超血統主義の退魔の家系に生まれた無能術師、追放された後に覚醒し最強になる、悠々自適な田舎での生活でヒロイン達とギャルゲの様な生活を満喫する、現代ファンタジー

三流木青二斎無一門

第1話

「今…なんて?」


仁衛じんえ霊山りょうぜん一族の長に呼ばれ、山一つ程ある巨大な白純大社に顔を出していた。

白純しらずみ大社にて召使いの様な扱いを受けていた仁衛にとっては初めての事だった。

神官の間にて上座に腰を降ろす曽祖父に当たる老獪が頬杖を突きながら言った。


「本日を以て貴様を勘当する」


仁衛は軽く唾を飲んだ。急に呼び出されて何を言われるかと思えばそんな台詞だった。


「貴様の様な忌むべき血筋を継ぐ醜鬼を養っていたが、最早十五の歳だ。その歳になっても術式を習得出来なかった以上、貴様には霊山の名を与える事は無い」


憎々しいと言う思いが反面。嬉々しいと言う想いが反面、と言った所か。

霊山一族は、先祖代々続く退魔の家系だ。

主に日本大陸に発生する畏霊おそれと呼ばれる怪異を祓う為に存在する。

白純神社は退魔組織の名称であり、全国に展開されている白純神社には魔を討伐する祓ヰ師はらいしが居た。


一流とも呼べる祓ヰ師の家系。祓ヰ師の中でも上澄みとされるが、頂点に至るには決して表に出せぬ土台があった。


「…まあ、仕方が無いっすね、俺、妾の子だし」


仁衛は正統の血筋では無い。

本来ならば、彼の存在は周囲に露見される前に処分される運命だ。

だが彼は生かされていた。

事情は複数ある。

一つは血筋による術式の変化を期待していた。

一つは仁衛の交友関係に関して利用価値のある人物が居た。

一つはある人間の鎖として役立っていた。


以上三点が挙げられるが、彼が十五歳になった事で価値は無に帰した。

基本的に祓ヰ師が宿す術式は十五歳未満で開花する。

それを越えれば、術式を持たない祓ヰ師として扱われる。

そして、術式を持たない祓ヰ師は基本的に一般人の様な扱いだ。

学園側からの勧誘が無い限り、彼は祓ヰ師専門の学園に通う事は出来ない。

そうなると、二番目の問題が無価値となる。


仁衛の交友関係である人間は皆学園に入学する。

だが、術式を持たない仁衛は学園に入学する事は出来ず、交友関係は其処で断ち切れられると思ったのだろう。

故に、仁衛は既に無価値の存在なのだ。


「では…俺はもう不要と言う事ですか?」


仁衛の言葉に、長は鼻を鳴らして嘲笑う。


「だが…貴様の様な無価値な存在だが、その身柄を引き取っても良いと言う数奇者が居る、多量の金を詰んだので、契約を結んでやったわ。能無しが最後の最後で役に立ったな」


その言葉を聞くに、どうやら仁衛は売られたらしい。

霊山家から勘当されたが、自由の身になった、と言うワケでは無かった。


「…分かった、俺も、此処に未練はないですよ、ただ…あるとすれば…俺の友達くらいだ」


「ふん、何が友達だ、貴様の様な能無しが、好かれる筈が無い。分相応を弁えろ痴れ者めが」


一蹴されて、霊山一族の長は手を軽く振った。

早々にその場から去れ、と言う意味合いらしい。

仁衛は頷くと、軽く頭を下げた。


「…小冬こふゆはどうなるんですか?」


最後に仁衛はその様に聞く。


「貴様は何も言わずに去れ、そうすれば、あの小娘だけは悪い様には使わん」


そう言った。

仁衛は、じっと霊山一族の長を見詰めて、そして踵を返す。

その後仁衛は、早々に荷物を纏める。

仁衛を買ったと言う家の元へと向かう。



その後…順を追う様に、小娘を呼ぶ。

神官の間に現れる女性。

白銀の髪を三つ編みにして、先端と根本を紐で結んで輪の様にした髪型をする、淡い碧の瞳が特徴的な女性だった。

部屋に入ると共に、彼女は膝を突いて正座をする。


霊山一族の長は渇いた瞳で彼女を見る。

肉体は豊かだ。極めて健康的であり、雪の様に白い肌が、老いた身体には眩しく見える。

これが、仁衛を慕っていると言うのだから、何とも妬ましい事だった。


「何かご用でしょうか、急がなければ、じんさんのご飯の時間が遅れてしまいます」


じんさん、と。

彼女、銀鏡しろみ小冬こふゆは、仁衛に対してその様に親しみを込めた愛称で呼ぶ。

それだけでも、霊山一族の長は腹立たしい事だった。

そうだ、この老獪は、年甲斐もなく、銀鏡小冬に欲情している。

恐らく、半ば無理矢理仁衛を家から追放したのも、彼女を独占するが為なのだろう。

