かゆ
華川とうふ
手首足首
高校の頃、好きだった女子はいつも右手にリストバンドをしていた。
最初はファッションかと思っていたが、よくよく彼女を見ているとそのリストバンドの下には包帯が巻かれていた。
彼女の包帯は何を隠しているのだろう。
そんな好奇心に駆られたときは、もう手遅れで私はいつも彼女のことを目で追ってしまっていた。
そんなある日の放課後、彼女と二人きりで教室に残る機会があった。
日直とかそんな用事ではなく、本当に偶然という感じだった。
運命だと喜びたいところだけれど、本当は日直やら委員会で一緒になったほうが嬉しかった。
その方が、何を話すかあらかじめプランをたてることもできるし、正式な感じがして自分が望もうと望まざるとこの空間にいるのが自分の任務だと主張することができるから。
つまり、当時の私は巨大に育った自尊心をどんな風に扱っていいか分からない子供だったのだ。
「ねえ、いつもリストバンドしてるね」
私はさりげない口調で彼女に尋ねてみた。
いや、実際はさりげなくもない、下手な質問だ。
「ああ、これね。ちょっと手首を搔いてしまう癖があるの。はずかしくて……」
意外なことに彼女はさらりと手首のリストバンドの理由を教えてくれた。
「そんなにひどいの?」
私は思わず彼女の顔を覗き込んだ。
それまで彼女のことをどんなに目線で追いかけても彼女をまっすぐ見ることをしようとしてこなかった。
だけれど、秘密をそっと教えてくれたこと、そしてなにより彼女が心配で私は彼女をまっすぐに見つめた。
「見てみる?」
彼女はそういうとリストバンドを外す。
もちろんその下には包帯が巻かれているので傷のようなものは見えない。
私は、静かに頷いた。
「後悔するかも……私は後悔しているから」
彼女はなにか含んだ言い方をした。
でもしばらくすると、リストバンドを外して血行がよくなったせいか痒みが増してきたらしい。
包帯をぐるぐると左手で巻き取り始めた。
そして最後の一巻きというところで、私にもう一度問うた。
「本当に見るの、後悔しない?」
好きな女の子にまっすぐ見つめられて今更逃げ出すわけにはいかなかった。
私が頷くと、彼女は包帯を外してみせた。
彼女の手首には何もあとはなかった。
他の部分と同じ真っ白な肌が現れただけだった。
「これね、私の手首の内側には虫が住み着いているの。かゆくてかゆくてしょうがなくて。だけれど、こうやって誰かにうつすと少しだけ楽になるの。私もはじまりはうつされたんだけどね……」
なんだか、嘘みたいな話で私は彼女にあわせるように頷くことしかできなかった。
もちろん、ただの中二病だろう。
あの年頃の子供にはよくある。
自分はなにか変わった境遇にあるという妄想。
現に私は彼女と同じように手首に虫が住んでいるという妄想に取りつかれることがなかった。
ええ?
さっきからどうしてそんなに足首をさすっているかって?
靴下のゴムのせいですかね。
昔から痒くなりやすくて。
あともひどくてね。
ちょっとだけ靴下をさげさせてください。
ああ、少し楽になった気がする。
かゆ 華川とうふ @hayakawa5
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます