もなく一蹴されてしまった。
それでも恨み言を言う者は一人としておらず、
一様にその心中にあるのは有栖川蘭子その人への尊敬の念だけだった。
パーティー会場を後にし、カツカツと廊下を進んでいると、
黒服がサッと駆け寄る。
「蘭子様、お帰りですか。」
「ええ、出席された方々にも顔見せは充分にできたでしょう。」
「まぁ、蘭子様は本日の主賓ですので・・・充分とは、言えないでしょうが。」
ニコっと微笑みかけると黒服が縮み上がる。
この方の上流階級嫌いは何とかならないものか。
「お、お帰りの前にぜひお耳に入れたいことが何件か・・・。」
「では、このまま聞きましょう。」
「情報番組の出演依頼と、雑誌の取材が何件か入っていますが・・・。」
「お断りしていただいて。」
黒服が資料を提示しながら付いてくるも、ただ前を見て歩き続ける。
「は、はい。本日も出席なさっていた駐日アメリカ領事からパーティーのお誘いが」
「お断りして。」
「は、はあ。あとは、そうですね。蘭子様の運営されている孤児院の子どもたちから絵が届いています。」
淀みなく進んでいた蘭子の足がピタッと止まる。
「あら、そうなの。見せて頂戴。」
「こちらです。」
黒服がタブレットに絵を映し出す。
「ふふふ、良く描けてるわねぇ。」
先程までのモナリザ並みのアルカイックスマイルが、
柔らかい笑顔に変わった。
思わず黒服も一瞬見惚れてしまう。
何とも、恐ろしい方だ。
「この絵、家に飾りましょうか。そうねぇ、玄関ホールにどうかしら。」
ギョッとする黒服。
「え、ですが、玄関ホールにはもう一面絵を飾っておられますし、こちらの絵はとっても大きいんですよ?」
「ほら、あの大きな絵を飾ってるじゃない?ドガの。」
「は、はあ、ですが・・・。」
嫌な予感を感じ取った黒服。
「あれを取ってこの絵を飾って頂戴。」
予感は的中してしまった。
「かしこまりました。ですが、あの絵は時価数億円の名画で・・・」
「よろしくね。」
ピシャリと一蹴して、元のアルカイックスマイルで歩き始める。
「は、そのように・・・。」
黒服は深々と一礼し蘭子を見送る。
ホテルの玄関から出ると、
すでにロールスロイスの高級車と運転手が待機している。
運転手に軽く声をかけ、乗り込もうとしたその時、
蘭子の視界がぐにゃりと歪み、目の前が真っ暗になった。
目を開けると、そこは病室のようだった。
高級そうな内装の、明らかに浮世離れした病室に、
ありえない量の花や果物、菓子折りが所狭しと並べられている。
「蘭子様、お目覚めですか。」
黒服が心配そうに覗き込む。
「ええ、迷惑をかけちゃったみたいね。」
立ちあがろうとする蘭子を、黒服が制止する。
「先生を呼んでありますので、まずはこちらでお待ちください。」
そう言った黒服の顔は、心の底からの心配と悲しさに満ちていた。
「おお、お目覚めですか。安堵しましたぞ。」
そう言って病室に入ってきたのは、この病院の院長と名乗る壮年の医師だった。
それから伝えられたのは、倒れた原因は循環器系の疾患で、
高齢のため現代の最高の治療を以ってしても完治は難しいこと、
少しでも命を繋ぐためには、入院して治療を続けるしかないこと、
そして、この病院のできる最高の待遇でお世話する、とのことだった。
「まぁ、これが私の寿命ってことよね。」
説明を受けて、蘭子はすっきりとした表情で言い放った。
「しかし蘭子様、治療を続いていけば、何かしら新しい治療方法が・・・それまで、延命治療を続けてくださればきっと・・・。」
黒服が慌ててフォローする。
「ふふふ、心配しなくても生きることを諦めたりしないわ。」
にこやかに微笑んでみせる。
「そうね、それより・・・お願いしたいことがあるの。」
「何でも仰ってくだされ、大恩ある蘭子様のご要望です。私が必ずお応えして見せますぞ。」
「ありがとう。それじゃあ・・・。」
「やっぱり異世界モノってイイよね!夢があるなぁ〜!」
「あら、また新しい小説読んでるの?」
一般病棟の一室で、少女が看護師と談笑している。
「うん。悪役令嬢に転生してね、他の悪い貴族を成敗して回るの!」
「ふふ、それは痛快なお話ね。」
話を聞きながらシーツを取り替えていた看護師が、ハッと思い出す。
「そうそう、新しい患者さんが今日からこの病室に移動してくるそうよ。」
「そうなんだ!やっとかぁ!話し相手が欲しかったんだ!前の患者さんが、亡くなって・・・から・・・。」
隣のベッドを見て元気がなくなる少女。
それに気づいた看護師が慌てて話を続ける。
「なんか、新しく入る患者さんはすっごい人らしいよ、確かすごい資産家で、慈善家で、とにかくすごい人らしい。」
「そうなんだ!仲良くなれたらいいな!・・・私が、いなくなっちゃう前に。」
