第7話 苺と芒果

 美香の身の前に南国の夕陽を溶かしたようなガーネットが山積みにされたガラス皿が置かれる。

 その煌めきに美鳥の眼は驚きに見開かれて、羨望の眼差しをを注いでいく。


「美華姉! これって、もしかして」


 美鳥の爛々とした目で自分を見つめてくることに満足して、美香は、してやったりとほくそ笑む。


{そっ、マンゴーだよ。美味しそうでしょう」

「うん、うん」


 見事な出来栄えに、言葉を失い。美鳥は首肯を繰り返す。


「…………すごいとしか、言いようもないね。見ているだけで、涎が口から溢れそう」


 やっとのことで、言葉を絞りだすと口から溢れていかないように美鳥は手で唇を抑えていく。


「ネットでも話題になってて書き込みの数が多くてね。評判がすごいんだね」

「もう、早く教えて欲しかったよう」

「ははは! ごめんねぇー。


 残念がる美鳥に、


「でもね。美鳥の前のミルク苺の評判良かったよ。マンゴーに負けないぐらいレビューがあったんだ。期待していいよ」 

「えっ、そうなの。教えてくれて、ありがとう美華姉。なんかワクワクしてきたよ」

「だろって、まず、一口食べてみな。まずは、それからだよ」

「うん」


 美鳥は、かき氷の満たされたガラス皿の横に添えられていた木製のティースプーンを取ると、降り注ぐ雪の下に埋もれるポインセチアの赤が見える氷の頂へスプーンを差していく。そして一口取るとポインセチアに負けぬ劣らないく赤色をした唇の中へ差し入れていく。


「!」


 美鳥の瞼がこれでもかと開かれた。そのまま、しばし美鳥は固まってしまう。そして唇に差し込まれたスプーンがするりと抜けてテーブルの上に音を立てて落ちてしまうと、微かに開いた唇から、


「ホゥっ」


 と吐息が漏れた。

 そして見開かれた瞼が静かに閉じられる。おとがいが微かに上がり瞳が中空を覗いていく。

 そのうちに閉じられた瞼がゆっくりと開き、焦点がボヤけ蕩ろけた瞳が現れた。しばらくして、薄く開いた唇を美鳥が手で隠して、瞳が左右にながれだし、しまいにはフルフルと顔を左右に振ってしまう。


「美鳥、おい、美鳥どうかしたのか?」


 美鳥の振る舞いに慌てか一孝が慌てて、声をかけた。

 美鳥は頭を振るのをやめ、一孝に視線を合わせる。蕩けたままの瞳か一孝を捉えた。指先が下がり薄く開いた桜色の唇がが現れる。


「あっ…、あっ…、あぁっ」


 喘ぐように美鳥の口から言葉が絞り出される。


「大丈夫なのか? 何があったんだ?」


 一孝が美鳥のおかしい呟きに驚き、彼女の肩を揺らす。


「ハァん…」

「美鳥!」

「あっ、あっ〜、あまぁ〜い、、いんん」

「?」

「甘い、甘いの一孝さん。とっ〜てもぉ、美味しいの」


 嬌声と聞こえるな艶かしい言葉を美鳥は吐いていく。それを聞いて一孝は口をパクパクさせるだけで、声が出せなかった。


「………みっ、みっ、美鳥さん?」


 なんとか言葉を喉から押し出したのだけれど、


「一孝さん! 美味しいです。ものすこく甘くて美味しいですね」

「美鳥、お前なあ」


 的外れな物言いに呆れてしまう。


「どうかしましたか?」


 呆然として開いた口が塞がらない一孝を見て怪訝に思うのだが、


「でね、でね。聞いて一孝さん」


 と、美鳥の話す勢いが止まらない。


「かき氷をスプーンで掬ってですねお口の中に運ぶんですよ」


 にっこりと笑って、再び、かき氷を美鳥は含んでいく。


「口の中に冷たさが広がっでくるんです」

「んっ」

「そして、舌の上で甘さが広がって」

「ほう」

「そしてお口の中いっぱいに甘いのが膨らんでいくのですよ」

「ほうほう」

「甘さで頬が溶けちゃうって感じると」

「どうなるの?」

「冷たいのと甘いのが喉へ落ちていくのがわかるんです」

「なるほど」

「し! あ! わ! せぇ!」

「になるんだ。よかったね」


 と、一孝は呆気に取られて、相槌を打つぐらいしか出来なかった。 

 すると、呆然と成り行きを見ていた美華から、


「はっ、はっ、はっ。解説ありがとう。お見事な食レポだったよ。美鳥の、トロンと溶けた顔を見れば、どんだけ美味しいか、想像に難くないよ。その笑顔でネットの評判もうなづけるよな」


 と感心しきり。 


「そう、そんなに良かったの。えへへ」


 美鳥も褒められたと感じて喜んでいる。


「じゃあ、ご褒美だ」


 と、美華は自分の前にあるマンゴーピンスをスプーンで掬うとそれを美鳥に差し出す。


「えっ、良いの?」

「良いも何も美鳥が食べたいって言ったじゃないの。はい、舌べろを出して」


 美鳥は言われるがまま、雛鳥のように口を開けて、スプーンで差し出されたものを口に含んでいく。


「!」


 美鳥は目を瞑り唇でスプーンを挟み込んで、動かなくなった。

 何かを堪えるように拳をギュッと握りしめている。まるで身体の中で動こうとする何かを堪えるように見える。

 そして身体が震え始め、握った拳を打ち震わせてフルフルと上下に振り始めた。


「美味しい〜! デリシャス!


 そして閉じた唇がこじ開けて、言葉がまろび出る。


「なんなんですか? この美味しさは? スクラムシャス! 美味しいとしか言いようありません」


 言ってなお、体が打ち震えている。


「そうだろ! そうだろ! そうだろよ」


 美華はそんな美鳥を得意げに見てドヤ顔を晒す。

 美鳥は言葉を絞り出すように、


「スプーンで口に入れられた途端に冷たいのが口の中で膨らむんです」

「ん!」

「そうしたら舌の上で何かが解れて崩れるみたいになって」

「で?」

「甘さが滲み出るの。それが口の中で膨らんで」

「それで、それで?」

「ほっぺたが落ちそうになって」

「どうなるの?」

「極上の甘さで天国に行けるかもって」

「ふむふむ」

「もおぅ! さァ、いィ、こぉ、う〜」

「そこまで感じてくれたんだ。よかったな。マンゴーかき氷を教えてあげてよかったよ。

そんなとろりとした顔を見ると、どんだけ美味いかがわかるってもんだね。噂の信憑性も信じられるよ」


 と美華は得意げに話す。

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