他の人間に愛想すら浮かべない、ただ一人、穢れた血をその身に宿す男だけを慕う。


そんな彼女の一心不乱の愛を、自分も受けたいと思ってしまった。

だから、霊山一族の長は仁衛を消して、彼女を自分に依存する様に仕向ける。


「銀鏡小冬、もう、貴様はあの男の世話などしなくても良い」


霊山一族の長は頬杖を突いたまま言う。

脳裏では彼女の全てを所有する自分の姿を思い浮かべる。

その体も心も、その力ですらも、己の想うがままであると夢想していた。


「貴方の言っている意味が、私には分かりません、申し訳ありませんが、じんさんが待っていますので」


首を傾げて疑問符を浮かべていた彼女は立ち上がり、その場から離れようとする。

早々に戻り、仁衛の世話をしなければならないと、彼女は急いでいた。

だが、それを止める様に、霊山一族の長が声を荒げる。


「必要無い、何故ならば、あの男はお前を捨ててこの家を去った、お前は最早要らぬ存在だと言ってな」


ありもしない事を口にする。

仁衛と言う人間は、憎き感情を浮かべる霊山一族の長からすれば薄情な人間だと見えていた。

彼の言葉に、銀鏡小冬は足を止める。


「傷心するだろうが本当の事だ、だが、安心しろ、お前は何一つ不自由する事は無い、ワシが面倒を見てやる、お前はワシに身を委ねれば良い」


全てを持っている。

彼女と言う存在を、裕福な暮らしを与え、飼う事すら出来る。

その為の地位も権力も、実力も備えていた。

銀鏡小冬は、霊山一族の長の方に顔を向けて言う。


「じんさんが私を捨てた、それは了承しました」


霊山一族の長の言葉を信じて頷く。

それは、その老獪にとっては婚約を承諾した様に見えた。

上機嫌に笑みを浮かべるが。


「では、私はじんさんを支える役目があるのでこれにて失礼します」


だが、彼女は何も分かっていない様子でそう言う。

慌てる様に、霊山一族の長が口を開く。


「何を言っている。お前は捨てられたのだぞ?理解しているのか?!」


「はい、理解しています…


なので、何時も通りに、彼の元でお世話をすると、銀鏡小冬は言う。

怒りが頭に集中する、霊山一族の長は声を荒げる。


「それ程までにあの男の事が好いているのか、あんな能無しが、お前の様な優れた存在に仕える理由など無いだろうがッ!」


その言葉は、聞き捨てならない。

銀鏡小冬は、体を霊山一族の長の方に向けて、冷めた視線を向けながら言う。


「じんさんが、優れた存在でも、無価値な存在であろうとも、私はじんさんを支えると約束したのです」


「たかが、拾われた恩義を感じているだけだろうが、昔からの付き合い程度だろうがッ!」


霊山一族の長の言葉に、銀鏡小冬は首を左右に振った。


「これは恩義ではありませんし、昔からの付き合いでも、ありません、じんさんには、その様な感情など持ち合わせていません」


それは何処までも機械的な言葉で。


「何故ならば、私は、じんさんの母ですから」


胸に手を添えて、慈愛に満ちた笑みを浮かべて仁衛を思い浮かべる。

母、母と、彼女は言った。

血の繋がりなど無い。戸籍上での関係者でもない。

それでも、彼女は、仁衛の母親として生まれ、彼に尽くす事を決めたのだ。


「なので、此処にじんさんが居なければ、用などありません」


捨て台詞を吐いて。

彼女はその場から立ち去ろうとする。


「ふざけるな、お前は、此処に居るべきだ、ワシに仕えるべきなのだッ!!」


見苦しく霊山一族の長が声を荒げる。


「でなければ、二度と、あの小僧に逢わせられなくしてやるッ」


その言葉が引き金だった。

初めて銀鏡小冬は、その老獪に感情を持ち合わせる。


「…何故、私が、貴方に仕えなければならないのですか?」


憎悪。嫌悪。

いや違う。

それは殺意だ。


傲慢な男を黙らすには丁度良い殺意。

一度浴びれば、心臓を止める程の鋭い気迫。

それを受けた霊山一族の長は、心臓を抑えた。

身を包む恐れの気迫が、心臓発作を起こそうとしていた。


「ほっ、ほッ、はがッ、あッ」


息を荒げる霊山一族の長。

銀鏡小冬は、どうでもいいと言いたげにそっぽを向くと。


「じんさん…何処に居るのでしょうか?」


迷子を捜すかの様に、銀鏡小冬は小走りで動き出した。

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