第13話 痴漢冤罪と浮気元彼女と

「あなた、なんで留置所に居るんですか?」

 

「話せば長くなるんだが」


 そう、それは野暮用で妹と電車に乗っていた時のこと。



         ◇



「いとこの子供めっちゃ可愛かったね☆めっかわ☆」


「ああ、思わず高速スリスリしそうになった」


「しそうじゃなくてしてたよね?」


「プニプニしてた」


「いとこの子だったから良かったけど、それ他人の子にしないでよ? 犯罪者の妹はいやだから☆」


「善処するよ」


「絶対だめだよ!?」



         ◇



「そういえばお兄ちゃん。前言ってた人とはもう付き合ってるの?」


「それがまだなんだよ。脈はアリ寄りのアリだし、今にも告白すればOKもらえそうなんだけどな。いかんせん機会が訪れなくて」


「フーン☆ちなみにどんな人なの?」


「雪の中で王子様候補とかいう概念を三時間待ち続けたり、いつも敬語で食べ歩きとBL系が好き。そしておそらく少女漫画脳で、たまに電動歯ブラシぐらい震えたりする。優しい人だよ」


「なんというか、大分クレイジーな人だね☆」


「お前が言うかそれ?」


「ちな難易度的にはどんぐらい?」


「1~10だとしたら9だな。参考までに前付き合ってた子は2ぐらいだった。初日告白即快諾だったしなぁ」


「いつも尻軽女と付き合ってたもんね☆」


「そりゃ一番難易度低いし」


 例えば目の前にいる金髪に染めた女性みたいな……


 アイツは……


「……六花。あの女に盗聴能力使えるか?」


「ん……? 出来るけどどうしたのお兄ちゃん。なんか顔の右半分が不動明王の如く憤怒してて、左半分は涙を流していて怖いんだけど」


 その時、アイツは『この人痴漢しました~!』と電車内で叫んだ。痴漢の疑いをかけられた可哀想なおっさんは酷く狼狽している。


 なんだ、これは。それから、俺の魂が引きずり出されそうなこの感覚。


 おかしいだろ。


 もうとっくの昔に関係が終わって、無関係で他人なはずなのに痛みを感じる。


 助けよう。そう思った時には既に俺は席から立ち上がり、痴漢で揉めている二人へ仲裁に入っていた。


「おい、このおっさんは痴漢なんかしてないぞ。だって俺が見てたし」


 おっさんの右手はスマホ。左手は握り棒を掴んでいた。さらにおっさんの視線はスマホに向けられおり、彼女に指摘されるまで眼中に無かったと思われる。


 これが俗に言う痴漢冤罪。初めて見たが、これは良くない。このままだとおっさんは覚えのない罪で警察に突き出されることになる所だった。


 電車の中には色んな人が沢山乗っていた。その中でも数人は確実に見ていたはず。何故助けない。それにも腹が立っている。


 それは後で一人一人問い詰めることにするとして、今はコイツだ。


 一線という一線を随分超えたところまで来ちゃったなこの女。無関係でもない上尚更、黙っていることはできない。


「キャー! この人もあたしに触ってきた! 痴漢よ痴漢!」


 性懲りも無く俺にまで痴漢の罪を被せようとしてきた。少しも性根が変わっていない。変わろうとしない。心底軽蔑する。


「って、アンタは……」


 やっと彼女もやっと俺に気づいたようだ。美しい顔の裏側に隠れていた性悪な笑顔を表に出してこう呟いた。


「あーね。あたしを一方的に振った一樹じゃあないの」


「ハッハッハ。お前が三股した上に俺が寝てる間に金盗んだからだろうが。責任転嫁するな」


 コイツは物語が始まる直近まで付き合っていた元彼女だ。そう、こいつこそが三股したクソ野郎である。名前を出す価値すら無い。


「普通にやってることヤバいし。なんだその顔は。なんか文句でもあるんか?」


「いつもはズレた事しか言わないくせに偉そうに」


「ズレてるのは自覚してる。それはそれとしてお前の悪行は許されない。おっさんが可哀想だろ」


「お兄ちゃん……け、ここで喧嘩はね? 穏やかじゃないから……」


 ハッとして振り返ると、妹は怯えた表情をしていた。そういえば妹は人の心を盗聴できるんだったな。おそらく他人の感情とかもダイレクトに読み取ってしまったのだろう。



         ◇



「何であんなことしたんだ」


「なにって? おじさんがあたしを触ってきたから警察に突き出してお小遣いを貰おうとしただけよ?」


「うわぁ……」


 冤罪吹っ掛けて賠償金踏んだくるつもりだっただろ。引くわぁ……


「なんであたしが加害者みたいになってるの? あたしは被害者なの。だってあたしは痴漢されるほど美しいから!」


 ああ、殴りたいその顔面。待てそれは良くない。アンガーマネジメントだ。落ち着け俺。


「んじゃ、美しいなら三股してもいいってのか? ふっざけんなおまえ、俺は真剣恋愛だったのに!」


「違うの。三股は嘘なの」


「なに?」


 三股は嘘なのかよ。ということは俺が勝手に勘違いしてただけ?


