第8話 踊る各陣営たち(前半)

―――S級探索者サンダイ率いる攻略クラン『サンダイレン』・作戦部屋


「サンダイさんサンダイさん!」


 何かに追われているように焦っているその少女は、ノックもせずに作戦部屋の扉をドカンと開ける。その音を聞いて、柔らかい椅子に腰かけた金髪金目の女性が顔を上げる。


「サンダイさん!」

「……どうしたんだいアンジュ、そんな急いで」

「サンダイさん緊急です! これ見てください!」

「アンジュ、待ちなさい」


 アンジュがサンダイの元へ駆けよろうとすると、サンダイの隣に立つ見目麗しい長髪の淑女がそれを制止する。彼女とサンダイの前にあるテーブルには大量の資料が丁寧に並べられていた。


「ちょ、なんすかリリカさん!」

「なんですかはこっちのセリフ……アンジュ、今は渋谷ダンジョンの次期攻略班についての会議中です。お遊びなら後でサンダイがめいっぱい対応しますから黙って退出しろ」

「めっちゃ重要なんすリリカさん! これ絶対渋谷攻略に役立ちますって!」


 リリカの制止を気にも留めずアンジュはバンバンと机を叩く。叩くたびに綺麗に並べられていた書類たちが振動で机から落ちていく。

 耐えかねたのか、リリカは眉間をピクピクと震わせ腰に携えていた鞘から刀をスッと抜く。


「はぁ……うるせえぞ、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあそんな戯言を。くだらない口と腕は今すぐ切り落とした方が今後のためですかね?」

「ひぃ! そんな刃物持ってたらシャレになってないっす!」

「シャレで言ったつもりはないので」

「まあいいじゃないかリリカ。それでアンジュ、何か発見でもしたのか?」

「は、はい! これ見てほしいんす!」


 アンジュはすがるようにサンダイの元へ駆けより、手に持っていたタブレットを渡す。

 そこには、一人の探索者とモンスターとの闘いが映っていた。


「これは……ああ、例の清掃業者の人命救助だろう? まだちゃんとは見てないが、話には聞いている」

「マジですごいんすから! 箒?みたいなの持ってガキンってやって! すげー長距離なのにボオンって! 絶対速攻で即戦力になりますよこの人! うちのクランに勧誘しましょうよ!!」

「阿呆のアンジュはまたそんな無駄なものを……」

「まあまあ、これから商売敵になるかもしれない相手だ。戦闘シーンなんて貴重な情報、一回くらいは確認しないとな」

「サンダイ……! はぁ……」


 そう言ってサンダイはタブレットに目を落とす。会議を中断されてか、リリカはこれ見よがしにため息を吐き刀を鞘に戻すと、鋭い目つきでアンジュを睨む。


「ひぃぃ! ……なんすか」

「あのねアンジュ、サンダイレンは既に十分に戦力がそろっているの。癪だけど、あなたも含めてね。動画は私も見たしこの人が強いのは分かるけど、今の私たちに必要なのは他のクランを出し抜いて渋谷ダンジョンを攻略するための情報と戦略なの。わかる?」

