第7話 おじさんといつも通りの朝

「芝崎さん芝崎さん! これ見てこれ見てこれ見て!」


 気持ちの良い朝日が差し込むリビング、テーブルに出来立てのベーコンエッグを運んでいると、舞華ちゃんが寝室からどたどたと音を立てて走ってくる。朝から元気だなこの子は。


「舞華ちゃん、おはよう。朝ごはんもう出来てるよ」

「おはよう。わ、今日もおいしそー。じゃなくてこれ見て!」


 舞華ちゃんは朝ごはんの誘惑に負けず、手元のスマホの画面を俺に見せてくる。そこに映っていたのはモンスターと探索者の戦闘シーンだ。


 でもこれ、どっかで見たような……。


「あれ、これもしかして昨日のブラッドオーガ?」

「そうそう、そうだよ! これが今死ぬほどバズってるの!」

「ばず……何?」

「芝崎さん知らないの?! とんでもないことが起こってるって意味!」

「とんでもないことって?」

「え? それは……えーと、どう説明すればいいのかな。……とにかくこの動画がめっちゃ拡散されてるの!」


 動画が拡散? と言われてもいまいちピンとこない。舞華ちゃんが類を見ないくらい興奮しているから何かすごいことが起こったことは理解できるけど。


「でもなんで映像が?」

「芝崎さん昨日ネゴみん助けたでしょ!」

「あっそうか、ネゴみんって舞華ちゃんが言ってた人か」


 昨日から妙に引っかかっていたことにやっと答えが出てスッキリした。そうだった、舞華ちゃんが言ってたんだった。


「ネゴみんがブラッドオーガに襲われたの、あれ配信中だったみたい。それで、芝崎さんが助けたところがバッチリカメラに収められてたの!」

「カメラ……? カメラなんて見当たらなかったけど」

「今はちっちゃい手で持つやつとか頭に着けるタイプのとか色々あるの!」

「あー確かに頭とかに何か付けてたね。よく知ってるね舞華ちゃん」

「こんなの常識! 芝崎さんが知らなすぎるだけ!」


 そうかな……舞華ちゃんが詳しいだけだとおもうなあ。


「芝崎さん、戦闘中に結構規格外な行動するから……うちらは慣れてるけど、それがSNSでウケたみたい」

「規格外って言われても、別に俺って特段変じゃないでしょ。どちらかというと普通よりだと思う」

「ブラシ一本で戦うのはどう考えても変!」

「いや、それは……でも便利だし……」


 俺が使う武器は良く壊れる。だからいちいち代えを用意するのが面倒なのだ。その点、安価な掃除道具ならいつでもいくらでも壊していいという心理的な安心感がある。それに、モンスターの死体を処理し終わった後に流れるように掃除も出来るのがなお良い。


「あーもうなんで私あの時トイレ行ったかなあ?! せっかくサイン貰えるチャンスだったのにー!」

「ていうか舞華ちゃん高校の入学式は? 着替えなくていいの?」

「それは来週!」

「そうだった。なら今日もナビゲートお願いできるかな。真田さん今日まで有給だから」

「それは、いいけど」

「じゃあ俺はそろそろ事務所行くね。舞華ちゃんはそれ食べてからでいいから」

「芝崎さんの分の朝ごはんは?」

「もう食べてるよ」

「なぁんだ、いつも早すぎだって。いただきまーす」


 興奮していた舞華ちゃんをいなし、なんとか朝ごはんを食べさせることに成功した。


 よし、今のうちに早く家を出ないと。


 俺はそそくさと仕事の準備を終わらせ、リビングを出ていこうとする。すると、コーンスープを飲んでいた舞華ちゃんが手を止め、俺に話しかける。


「ねー、今日も新宿ダンジョンだよね」

「そりゃあ、今日も明日も明後日もそうだね」

「……今日行ったら気を付けてね。今新宿ダンジョンに人いっぱい集まってると思うし。芝崎さん今すっごい有名人みたいになってるから、絶対大量の知らない人に話しかけられると思う」

「あはは、何言ってんの。新宿ダンジョンに人が来るわけないじゃん。それに話しかけられるって、テレビに出た訳じゃあるまいし、そんなことあるわけないって」

「ホントだって!」

「わかったわかった、気に留めとくよ」


 舞華ちゃんのことを全く信じないわけではないが、話半分程度に聞いておこう。俺はそう考えて玄関のドアを開ける。


 舞華ちゃんの流行り、今度はいつまで続くかな。


 ……有名人かぁ。そこまで言われると嘘でもそわそわしてしまうな。テレビ局に取材とかされたらどうしよう。やっぱり仕事の姿勢とか語るべきなのかな



――――――――――――



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