「本当は五股しかしてないわ」


 ああ、もうなんと反応したらいいかわかんねぇ。なんで増えてんだよ。おかしいだろ。今の感情を一言で表すなら『絶句』だよ。


 あまりにも意味不明過ぎて怖い。


(相変わらずめんどくさい男。こんな奴がなんでモテてるのか分からないわ)


(お兄ちゃんなりに頑張ってるからかな☆ねっ、5股のお姉さん☆)


(ちょ!? なにアンタ? 勝手に人の心の中に入ってこないで!?)


 その時、空気が割れる感触と共に眩い光があたり一体を包んだ。なにか時空が割れるような感覚が……


『ピピー! 未来パトロールだ! 小坂六花。お前を脳内違法接続及び精神侵入罪で逮捕する!』


「うわ!? 何この人☆!? 離して☆離してぇぇぇ☆!」


◇24世紀の司法


 その数秒後、光が消えたと同時に六花は姿を消していた。何が起きたか分からねぇと思うが、俺も何が起きたのか分からなかった。


 まあ、いっか。どうせ次の話の頃には戻ってきてるだろう。前も同じ事あったがすぐに帰ってきたし。


 それに今はあんな空気読めん全身ギャグのような妹は要らないのだ。胸糞現場を見るのは俺だけでいい。



「ああ。とりあえず、お前を警察に突き出す。やってることの重さを豚箱で知ってこい」


「乗務員さ~ん! あの人さっきぃ~あたしの手を掴んできたんでーす!」


 そう言って近づくと彼女が急に叫び出した。やられたと察した。


 確かに俺は仲裁のためにコイツの手を掴んだ。指紋とか確認されたら黒と判断されるだろう。


 しかしそれはコイツがおっさんの胸ぐらを掴み掛かろうとしてたから反射的に掴んだだけで。


 そういやおっさんは……


 その時、おっさんは逃げるように駅で降りている姿を俺は目撃した。やりやがったぁぁぁ!?


 まじか、命の恩人を見捨てて逃げた!


 ちくしょう、わざわざ追いかける時間が無い。電車に乗ってる人で誰か証言してくれる人は……


 わざとらしく新聞を広げる人。携帯を見ている人。外の風景を眺めている人。


 中指を立てて煽り散らかすブロッコリー。


「さあ、ちょっと交番まで来てもらおうか」


 誰も証言してくれる人は居なかった。まったく、世の中は不条理だなぁ。


「やあ僕ブロッコリー。ざまあ」



         ◇



「こうゆう過程で現在、留置所にいるわけなんですね」


「ああ、もう終わりだよこの社会」


「同じ同性として軽蔑します。冤罪事件を起こそうとした事。そして仕舞いにはあなたを貶めた人を。必ず助け出します。どんな手段を取ってでも」


 不条理にも俺だけ留置所にぶち込まれた。それでなんやかんやあり現在、五十嵐五月が面会にやってきて今に至る。


 彼女は相当ご立腹な様子だった。どんな手段って何をするつもりなんだろう。



         ◇



「小坂一樹を解放しろという大規模なデモが起きてるだと? 悪名高い五月親衛隊の仕業か!」


「所長大変です! 先程政治家の方々が『五月ちゃんの友達を解放しろ』という声が上がっているらしく……!」


「所長! 五月親衛隊の穏健派と過激派が留置所前で集まっています! 今にも抗争が起きそうな勢いです!」


「坊ちゃんを解放しろぉぉぉ」


「奴を監獄に入れてはならぬ。五月様が獄中結婚してしまえば我々は手が出せない」


「ピーマンを食べろぉぉぉ!」



         ◇



 俺の後日談。幸いにも証拠不十分だったので一日過ごしただけで解放された。しかし、アイツは結局お咎め無しだったようだ。


 憎まれっ子世に憚る。その言葉を嫌というほど実感した一日だった。

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