第13話 意外と簡単らしい(経験者談) 視点:ネゴみん
ランスタイガーの骨はデッキブラシの一撫でにより塵となって消えた。唖然とする私に芝崎さんは至って普通の様子で話しかけてくる。
「どうです?」
「何かよくわからない音が鳴ったと思ったら目の前の骨が消えたんですけど」
「え?」
「あ、いや……すごい、です」
:言わされた
:ごまかしたぞこいつ
:今ネゴみんもしかして失礼なこと言った?
:実際何が起こったんだ
い、いやいやいや! 何してんのこの人! てか何をやったの!?
「こ、これは一体何をされたんですか?」
「ああ、見ての通りデッキブラシで骨を砕きました」
:見ての通り?
:見れなかったんですが
:みんな見えてなかったんだ。自分のデバイスの不調かと思った
デッキブラシでトンと叩いたからって骨ってこうなるものなの?! 砕く専用のハンマーでやっても塵にはならないと思うんですけど!!
だが、芝崎さんからは何か特別なことをした雰囲気を感じない。本当に毎日の仕事風景なんだろう。噓でしょ。
「その、よければもう一回見たいんですが……」
「いいですよ~」
:よかった、もう一回やってくれる
:見逃したから助かる
:今度はしっかり見届ける
芝崎さんは先ほどと同様に洞窟の奥へ進み、倒れているモンスターの死体の近くに寄る。そのモンスターはさっき塵になったやつよりも一回り大きかった。
「じゃあやりますねー」
:この大きさじゃ流石にできないでしょ
:こーれ、無理です
:できたとしてもさっきより時間かかるはず
芝崎さんはデッキブラシをスッと降ろす。
スオオオン!
またよくわからない音が鳴って、目の前の骨が塵となった。
「……はは。あははは!」
「そ、そんなに面白いですかね」
:消えた
:は?
:www
:ネゴみん壊れちゃった
:待て待て待て
:モンスターの死体なんて消してやるのさ
:すごいんだけど理解が追い付かない
うん、一旦理解は諦めよう。
というか今のやり取りでみんなも芝崎さんが本物だと認めたようで、同接が見たこともない数値に到達している。そして、今もなお上昇し続けている。
あはは。もう色々笑うしかない。
「芝崎さん、一ついいですか?」
「なんでしょう」
「その今持ってるブラシ、昨日も思ったんですけど、もしかして何か魔法とかエンチャントされてる魔法具だったりします?」
:それ思った
:もしくは素材に伝説の木材使ってるとか
:絶対深層法具でしょ
「いえ、市販のですね。近所のスーパーで買いました」
「あ~なるほど近所のスーパー……」
:え?
:納得するなネゴみん
:ええ……
:何言ってんだこの人
:嘘つくな
:俺は近所のホームセンターで買った!
「……いや、ちょっと待ってください! 昨日あの大きいモンスターの攻撃をそれでいなしてたじゃないですか! ただの木材じゃ無理ですよ! あれはどうやって説明するんですか!!」
:そうだそうだ!
:それを説明してくれないと寝れないよ
:もっと言ってやれネゴみん
:俺たちはネゴみんの味方だぞ!
武器に限らずあらゆる物質は通常、魔力を流すと性能や強度が強化される。だが、材質ごとに魔力強化の限界点が存在することで知られている。
例えば、1の強さのものに魔力を流して2になったとする。限界点が2ならそれ以上の魔力を流しても3や4になることはない。
確か木材は適性が低いはず。どんなに頑張っても鉄の硬度を超えられないって何かで見た。普通に鋼の剣とか使った方が何倍もいい。
なのに、目の前のその木の棒は明らかに常識を超えた性能と強度を見せている。昨日の戦闘しかり、今の骨粉砕しかり。何らかの魔法がエンチャントされてないとおかしい。
「ああ、それはですね……木材みたいな魔力との融和性が低い材質は、無理やり大量の魔力を流すと一瞬だけその限界を引き上げることができるんですよ」
「……はあ」
「なので自分はその瞬間に合わせて攻撃とかしてます」
「……はあ?」
:???
:なにそのバグ攻撃みたいな話
:うわー魔力抵抗の話だ。大学の講義で出たわ
:ありえない、その限界引き上げは人に知覚できないほど一瞬しか起きないんだぞ
:確か発生1F以下とかだったような
説明されたはずなのに意味が分からない。限界を引き上げる? 一瞬だけ? どういうことなの……。
唖然とする私に、芝崎さんは持っていたデッキブラシを渡してくる。
「慣れれば結構できますよ。ちょうど死体はもう一個ありますし、やってみます?」
「え、え?」
渡されたデッキブラシは確かに普通の物だ。触わった感じもそうだし、中に特別魔力が流れている感じもしない。
とりあえず、言われたとおりにやってみる。まずは魔力を大量に流す、だっけ。
「……ふぬ!」
:お
:どう?できそう?
:力むネゴみんかわいい
うん、全然魔力が通らない。普段使ってる短剣って相当いいものだったんだ。
それでもめげずにぐっと力を入れて込めてみる。多少魔力が通っている感覚はあるが、限界が引きあがった瞬間なんてわかるわけがない。
うーんどうだ……? お、結構通ったかも。今だ!
「やああああああ!」
:おお!
:来た!
:ネゴみん覚醒!
私は思いっきり目の前の骨に向かってデッキブラシを振り下ろす。すると、デッキブラシの固い部分が骨にかつんと当たる。もちろん、塵になんてならない。
「……」
:うん
:ですよねー
:知ってた
:ネゴみんは頑張った
わかりきった結果にコメント欄も私に同情してくれる。泣いていい?
「あ、あの! 出来る気がしないんですけど!」
「ああーちょっと難しいですよね」
:ちょっと?
:ちょっとなのか?
:できる方がおかしいんだって
:これはネゴみん悪くない
:実際難しいの?
:理論上可能をガチでやれるならできるよ
:大量の魔力を流す←まあできる
その瞬間を狙って敵の攻撃を弾く←死ぬほど難易度が高いができなくはなさそう
それを戦闘中ずっとする←アホ、できるわけがない
:ゴルフで言うとホールインワンを全ホールでやれば勝てるよみたいなこと言ってる
私の必死の抗議を受けても芝崎さんはゆるふわな雰囲気のままだ。
なんかわかる、この人は本当にちょっと難しい程度の技術だと認識してるんだ。どんな環境にいたらこうなるの?
私はあまり納得できないままデッキブラシを芝崎さんに返す。
「貸していただきありがとうございます……というかこれってかなり無茶な使い方じゃ」
「そうですね、すぐ壊れます。だからこれ使ってるんですよね」
「あはは~ですよね……」
「なので愛用の武器とかでは真似をされないよう注意してくださいね」
「はい」
:はいじゃないが
:よい子は真似しないでね
:真似したくても出来ねえんだって
:できるかボケ
:神業の域
意味のない注意喚起にもはやツッコむ気も失せるが、配信の取れ高的には十分すぎるくらいだ。この調子で芝崎さんの仕事に密着していればきっともっといい映像が撮れるはず!
「仕事内容は大体わかりました! もうサクサク行きましょう、サクサク!」
「わかりました」
:ネゴみん諦めたな
:なんか投げやりになってない?
:おじさんすごすぎ…
私が歩き出そうとすると、芝崎さんはその場でしゃがみ込む。いや、よく見ると屈伸運動をしている。なんだろう急に、準備運動みたいなことして。
「あの、何を?」
「え? サクサク行くんですよね?」
:え、何
:怖いよ
:なんでだろう、恐怖を感じます
芝崎さんは準備を終えると走り出す構えをした。
「しっかりついてきてくださいね」
そう言うと、芝崎さんは走り出し瞬く間に遠くへ行ってしまう。
え?
