第35話 クレーマーと10円

 暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやってきた。雪解けし始めてる大地ではあるが、それでもしぶとく白の存在感を放っている。


 そんな日ではあるが、俺は乗るバスを間違えて数キロ先の自宅へ徒歩で帰路に立っていた。


「……なんかスーパーからきな臭い奴が出てきたな?」


 スーパーから怪しげな黒ずくめが出ていくのを目撃した俺は訝しんだ。


 性別はひょっとこ仮面を顔につけているから分からなかった。右手にはピンク色の財布を握りしめていた。


「なんだあれ。怪しさフィーバーしてるやん。スーパーの店員はなにやってんだ」


 そう言ってスーパーの中を鏡越しで覗いてみると、知ってる顔の女の子が店員に迫っているのが見えた。


「五月さんじゃあないか! しかも制服姿! 初めて制服来ている所見た! 見事に着こなしている。なんという好機! 盗み見なければ……!」


 ちなみに奇しくも妹と同じ制服で、黒タイツを着ていた。


 怪しいやつよりこっちが最優先。ストーカーの如く見なければ。



◇こうして小坂一樹はスーパーの窓にしがみつきながら五十嵐五月を見始めた。



「では、お会計10010円ですね」


「さっきチャージした10000円と……あ、あれ? 10円がない? 確か財布に入れていたはずなのですが……? ていうか財布がありません!?」


「お客様、どうされましたか?」


「な、ないんです。10円が……」


「はぁ。何か必要のないものがあれば後で戻しておきますが」


「必要無いものなんてありません! 全部いるんです!」


 レジ前で頭を抱える五月さん。遠くにいるからか声が聞き取れないので何に対して慌てているのか分からない。それでもって、店員は心底面倒臭そうな顔をしている。


 どうする一樹。話しかけるか?


 話しかけるってどうやって。女の子に告白するような流れでスパッといけばいいだろう。


 いいやまてよ一樹。五月と付き合うことになったあの日。あれは夢の出来事だったかもしれない。


 夢じゃあないよな? あの日、俺と五月、カップル成立したんだよな?


 ていうか野菜動物園で初デートもしたよな?


 とりあえず、状況分かるまでもう少し様子見るか。


「このうまい◯棒は?」


「お腹が少しだけ減った時に必要なんです! 無かったら近くの雑草を漁ることになります!」


「はぁ。この漫画は?」


「これもダメです! だって私の好きなBL漫画の最終回なんです! あと『七瀬くんのイジワル(少女漫画)』も佳境に入ってるし。なんですか、私の生きがいを奪う気ですか!」


「……この毛糸は?」


「それは一樹くんの人形を作るために必要なものです!」


「何か一つでいいんだよ! 諦めろよ! 10円なんだから! さっきから聞いてみれば全部すぐには要らないものばっかじゃん! うまい◯棒もだよ! お金が足りないなら諦めてよ!」


 なんか店員が発狂し始めた。会話まではよく聞こえなかったけど、五月は10円が無くて困ってるのだろうか。


 そうなれば話は早い。


「やっ、また会ったね。ほら、10円あげるよ」


「い、一樹く~ん!」



◇一連の流れを見て五十嵐五月が年取った時、悪質なクレーマーにならないか心配だなと思った小坂一樹なのだった。



◇五十嵐五月好感度メーター95/100

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