塞ぎ込む少女
「こら、そんな弱気だと良くなるもんも良くなんないよ!元気出しなさいよ!」
コンコンとドアをノックする音
「ごめんあそばせ。」
入院患者とは思えない、オーラのようなものを放つ壮年の女性が入ってきた。
「あ、この病室に入院される有栖川さんですね!こちらのベッドです!」
「どうもありがとう。」
にこやかに微笑むと、ベッドに勢いよく、しかし優雅に腰掛けた。
すると、後から黒服と院長が駆け寄ってきた。
「ほ、本当に一般の病室でよろしいのですか!?」
院長がおどおどしながら顔色を伺う。
「ええ、寿命いくばくもない私には、豪華な病室なんて不要ですわ。
どうかお気になさらず、一般の患者様と同様に扱って頂戴。」
黒服がやれやれといった様子で仲裁する。
「蘭子様はこういった方ですので、ご理解ください。」
「は、はあ、では・・・あ、きみ。」
院長が病室にいた看護師を呼び止める。
「こちらの有栖川様は、こう仰っているが、どうか粗相の無いよう、細心の注意を払って対応してくれたまえよ。注意点としては・・・一旦別室で説明しよう。付いてきたまえ。有栖川様、一旦失礼します。」
慌ただしく一礼して出ていく院長。
「は、はい!かしこまりました!」
看護師があたふたしながら付いていく。
「はあ、蘭子様、私も院長と手続きして参りますので、ここで失礼します。」
黒服も退室し、少女と蘭子の二人きりになる病室。
「急にお騒がせしてしまってごめんなさいねぇ。」
ようやく一息ついた蘭子が少女に話しかける。
「すごーい!今の院長先生だよね!?まさにVIP待遇!?みたいな感じだったんじゃないの!?てか、ごめんあそばせって!初めてリアルで聞いたよ!色々聞きたいことが多すぎるよ!有栖川さん!」
急に捲し立てる少女に一瞬呆気に取られたが、ニコッと微笑む蘭子。
「ええ、話しましょう。これから時間はいくらでもあるんだから。」
数ヶ月後、同じ病室で過ごした二人は大の仲良しになっていた。
そんな数ヶ月で蘭子は、少女のことをまるで旧知の仲のように、
よく知るにいたった。
少女はユウリといい、もう2年も入院している16歳で、
趣味は異世界モノの小説を読むことで、
不治の病に冒されていて、もういつ急変してもおかしくない状況であること、
それでも彼女は持ち前の性格で周りを明るくするために、
自分は病気で死んでも異世界に転生するから楽しみだと語るような
優しい子だということを。
蘭子はユウリに、世の中のこと、様々な武勇伝、そしてレディとしての心構えを、
ユウリは蘭子に、現代の女の子のイロハ、そして異世界モノについての知識を、
ユウリと蘭子はお互いに自分の知っていることを伝えあった。
お互いに自分の余命はもう長くはないということは自身が一番良く分かっていたが、
まるで今まで自分が身につけてきたモノ全てを相手に託すように、
残らず伝えあって過ごした。
寒い冬のある日、ユウリの容態が急変し、手術室に運び込まれるまで。
「とっても静かになっちゃったわね・・・。」
暗い夜の病室で、隣のベッドを眺めながら蘭子がつぶやく。
隣のベッドでは、ユウリが生命維持装置に繋がれ、電子音を響かせていた。
いつもならユウリが疲れてバタンキューするまで、
夜通し二人で話し明かしていたものだ。
「まるで、ふふふ、女学校時代に戻ったみたいで、楽しかったわぁ。」
こんな終わり方になるとは思っていなかった。
てっきり自分が先にいなくなってしまって、
ユウリが、人生の最後にできた親友が、見送ってくれるものだとばかり考えていた。
「見送る側になるなんて、心の準備ができてなくってよ。」
ポロリと涙が落ちたその時、病室の影が波打つようにザワザワとうごめき出した。
そのうち影が形を変えていき、足が生え、手が生え、
髑髏のような顔が生え、人間の形となった。
その間、蘭子は咄嗟にナースコールを押そうと試みたが、
体が金縛りのように強張り、身動きが取れずにいた。
黒い人影がユウリのベッドに少しづつ歩み寄る。
蘭子は身動きが取れずに、目だけは人影を捉え、動向を伺うことしかできなかった。
そして、黒い人影は懐から紙を取り出し読み上げ始めた。
「あー、ヤマイユウリお前は、えー死にました。ので、死神であるところのワタシが、あの世に連れていきます。はい。異論はありますか。」
死神と名乗る黒い人影が、あるはずのない返答を待っている。
決して信心深い方ではなかった蘭子も、
この人影が死神であることは本能的に確信していた。
この死神は今ユウリを連れて行こうとしている。
こんなに若く、優しい少女を、目の前で死なせる訳にはいかない。
このままここで動かなければ、女が廃る!!
力づくで金縛りを解こうと動く、少しづつ体が動いている気がする。
声を絞り出せ!力の限り!!
「ゥ、ヴェあ、ぐ、ご、ごべん、あぞば・・・ぜぇ!」
死神がビクッとして振り返る。
「うわっ、え、何ですかあなた・・・なんで動けるんですか。」
「ぐ、ごぉ、べんあぞば、ぜっ・・・。」
「ちょ、何なんですか、金縛り解きますからちょっと待ってください。」
フッと体が軽くなる。
どうやら本当に金縛りが解けたようだ。
「ンっ、こほん、ごめんあそばせ。あなた死神さん、でよろしいですか?」
「え、ま、はぁ、そうですが・・・。」
「先ほど読み上げていましたわよね。ヤマイユウリを迎えに来たと。」
「はい、そうですね・・・。」
死神も慣れない状況に戸惑っている。
この場を完全に把握しているのは蘭子だった。
「そのヤマイユウリ、私のことなんですの。」
「え、えぇ!?そうなんですか!?この紙には16歳と書いてあったのでてっきりこの子かと・・・。」
「何かの手違いなんでしょうが、ヤマイユウリは私でしてよ。」
悪びれもせず堂々としている蘭子に押されて死神は完全に疑うことを忘れていた。
「わぁ、それはどうもありがとうございますぅ・・・誤った人をね、ほら、死なせちゃうと色々面倒になるので、はいぃ。」
「結構でしてよ、私としても私の代わりにその子が連れていかれるなんて、まかりなりませんから。」
「いやぁ、すごい、親切な方だなぁ、ありがとうございますぅ。」
「では、行きますか。」
そう言って蘭子はすくっと立ち上がった。
「ええ、そうですねぇ。話が早くて助かりますぅ。」
死神はへこへこしながら部屋の影の方に振り返り、ゴソゴソとうごめくと、
影の中から扉が現れた。
「これがねぇ、あの世への扉なのでねぇ、通っていただくんですがぁその前に・・・。」
死神が突然うねりをあげ大きな影となり蘭子に覆いかぶさり顔を近づけてきた。
ギョロッとして血走っているものの全く生気を感じさせない目でジロジロと睨みながらドスの効いた声で問いただす。
「ホンットウニ、アナタ、ヤマイユウリナンダナ?」
「ええ、間違いありませんわ。」
蘭子は豹変した死神にも眉ひとつ動かさず、凛として答えた。
しばらくジロジロと様子を見ていた死神だが、納得した様子で
元の人影に形を戻すと、またへこへこし始めた。
「えぇ、えぇ、そうでしょうねぇ、自分が死ぬために嘘つく人なんてね、いませんから・・・。」
蘭子は悠々と扉に向かって歩く。
扉の前で立ち止まり、ユウリの方に振り返る。
「じゃあね、大好きよ。」
これからどうなるかは分からない。
でも、どうか、アナタは生きて、ユウリ。
「では、こちらにどうぞ。」
扉を開け、甲斐甲斐しくエスコートする死神。
これでこの世ともお別れね。
「ごめんあそばせ。」
そう言って蘭子は死神と扉をくぐっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます