誰ぞ彼某に怪談を語り聞かせんや
碧乃びいどろ
第1話 記憶の小箱
最初に怪異にかかわったのは、いつのことだろう……?
高名な霊能者に視てもらったときに、驚かれたことを一番最初に思い出した。
「こんなすごい憑依体質の人間に会ったことはない! あなたは、憑りつかれ界のベートーヴェン、アインシュタイン、織田信長、アマテラスだっ!」
言われたことも怖かったが、目を限界まで見開いて叫ぶあの人の方がよっぽど怖かった。
大袈裟だとは思った。それに、たとえも。
その界隈で随一だといいたかったのだろう。けど、最後のは最高神なのだから、憑りつかれる前に悪霊なんか消し飛んでしまうのではないか、と心の中で突っ込んだのを覚えている。
……そうだ。
かかわった、というほどじゃあないが、幼稚園のときにこんなことがあったな。
たしか、そう。年長さんの冬だった。
十一月に入り、小学校の入学まであと半年になったあたりだ。
ランドセルを従兄のおさがりにするか、新品にするかで両親が喧嘩してたっけ。
その僕が通う幼稚園までいく途中に、大きなお寺があった。
ドームひとつ分もある境内に、本殿や五重塔、大仏、鐘堂なんかがあって、初詣の時期ともなると異常な人混みができて、いつもゴミの問題のことを両親が話しているのを聞いた記憶がある。
たしか、その外周に一段高くなった歩道があって、ガードレールが設置されていたはず。
逆側はお寺と歩道の境界になっていて、そこは金網フェンスで区切られていたっけな。
で……どうだったっけ?
あぁ、そうだ。
書道。書道だ。
書道教室に通っていたんだ。
その帰り道だ。親の送り迎えなんてなくて、幼稚園が終わったらそこにいって。
習い事が終わったら、自分家へひとりで帰るんだ。
お寺の外周に沿って東へと歩道を進んでいって、ちょうど金網フェンスが途切れて民家になる瞬間だ。
境内の一番隅っこに生えていた大木に何かがぶら下がっているのを見たんだ。
それは、人間だった。
おじさん。白い靴下。濃紺のスラックスとジャケット。薄水色のネクタイ。寝ぐせのついた髪の毛。
裾からは何か液体がボタボタと落ち続けていて、同じように顔からも何かが長く垂れている。
そして、公衆便所のような臭いと、ギッ……ギッ……と揺れる身体。
覚えているのは、それだけ。
次の記憶は、母に寝かしつけられているところから始まる。
『自殺』という言葉を知ったのは、その翌日のこと。情報源は両親の会話だった。
それから……なんだっけ?
そうそう。
墓場だ、墓場。
お寺の西側は墓地になっていた。囲いなんか無くて、境内からも、墓地沿いの参道からも丸見えの墓石。
そこに夜な夜な、落ち武者の幽霊が出るって噂が流れた。
不思議なことに、僕があの自殺者を見た翌々日に幼稚園の友達から聞かされたんだ。
曰く。
「あの墓地には、鎧を着た幽霊が出る」
「幽霊は、ざんばらの髪の毛だった」
「胸のところに矢が刺さっていた」
「刀を上段に振りかざして追いかけてくるらしい」
「後ろには、青白い火の玉がふたつ、浮かんでいる」
「顔は髑髏で、目は空洞、腕も骨だけだった」
「声は出さない」
目撃者の証言を、やはり両親が夕飯の食卓で話し合っているのを、横からなんとなく聞いていた。
子ども心に不可思議だと思ったのは、僕が自殺体を発見した翌日は異常な騒ぎになったはずなのに、翌々日には落ち武者の霊の話しで持ち切りで、自殺など最初から無かったかのような素振りを皆がしだしたことだ。
母、父、祖母、祖父。
幼稚園の友達、園の先生、書道教室の生徒や先生も。
あの自殺はそんなに不味いことだったのだろうか?
今でも実家に帰れば、落ち武者が出たという話は聞くが、昔この木で自殺した人がいたのだ、と口にする人はいない。
まぁ、現在進行形の話の方が話題性が強いという側面もあるだろう。
だから。
それだからこそ。
「なぁ、キミは忘れてなんかいないのだろう?」
実家へむかう道中、金網フェンスを横切る際に、こんな声がするんだ。
…………。
それが、最初。
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