「で、でもぉ……」

「でもじゃない」

「……っす」


 リリカのいつにもまして真剣な眼差しで、アンジュは黙ってしまう。リリカは説教を終えると落ちた紙を拾い上げ、元あったようにテーブルに並べ直した。


「はぁ、まったく。さ、再開しましょう。せっかく来たんだしアンジュにも手伝ってもらうわ」

「ええ~! 私今そんな暇じゃないっすよ~!」

「文句言わない。暇じゃなきゃこんなとこ来ないでしょうが。ねえサンダイ?」


 そうサンダイに向けて言ったリリカの言葉は、しかし虚しく作戦部屋をこだまする。


「……」

「サンダイ聞いてる? タブレット置いて早く会議の続きを……」

「リリカ」


 サンダイはただ名前を一言呟いた。その声に、リリカはピクリと眉を動かす。

 リリカはその時になってようやく、サンダイが先ほどから食い入るようにタブレットを見ていることに気づく。


「……なんですか」

「今渋谷ダンジョン攻略中のパーティはオリオーン班だったよな」

「サンダイ、あなたまさか……」


 リリカの言葉を待たず、サンダイはドカンと立ち上がる。衝撃で、紙は再び床に落ちる。


「リリカ、アンジュ、手すきのメンバー全員に声をかけろ。今から新宿ダンジョンに乗り込むぞ。サンダイレンの総力を持ってこの人を探し出せ!」

「了解っす! ……です!」

「はぁ……最悪だ」




―――株式会社フェザーカンパニー・社長室


「シルリカ、マイン、アンダンテ、それとアナーキー。全員揃っているね」


 社長室の奥、上等な回転椅子に座る女、株式会社フェザーカンパニー社長の羽和うわはそう言うとくるりと社長席の前に並ぶA級パーティ『ステンドホーク』の4人の方へ向く。


 4人の内の一人、凛とした振る舞いの青年であるアナーキーは羽和の言葉を聞くと一歩前に出る。


「はい、渋谷ダンジョンよりただいま到着いたしました」

「よろしい。ステンドホークの諸君、よく来てくれた」

「何すかボス、本社なんかに俺たち呼んで」

「アンダンテ、社長の前だぞ。口調をもっと考えろ」


 アナーキーが羽和に対して乱暴な口を利くアンダンテにそう注意をするが、羽和は手でアナーキーを制する。


「大丈夫だアナーキー、今日はそんなかしこまった場ではないからな」

「ですが社長……!」

「良い良い、それに普段からステンドホークの評判は聞いている。渋谷ダンジョンではそれはもう獅子奮迅の大活躍のようじゃないか」

「ボスもそう言ってんだし、いいだろリーダー」

「だがな……!」


 それでもなお憤慨するアナーキーを窘めるように、彼の横に立っている目が眩むほど真っ赤な髪をした少女とフードを深くかぶる低身長の少女が口をはさむ。


「いいじゃんアナーキーちゃん、このバカは言っても治んないんだしさー」

「シルリカの言う通り、です。マインもそう思い、ます。アンダンテの脳には知能の項目が無い、ので」

「ああ? なんだてめえら、今すぐ焼き殺そすぞクソが」

「お前ら分かったから静かにしろ! ああもう、このじゃじゃ馬ども……」

「はっは! 苦労してるようだね君も」


 羽和は立ち上がると彼らの前をゆっくりと歩く。一人一人の顔を見て、何かを見定めるように。


「天性のデバッファー少女、マイン。一撃必殺の弓術士、シルリカ。魔法と武闘の両方の才を与えられた男、アンダンテ。そして、それらを束ねるステンドホークの優秀なリーダー、卓越した剣技を持ち『一閃』の二つ名を持つ剣士、アナーキー」


 そして、再び黒い椅子に深々と座る。羽和に見つめられた4人は冷たい手で心臓を掴まれたかのように背中に冷や汗を流していた。


「我が社が今最も推している新進気鋭のA級パーティ、ステンドホーク! 性能も良ければ見た目もいいときた。宣伝部が君たちに力を入れるのも理解できる」

「……っは、過剰なんだよ。俺はダンジョン攻略できりゃそれでいいのによ」

「俺たちは別にお世辞を聞きたくて来たわけじゃありません。一体今日は何の用で呼ばれたんですか」

「さて、今日呼んだのは他でもない、君たちステンドホークに頼みたいことがあるんだ」


 羽和が頼みたいことがあると呟くと、その言葉でアナーキー以外の三人は色めき立つ。


「まさか、あれか! 渋谷攻略についに本気になったんだろ!」

「私たちに未知領域の先進隊を務めてほしいってことー?」

「新しい装備支給、とか……!」

「まあまあ落ち着き給え。……こほん」


 咳ばらいを一つ挟むと、羽和は仰々しく大きく息を吸う。


「ステンドホークには全員で新宿ダンジョンへ行ってもらう」

「……はあ?」


 新宿ダンジョンと聞いて、今度はステンドホークの全員が顔を歪ませる。


「えー新宿ダンジョンに行くの? 渋谷じゃなくて?」

「社長さん渋谷ダンジョンって、言い間違えた?」

「いや、間違いなく新宿ダンジョンだよ」

「っは、なんで今更攻略済みの新宿ダンジョンになんかに行かなきゃなんねえんだよ。行ったって何にも無いだろ」


 口々に文句を言う面々に、アナーキーは注意もせず静観する。それは、彼もまた言葉にはしないが新宿ダンジョン行きは不服であり、何故そう命じたのか羽和の意図を掴みかねていたからだった。


 羽和は自分に突っかかってくるステンドホークの面々を見て満足そうに笑っている。


「君たちも当然理解していると思うが、君たちステンドホークは探索者である前に我がフェザーカンパニーの社員だ。故に、割り振った仕事は必ず遂行しなければならない。わかるね?」

「……行くのはわかりました」

「おいリーダー! 勝手に了承すんじゃねえ!」

「ですが、アンダンテ程じゃありませんが俺も今の新宿ダンジョンに行く意味なんて無いと思います。あんな空っぽのダンジョンに何故、何の目的で行くんですか」

「なに、仕事は簡単だ。新宿ダンジョンにいるこいつをつれて来い」


 そう言うと羽和は手元のデバイスを操作する。すると、4人の目の前に作業服を着てデッキブラシを持ったある男の姿が映し出される。


「こいつって……」

「マイン、見たことあり、ます……!」

「ブラッドオーガ倒した掃除屋のおじさんだー」

「そう! 今探索者の中で最も話題になっている人だ。瞬間最大風速で言えば、君たちよりもね」

「っは、もとより他人の評価なんて心底どうでもいい」

「で、ボス、まさかこんなおじさん雇う気じゃないよねー?」

「さて、ね。それを判断するのは私だ。君たちはただ彼をここまで連れてくるだけでいい。ま、仕事内容の詳細に関してはあとでマネージャーから聞いてくれ」


 そして、羽和は用件は以上だと言って社長室のドアを遠隔で開ける。しかし、シルリカも、マインも、アンダンテも、そしてアナーキーでさえも、その場を動こうとしなかった。


「……やっぱり意図がわかりません。討伐ならまだしも、どう考えても俺たちがやるべき仕事じゃない」

「こんな雑用みたいな仕事、イヤだなー」

「意味不明、理解不能、です」

「っは、ブラッドオーガごときA級なら誰でも倒せるだろ。こいつ入れても意味なくねーか?」


 ステンドホークが漏らす不満を受け、羽和はニヤリと笑う。この嫌味な笑いは何かを企んでいる時の顔だと、リーダーであるアナーキーは知っていた。


「そうだとも! ブラッドオーガの討伐など、君たちなら容易いだろうね。なら、この仕事も簡単だということだ」


 羽和は大げさに腕をバッと広げ、4人を煽るように声を大きくする。刺さるような4人の殺気を物ともせず、デスクから葉巻を取り出して火をつける。


「ふぅ……もちろん、達成した暁には君たちの望む報酬を用意すると約束しよう。金でも、最新の装備でも、渋谷攻略での未知領域の先進隊になる、とかでもね」

「ひゅ~、いいねー」

「……へえ。最初からそう言うってくれよボス」

「やる気出て、きました」

「……」


 報酬の言葉を聞き一転、目を輝かせる面々。アナーキーも、多少の違和感を持ちつつも、頭の中ではその報酬の算段を始めていた。


「社長。その言葉、絶対ですからね」

「もちろん、私は嘘だけはつかずに生きてきたからな。ぜひとも頑張りたまえ。吉報を待ってるよ」


 社長室を去るステンドホークに、羽和は背後から忘れていたと最後に言葉をかける。


「そうだ、それともう一つ。彼が抵抗する場合は力づくでも構わない」



――――――――――――



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


本当は一話に纏めるつもりだったんですけど、長くなったんで前後半で分けました。なのでもう少しだけ他陣営パートが続きます。


文字数調整って本当に難しい。


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