マンション住人インタビュー①

矢野氏が目撃されたマンションについて詳しく調べてみることにした我々は、まずそのマンションに関する基本情報から整理していった。そのマンションの入居率、満足率、周辺住民からの印象などである。すると、ある奇妙な点が目についた。

このマンションは飛び降り自殺の多発する場所でありながら、世間的な評価が非常に高いマンションなのである。いわくつきだと言われて煙たがられるどころか、むしろここに入居を望む者が後を絶たず、その人気は日に日に息を意を増しているようである。

そこで我々は、その真偽のほどを確かめるためにまずマンション住人に対する聞き込みを行う事を決定した。とは言っても取材の内容が内容であるため、素直にすぐに取材に応じてもらえるとも思えない。我々は納得のいく回答をもらえるまで何人にでも声をかけて回るつもりでいた。しかし、なんと最初に声をかけたマンション住人がそのまま交渉に応じてくれ、結果その住人に対して詳しい取材を行うことが叶った。取材は編集部の人間1人と管理人様の計2人で行われた。以下にその会話の内容を転記するが、合わせて取材時に編集部や管理人様が感じたものも共に記載する。


――――――――――


住人「別に面白い話なんて何もできないと思うけど、取材料なんてもらっちゃってもいいの?」

編集部「もちろんですよ。我々としてはむしろ、○○さんの素直な思いをお話していただきたいのですから」

管理人「ちなみになんですが、こうして誰かがこのマンションに取材に来ることは初めてですか?過去にもあったりしますか?」

住人「それがね、しょっちゅうあるのよ。それも大家さんに対してだけじゃなくって、私たち住人の所にもよく来るの。やっぱりこのマンションってすごく注目されてるって事かしら?」


編集部「(やはり、このマンションで何かが起こっているという事は他のメディアもつかんでいるようですね…)」

管理人「(まぁ無理もないでしょうね。高い頻度で飛び降り自殺が起こっているマンションなど、メディアから注目されないはずがないですから…)」


管理人「そうですね、いろいろと注目を集めているようですが…。その取材に来られる方は、どのような点を取材されに来られるのですか?」

住人「みーんな同じよ?このマンションがいかに素晴らしいかって事を聞かせてくれって来るの!あなたたち知ってる?ここって入居するの今ほんっとうに大変らしいの。なんでもここに入りたいって人が全国から押し寄せてるらしくって、とてもじゃないけれど部屋の数が追い付いていないんですって。自分から退去する人も誰もいないし、すごいことになってるみたいよ!だからみんなそこを取材しに来るの!」

管理人「そ、そうですか…」

編集部「詳しいお話ありがとうございます。では、○○さん、我々としての本題に移りたいのですが、よろしいですか?」

住人「えぇ、どうぞ」

編集部「お気を悪くされないでほしいのですが、このマンションでは飛び降り自殺が頻繁に起こっていると耳にしました。その点について、○○さんは率直にどう思っておられますか?」

住人「飛び降り?当たり前でしょ?ここはそういう場所なんだから」

管理人「あ、当たり前…といいますと…?」

住人「ここに入りたい人はみんなそれを求めているの。他のどこでも叶わないことが、ここでは叶うの。それってすっごく素敵な事だと思うでしょ?」

編集部「それは、つまりは死ぬことが叶うという事ですか?例えば、このマンションで飛び降りれば自殺の成功率が高いからその狙いが叶う、そう言う事ですか?」

住人「自殺なんてするわけないじゃない。誰が自殺をしたの?」

管理人「え、えっと…。このマンションでは多くの方が飛び降り自殺をされているという事実があるわけですが…。ご存じではありませんか?」

住人「さぁ…。だって死にたい人なんてここには一人もいないのよ?このマンションは住人同士が結構仲が良いからいろんなことを話すけれど、そんな話一度も出たことないわよ?」

編集部「そ、そうですか…」

住人「大体、もしもここが自殺者の多発するような場所だったら、新しく入居を希望するような人が大勢来るわけがないじゃない。マンションの良さを取材したいって人たちだってこんなに来るわけがないじゃない。あなたたち、なにかおかしいんじゃなくって?」

管理人「お、おかしいと言いますか…。我々が言っているのはすべて客観的事実に基づいたことでして、でまかせにものを言っているわけでは…」

住人「あんまりそういう態度をとられるんでしたら、こちらも気分が良くないです…。取材料は結構ですから、お帰り頂けますか?私たちが愛するこの神聖なマンションを汚そうとされるあなたたちの事が、ちょっと私には受け入れられそうにありませんので」

編集部「ご気分を害させてしまったことは申し訳ございません…。ただ、ご理解いただきたいのです。我々はこのマンションの事をけなしたいわけではなく、本当の事を知りたいだけなのです」

住人「だから何度も言っているでしょ!ここは最愛の者を失った人たちにとっては天国のような場所なの!世界でここにしかないの!ここ以上に私たちの傷ついた心を癒してくれる場所なんてないの!」

管理人「て、天国のような場所??そ、それについて詳しく…」

住人「もういいです!お話をするのは不快なのでおかえりください!」



――――――――――


感情的に語気を荒げる○○さんの前に、我々は素直に退散するほかなかった。

しかしこのマンションに対する疑念は解決されることはなく、むしろそれは増していくばかり。当然ここで取材を終えることなどできない我々は、そのまま他のマンション住人に取材を行うことを試みた。その結果、すぐに一人の人物が我々の取材に答えても構わないと返事をくれた。


――――――――――


住人「まぁ、ここは最愛の人を亡くした人の住む場所だからね。気分を悪くされるのも気持ちは分かる」

管理人「そうだったのですか?」

住人「ほら、ここの入居者の年齢層って、僕のような高齢者が多いだろう?もちろん中には若い奴もいるけれど、ごくわずかだ。なんでかって言うと、最愛の人を亡くすのは当然長く生きた者の方が多いからって事さ」

編集部「どうしてここには最愛の人を亡くされた方が多く住まれるのですか?」

住人「ここに住めば、会えるんだよ。いなくなった最愛の人間にね」

管理人「そ、その話詳しく教えていただけますか!」

住人「昔はそんなことなかったんだけれど、いつ頃からかなぁ…。このマンションの近くで、小さな女の子が亡くなる事故があったらしいんだよ。現場はかなり悲惨な状況になっていて、目も当てられないような光景が広がっていたらしい」

管理人「それって…もしかして、女の子がアパートの屋上から飛び降り自殺した事件の事ですか?確か、1998年の事だったかと思いますが」

住人「あぁ、ちょうどそれくらいだったと思う。ただ、あれは自殺じゃなくて事故だったって聞いたぞ?なんでも二人の子供がアパートの屋上で一緒に遊んでいたら、一人の子どもがバランスを崩してしまって屋上から落下しそうになってしまったと。するともう一人の女の子はそれをかばって、自分が代わりに落下してしまったと」

編集部「……」

管理人「……」

住人「そしてしかも、その女の子の父親が偶然その時このマンションの屋上にいたらしいんだ。このマンションの屋上からそのアパートは全景を捕らえることができる立地だから、たぶん、自分の娘が屋上から地上まで真っ逆さまに落下していく様子が完全にその目に入っていたことと思う。それは非常に酷な経験だっただろうけれど、逆に言えば男は娘の最期の姿をその目にとらえることができたともいえる。だからか、このマンションでは度々屋上に向かう謎の男の影が目撃されている。そしてその影響か、このマンションに住むと死んでしまった最愛の人間に会えるだなんて話が広まっていった」

管理人「会える、というのは、具体的に死んだ人の姿がそれを望む人の前に現れる、という事ですか…?」

住人「さぁ…詳しくは分からんが、聞いた話じゃ窓の外に見えるらしい。それも決まって西側の窓。一体そこに何があるんだろうなぁ…」

編集部「……」

管理人「……」

住人「まぁ、もっと詳しい話が聞きたいっていうんなら大家さん紹介するよ。彼とは昔からの仲だから、僕が頼めばたぶん取材には応じてくれると思うけど…」

編集部「あ、ありがとうございます…」

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