第15話 トイレと映画館行きの電車と
映画館デートの前日、私は友人の相談に乗っていた。
「五月さん。実は最近、カップルクラッシャーと寝取り魔に親友がやられたんだ」
恋愛相談、という厄介なテーマだった。まず、恋愛相談を定義づけなければならない。私は恋愛の『れ』も経験していない。
そっからのレベルだ。そんな私に恋愛相談って、嫌がらせだろうか?
「幼馴染の彼氏に身に覚えのない浮気の疑惑をかけられて破局。挙げ句の果てに元彼女が寝取られている写真を家に送りつけてきたらしい」
なるほど、友人さんの友人さんが大変な事になってるのだろう。
ご生憎、さっきの通り。この件について知識が浅い。なんとアドバイスしたらいいだろう。
参考までに、寝取り魔はつい先日に会った。そしてカップルクラッシャーも覚えがある。彼が昔付き合っていたあの人のことだろう。
付き合っていた……彼の惜しいところでもある。
話は変わるが彼というのは一樹くんのことである。
おそらく彼の初めては他の女性に捧げていること。私にとって大幅なマイナスポイントである。どうせなら初めては私が良かった。
ただ幸いなのが、私はまだ初めてを経験していないこと。簡単に抱かせるつもりも無いが、初めてが彼でも一興だろう。
身体に刻みたい。私以外じゃ満足できなるぐらい刻み込みたい。
「五月さん? 五月さーん? ねえ地雷女話聞いてる?」
「誰が地雷女ですか!」
◇
そして映画館デート当日、私達は電車に乗って映画館へ向かっていた。
「私って地雷なんですかね……」
「そんなことないない! 強いて言えば最近メールの頻度おかしいくらいだから」
どうやら一日50通でも彼にとっては多いらしい。30通に減らすよう努力しよう。
「ビーフオアネコズナ」
「アムアムアム、ヌコズナウマァ!」
それにしても、一樹くんは案外几帳面だ。
一樹くんは常に髪の毛や服装、匂いにも気を遣っている。あの日感じた仄かなの匂いも今は嗅げば臭う程度しか感じない。
やはり私の理想と一樹くんは近い。つくづく王子様候補として相応しい。
よくやりました少し前の私。あの時、一樹くんを映画館へと誘ったのはファインプレーでしたよ。
今は映画館に向かう電車内。ここまできたらこちらのものです。最悪既成事実作ってでもあなたを私のものにします。
それに私がいないと、一樹くんはきっと色んな人に騙されてしまう。先日の純愛パチンカスの二の舞にならない様、私が護らなければ。
「てなわけで俺は広島カープを新古今和歌集に刻みたい」
「真面目な顔で何を仰ってるんですか? 次変なこと言ったらハンカチ口に詰めますよ?」
それはそうと、困っていることがある。たまに一樹くんは訳の分からない事を言う件。誰か解説してくれないだろうか。
いつか一樹くんのご自宅にお伺いした際に、一人っ子じゃなくて妹か弟かがいたらこっそり解読の仕方を伝授してもらおう。
◇
「それにしてもこの映画初めて知ったなぁ。五月のおかげで知れたよ。ありがとう」
「そうですか……」
最近は笑う事が増えた気がする。特に一樹くんと一緒にいる時は。そして自身を曝け出すことも増えた。
だから今度は一樹くんのことをもっと知りたい。知りたいのだが……
◇映画館行きの列車で誰もが予想しなかったであろう。ただならぬ事件が五十嵐五月の身に起きようとしていた。
「どうしたんだ五月? さっきから苦痛と我慢を横に切り裂いて焚き火したみたいな顔してるけど」
「大丈夫です……気にしないでください……」
◇尿意である。
くっ、こんなところでお漏らしなどしてしまえば末代までの大恥です。
けど一樹くんがいる手前、お手洗いに行くのは恥ずかしい。
落ち着け私。まずはお手洗いの数と配置を確認しなければ……
クッ、よりにもよって私たちの席と真反対にお手洗いがある。ついでにお手洗いが猫砂達によって占拠されている。
どうする、どうすればいい……
(五月がさっきから一言も喋っていない。ていうか赤面しながらモジモジしている? ……そういうことか!)
◇ここで変な方向に行動力がある男が動く。
「そういうことか! 理解ができてなくてごめん」
私の異変を察してくれたのか一樹くんがあやまってきた。好機、ここで私が『お手洗いに行きたいです』と自然な感じで切り出せば私は助かる……
「上の置き場にある荷物を下ろしたかったんだね。ほいっと!」
「~~~~~!?」
荷物をお腹の上に置かないでぇぇぇ!?
◇
「コーヒーにザクロジュースミックスしてみたんだ。カフェインには偏頭痛を和らげる効果あるし、面白い組み合わせだと思ってね!」
あれから一樹くんは何かと気にかけてくる様になった。肝心の解決方法が絶望的に終わっているが。
コーヒーには利尿作用がある上に、ザクロジュースと組み合わせた劇物。こんなの飲んでしまえば色々と終わりを迎える気がする。
「ちなみにアイスコーヒーだからすぐに飲めるよ!」
配慮は完璧、飲み物劇物、状況悪化。しかも善意100%だから断りづらい。
「飲んでみてくれ!」
無垢な笑顔で勧めてくる。断れない……
くっ、飲むしかない。これはコーヒーじゃない。グイッていけば……
う、美味ぁぁぁ!
上品なフルーツな香りとコク深い苦味、それでいてすっきりとした飲み心地。外尿道括約筋も緩んできたぁぁぁ……
もう、だめ。動けない……
「あ、あれ? どうしたんだ五月? なんか顔が青リンゴと青酸カリの如く青くない? 大丈夫?」
「私はここまでみたいです。あなたは、私がどんな私でも受け止めてくれますか……?」
「あ、ああ? もちろんだ!」
はてなマークを浮かべながらも、一樹くんは言ってくれた。もう悔いは……ある。お漏らししたくない! 誰か助けて……
ああ……私、この歳にもなって……
◇
「タイツ脱いだんだ。珍しいね」
「ええ……濡れてると気持ち悪くて嫌ですし……」
「ああ、なるほど……ん? 濡れてる?」
「言わないでください」
「えっ? ていうか、タイツ履いてない姿見るの初めてじゃ……」
「言わないでくださいっ!」
「あ、ああ。よくわからんけどガッテン承知の助!」
◇五十嵐五月の表情に鬼気迫るものが垣間見えていた。彼女からただならぬ圧を感じ取った小坂一樹は『何か悪いこと起きたんだな』と察した。
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