PRAYSE計画
神波
Episode:0 ビギニングが迷走 part.1
傲慢不遜な性格で幾度も舌禍事件を引き起こしてきた、文筆家上がりの大物政治家が何者かに惨殺されたという事件が世間を賑わせているが、それが世間一般の、しかも学生の生活をどうこうするワケでもない。そんなことよりも一学期の期末テストの結果が続々と返却されるというのが、高校生にとっては大きな問題だ。しかも夏休みのざっと6割は課外授業に持っていかれるという現実が、この空間にいる者達の気持ちを浮き足立たせることを許さない。
此処はとある県庁所在地の住宅地に位置するMW高等学校。かつては県内一の進学校として知られていた、普通科と特別進学科を有する学校、その一年三組の教室。
「藤守さーん、つまんない日常ですねぇー」
「人によってはそういうこと言うのを甘えだとか何だとか叩くだろうけど、でも私はあなたの言う事否定はしないよ。確かにつまんない」
金曜の午後一時前、もう既に下校しようとする生徒も目立つ中、女子生徒がふたり、机に突っ伏してスマートフォンを眺めていた。
「みっちゃんとかひとみとかどーしてるかなぁ」
「M商もN付属もウチとは交流無いしね、LINEしてみたら?」
「夜くらいにしてみよっかね。……あー思い出した。能把(のうば)とか蔓久(つるく)とか殺してぇー。いや、それより牟山(むざん)だ! あの妖怪腐れ外道いい加減とっとと殺してぇー。あん時の怨み晴らさでおくべきかー」
「……やめなさい、殺したいって言うのは。高校まで黒歴史持ち込むなって言われたでしょ? ま、私も牟山には今でもムカついているけど、どうしようもないよ。首都に行ったんじゃあ」
中学時代に仲の悪かったかつての同級生や、今なお憎んでいる元・副担任への呪詛を呟くのは、綺麗目だがキツい顔立ちの女子、鷺沢絢(さぎさわ あや)。今回の期末試験は奮わず、学年平均に少し届かない成績。
そんな彼女の相手をしているのは、ボブカットでしっかり者な雰囲気の女子、藤守千里(ふじもり ちさと)。一応は、学年全体で見れば上位の成績。絢とは中学二年からずっと同じクラスであり、一番の親友といえる関係だ。
次のニュースです。M市のフレスベルグ自然動物園で、自称クラブ経営者・阿部倫人(あべ りんと)容疑者、自称二十七歳が、県迷惑防止条例の現行犯で、警察に逮捕されました。阿部容疑者は七月十三日の午後十四時頃、フレスベルグ自然動物園の流れるプールに、辛うじて股間を隠しただけの布を着用しただけの全裸同然の姿で現れ、利用客に対し卑猥な言葉を投げかけていたとのことです。調べに対し阿部容疑者は、『俺は正義の味方だが、正義は俺の味方ではないらしい』、『俺の男性ホルモンの血中濃度は普通の男の百倍だ』などと、意味不明な供述を続けている模様です。警察では阿部容疑者に対し、余罪がないか追及する方針です。……
スマートフォンに表示される動画は、ローカルニュースにしては随分と刺激的な事件。ネットの何処かがちょっとした祭りになるのではないかと少し期待しつつ、そろそろ帰ろうかと絢が提案しようとした、その時。
「藤守に鷺沢、少し話がある」
突然、ひとりの男子生徒が、乙女2人だけの世界に空気を読まずに割って入るという、特殊な趣味の人間からすればあるまじき行為をしでかした。
平均的な体格で、少しやんちゃそうな風貌の男子だ。名前は眞北和寿(まきた かずとし)。2人と同じI中学出身で、現在も同じクラスの腐れ縁。結構なお調子者で周りを振り回すタイプ。成績はよくないが行動力は高く、社交性もなかなかにある。
そんな彼が話しかけてくる表情は、ずいぶんとシリアスな色。そんな顔して何をふっかけてくるのかにわかには想像できないが、人として無碍に突っぱねるワケにもいかなさそうだ。
「恋バナ……というワケでもないか、あんたのことだし」
「込み入った話みたいだね、眞北くんがいいのなら、少し場所を移そうか」
「あぁ。ありがてぇ」
3人はもう高校生。男女が教室で会話しているからといって、あーだこーだとからかう年齢では最早無い。だが眞北のマジな雰囲気からしたら、まだ人のいるこの教室は避けた方がいいだろう。ここよりは人目も少ないに違いない、校舎一階の休憩所ベンチに移動することにした。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「バンドやろうぜ! LUNA SEAとかDIRとか、あと色々やりたい曲コピーするようなバンドをッ!」
「エェー……?」
「何……だと?」
自販機で購入した炭酸飲料の入った紙コップに軽く口をつけた後、わざとらしく意を決した態度で、眞北和寿が言い放った言葉。立ち上がり、直角に深々と首を垂れてはいるが、藪から棒であることは間違いない提案に、女子ふたりはすぐにはまともな反応を返せない。
だが、ひと呼吸、ふた呼吸の沈黙の後、口を開いたのは――――
「言っとくけど、プロは目指さないよ! ……それでよければ、とりあえず話は聞くよ」
「えっ? チサト、まずそっち?」
――――意外にも、周囲からは理性的で常識人として見なされている千里だった。
「まぁ私達と眞北君の共通点といえば、音楽の趣味かな、って思ったんだよね。……で、眞北君の考えるバンドってのは、何を目的としてるの? まずはそれを正直に聞かせてほしい」
「あ、おぉ……こんな事言うとバカにされるかもだけどよ、俺様は……そう、高校時代の思い出になる何かをしてみたくなった。ホントそれだけなんだけどよ……」
生真面目な千里の眼光に晒されながらも、眞北は辿々しくも真っ直ぐな表情で話し始めた。
目的はプロになることでは決してなく、保守的で堅苦しい雰囲気のこの高校で、何かひとつ、楽しく取り組めるものに挑戦してみたい、というもの。だが自分は勉強のみに打ち込めるようなタイプではないし、スポーツ等で全国を目指す高い目的意識も持ち合わせていない。そんな自分が、果たして何であれば楽しく続けられそうかあれこれ考えた結果、自分が心から好きだと断言できる、1990年代のバンドサウンド、俗に「V系」と呼ばれるジャンルくらいのものだと気付いた。だから、趣味の合う仲間を探して、V系を意識したバンドを結成して、お気に入りの曲をコピーして演奏してみたいのだという。
ふむふむと頷いてはみている千里に続いては、バンド結成という提案を今だ飲み込めない絢からの、ごもっともな質問。
「でも何でウチらなのさ? 別にあんた、ぼっちってワケでもないんだし、仲良くしてるダチ誘ってみればワンチャンあるんじゃぁ……」
「あぁ、対人関係に不満はねぇ。フツーに友達付き合いするには楽しい奴等だ。だが音楽の趣味はなんだか合わねぇ。だから前にバンドやるかどうかって話をした、お前達を見込んでお願いしたいんだッ!」
「あぁ〜。卒業した後に行ったカラオケのこと、本気にしてたのか」
同じ地元のI中学の出身である3人は、卒業式の後、同級生達から男女混合のカラオケパーティーに誘われ、何の気なしに同行した。だが(言い出しっぺの女子の片思いの相手がいるとかいう理由で)偶然隣のVIPルームをはじめ複数の部屋を借りていた、別のクラスのパーティーに参加者の殆どが取り込まれてしまった。そして、そんな色恋沙汰に興味の無かった絢と千里、そして彼女等が歌っていた曲に惹きつけられた眞北。この3名だけが元の部屋に取り残され、ざっと九十分程度、流行なんて一切無視、完全な趣味の世界の音楽パーティーが開催されたのだった。
思い出してみればあの時、その場のノリ程度の感覚で、俺達バンド組むか! いいねぇ! ……とか何とか言葉を交わした記憶は絢にもあったが、その伏線が今になって回収されようとしていることは、夢にも思わなかった。
とりあえず、眞北が主張するバンド活動の方向性と、やりたいという熱意は何となく分かった。次なる疑問は、この眞北という男が、自分達をどういうポジションに就かせようとしているのかだ。
「で、あんたはあたしらをどーしたいのさ? 言っとくけどあたし、中学でピアノ挫折してから楽器まともに触ってないから」
「鷺沢は、当然ヴォーカルだ。あの日カラオケに来てた奴の誰よりも、俺の目にはヴォーカル向きって思ったんだがな」
「キラキラおめめで真っ直ぐに見つめんな恥ずかしい。そもそもまだあんたとバンドやるなんて言ってないし」
多少ならず照れているのか、視線を少し逸らす絢に構わず、眞北は彼女が如何に理想的なヴォーカリストかを力説し始めた。彼が知る限りでは、例に挙げたようなバンドの名曲を一番、クセたっぷりに……もとい、インパクト抜群に表現できていたのは、絢だということを訴えた。ついでに、絢が中学時代に幾つか起こしてきた、いわゆる武勇伝という行為の数々についても、そそられていたことを告白した。視線を合わせないままの絢は心なしか、ヴォーカルを褒められているときより嬉しそうであった。
「となると私は……まぁ、家にある楽器なら何でもやってやれなくはないけど」
「藤守にはキーボードをお願いしたいっ!」
「即答ですか。というか……バンドにキーボードって、いる?」
「何を言ってるんだ藤守っ? キーボードは超重要だぞ! YOSHIKIのピアノにMALICE MIZERとかやりたくなった時どーすんだッ!」
眞北をはじめ3人が好んでいる、所謂V系とされるアーティストには、キーボード専業のメンバーが在籍しているバンドは少ない。だが眞北は、数多くの曲に触れる中で、ギター・ベース・ドラムだけではカバーしきれない音の重要性を感じており、それらを再現可能なキーボードは是非重用したいのだという。
楽譜にパートがなくとも、サンプラーによるサウンドエフェクト等、出番はいくらでも作れる。そもそも、中学時代には音楽好きとして校内でも有名だった千里が、全員を統括するプロデューサーとして、リーダーとして加入してくれることこそが重要なのだと、絢以上にも思える熱気で力説したのだった。
「なるほどね。……で、眞北君? メンバーは私達3人だけでいいの?」
確かに千里の言う通り、ヴォーカル、ギター、キーボードと、一応はここにいる3人だけでも、楽団としての形にはなる編成だ。
「……どうせなら、もう1人ギター、それにベースとドラムがいたら嬉しい。いや欲しいッ!」
眞北から返ってきたのは、千里も絢も予想していた通りの答えだった。思い出せばあの日のカラオケで3人が特に盛り上がったバンド、例えばLUNA SEAとDIR EN GREYは、ヴォーカル・ツインギター・ベース・ドラムの5人編成。このふたつのバンドを意識するならば当然だ。
しかして眞北の表情は、ふたりに話しかけてきた時より、どこか翳っていた。自分達に賛同し付いてきてくれるような人間が、3人も見つかるだろうか。いや、それ以前に、絢と千里は自分の提案に乗ってくれるのか、それとも今回はご縁が無かったということで、か。せめてそれは明確にしておきたい……そんな風な焦りと不安が見てとれた。
時間にすれば一、二分程度。この沈黙を破ったのは、ふぅむ、と何やら考えていた千里。彼女の提案だった。
「じゃあこうしよう。眞北君は誰か、ベースとドラムを見つけてきて。やっぱり眞北君も男子いた方がいいでしょう? で、私達は可能ならば、ギターをもうひとり連れてくる。私達とバンド組むかどうかは、それぞれメンバー見つけてから考えよう。それでいいね?」
「ッ! ……あぁ、ありがとう任せろッ! 必ずや俺様達の良き理解者になってくれそうな同志を連れてくるぜ……震えて眠れ、鷺沢に藤守。時代が生まれるぞ……では、マタ逢オウ」
すると、そんな千里の提案に随分と眩い光明を見出したのか、自信満々な様子で休憩所を後にした。
「え、あぁ、うん。期待してるね」
「がんばれー。ふぁいとー」
千里も絢も、よし一緒に楽しくやろうとか、これからよろしくねとか、一言も口にしていない。あくまで、条件を提示した上での、前向きに検討させていただくとかいう社交辞令レベルだ。
だがそれでも、己の野望が一歩前進したと、眞北には思えたのだろう。一切の曇りなき眼で、いるかどうかも分からない同志のヘッドハンティングに闘志を燃やし駆け出した彼。随分と勝手な奴だとは思ったが……
「あのさチサト、お昼どっかで食べてく?」
「奇遇だね。今日はあなたともうちょっと話したいって思ってた」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
郊外にあるパン屋のイートインコーナーに腰掛け、調理パンと飲料を口にしながら、話すのは教室での続きだ。
「しかし驚いたわ。チサト、今日のあんたは眞北に協力的にしか見えなかった。お堅いあんたが意外だわぁ〜」
「……やっぱり、音楽は好きだから、ね。純粋にただ音楽がやりたいって人の気持ちは、無碍に扱いたくはないし」
千里曰く、部活動その他の団体に所属し、大きな集団の中で、高く設定された目標の下で音楽活動をする気は全く無い。だがあくまで個人または若干名レベルで、単なる趣味、楽しみとか気晴らしとして音楽をやりたいという気持ちは、眞北の話を聞いて仄かに湧いてきたのだという。
それこそ自分が演奏して、絢が歌ってくれるのなら、結構楽しめるかもしれないし、高校時代の良い思い出にもなるかもしれないと、これからが楽しみな様子で呟くのだった。
「まぁ、軽く趣味程度になら。あんたと一緒なら......うん、あたしも歌わんでもない、かも」
それは絢も同じだった。眞北の誘いに乗るかどうかは別にしても、千里が言うような音楽との付き合いは、悪くないものに感じられた。
さて、話は眞北の今後へと移る。
「ところでさ、眞北はどんな奴連れてくるんだろうね。仮に悪い奴じゃぁないにしても、ちゃんとウチ等とコミュニケーション取れるかというか......」
「そう、だから眞北君には、ベースとドラムを探すように言った」
眞北にバンドを持ちかけられた時、千里の描いたシナリオはこうだった。彼女の言うとおりに眞北がメンバーを集めてくれれば、あちらはギター・ベース・ドラムの3ピース。こちらはヴォーカルとキーボード、可能ならあと1パート。それぞれでも十分に、音楽ユニットとしての体は成すことになる。仮に、女性陣と男性陣の相性が悪いがために合流の話が無くなってしまっても、彼がベースとドラムを集めさえできれば、野望はそれなりには叶うことになるだろう。
僅かな時間でそれだけのことを考え、相手を導いた、藤守千里という少女。やや仕切り屋で堅苦しいキャラだが、聡明で頼りになる奴だと絢は感服しつつ、話を続ける。
「奴が誰もメンバーをゲットできない、とは思わないんだね」
「多分、彼はゲットするまで諦めない。眞北君なら一年くらいは粘るはず」
「なるほど。でもさ、案外眞北のヤツ、ひょっとするとひょっとするかも、だ。あいつ、中学の時も二、三回、奇跡起こしてきたし」
「そうだったね。あの眞北君ならもしかしたら」
「チサトやウチらの人脈当てにしてるような態度でもなかったし。その辺りは好感触」
「まぁね。期待しない程度に期待しておこう。最悪、あなたと私、ヴォーカルとキーボード2人って選択肢もあるから、私達は気楽に考えよっか」
第三者のことを話題にする、陰口といえば陰口。だが内容を聞けば、その第三者への悪意は一切無いのが分かるだろう。少なくとも2人は渦中の相手の事を、クラスの面白い奴程度には好意的に考えているのだ。
とはいっても第三者のことは、此方ではどうしようもない部分もある。故に、他人のことはおいといて、此方はどう行動するのかを考えるのが大事だ。
先程、千里が話したとおり、2人のユニットでも活動は可能。だがどうにも少しばかり、この2人にはある種の冒険心が浮かんできたようだ。
「でも、正直ダメ元でさ、もう1人くらい探してみる?」
「それあたしも思った。ギター女子入ったら結構いい感じになりそう」
「何か眞北君に毒されちゃった感はあるけど、まぁそれはそれとして、ね」
「いやぁ、眞北るんるんは強力ですわぁ」
行動力だけは無駄にあるお調子者の影響かと考えると可笑しくなるが、やらないよりかはやってみたい意思が強くなっていくのを、千里も絢も感じていた。
とはいえ、LUNA SEAのような90年代ロックサウンドが好き......最悪、興味を示してくれそうな女子が、果たして都合よく見つかるのかどうか。自分達と仲良くなれそうという条件付きで。……だが、少し何かを考えるような素振りを見せた後、絢が呟いた。
「っていうかさ、チサト……」
「どうしたの?」
「……当てがなくもない。話したことない女子だけど、たぶん、いや高確率でLUNA SEAには詳しいはず」
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