:あれ?
:いなくなった?
:おいあのおじさん走ってったぞ!
:ネゴみん追わなきゃ追わなきゃ!
「は、え? あ……《マジックステップ》!《レッドブースト》!」
置いていかれたのだと気づいた瞬間、私は急いで障害無効と速度強化のエンチャントをかけ、走り出す。判断が速かったため、幸いにも洞窟の奥の方で小さくなっていく芝崎さんの背中を目で捉えられた。
私はもう無我夢中で追いかける。先を行く芝崎さんは途中立ち止まっては転がる死体を粉に変え、再び走り出す。その行動のおかげで私は何とか追えているが……。
は、速すぎる! 正直言うと私は速さだけは自信があった。私のマックススピードはA級にも通用する、そう思っていたのに……!
「あの! ちょっと待ってください……!」
遠くの方で骨を粉砕している芝崎さんに、私は精いっぱいの大声で呼びかける。ギリギリ声が届いたようで、芝崎さんはその場で立ち止まってくれた。
「どうかしました? ネゴみんさん」
「速すぎ……です……」
「あれ、そうでしたか。すみません、いつもより張り切っちゃって……」
:張り切ったらこれになるの?
:速すぎ
:あれだけスピード出してなんでこの人は息が切れてないんだ
:この人に追いつけるネゴみんってもしかしてすごいのでは?
私は今のうちに必死で息を整える。もしまた芝崎さんが走り出したら、今度は本当に置いていかれてしまう。
少し落ち着いてくると、周りを見渡す余裕ができる。結構走ったけど、今どのへんだろう。流石に12階層くらいまで来てるかな……。
「あれ、ここって……もしかして17階層?!」
「そうですね」
:うわほんとだ
:え、噓でしょ
:この短時間で!?
気づかなかった……もう17階層まで来てしまっている。
17階層なんて私一人なら3時間はかかるはずなのに、走り出してから10分弱ほどしか経っていない。こんなこと初めてだ。
一心不乱に走っていたから何が起こったのかあまり分かっていないけど、前を走る芝崎さんが襲い掛かってくるモンスターをポンポンと倒しながら進んでいたおかげなのだろうとは分かる。
いや待って、もっとこう、ダンジョンって自分の体力とか、食糧事情とか、入手した素材をバッグの中身との相談しながら取捨選択とかしながら慎重に進むものじゃないかな普通って!
やっぱりこの人、規格外すぎる……。
『ちょっと芝崎さん! もっとネゴみんのこと考えて!』
芝崎さんが言ってた舞華ちゃんというオペレーターの声が芝崎さんのインカムから漏れ出て聞こえる。
よかった、流石に周囲に芝崎さんの非常識さを指摘する人はいるよね……。正直ありがたい、こんな全速力で走ったの初めてだから一回休憩を取りたい。
芝崎さんは困った顔でインカムの向こうに返答する。
「そう言われても、どうすればいいのかな?」
『ずっと走るだけじゃつまんないじゃん! 配信的にもっとバリエーション増やすみたいな』
「なるほど、バリエーションね。じゃあ中層下部の方がいいか」
「……え?」
なんだか雲行きが怪しい。
中層下部って言った? もしかして、今から21階層に行くの?? 新宿ダンジョンの21階層から30階層にあたる中層下部は私でも行けるけど、決して簡単な場所じゃない。相応の準備をしないと経験者でもコロッと死んでしまう場所だ。
私もまだ昨日行った27階層までしか進めていない。そして今、私は最低限の装備しかしていないし、芝崎さんもロクな準備をしていると思えない。というかこの人、作業着にデッキブラシしか持って来てないのでは?
まさか、この格好で本当に21階層に行くわけないよね! まさかね……
「ん~、じゃあ30階層まで行きますか」
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