廃刊雑誌『フォー・トライアングル』掲載エピソード

以下のエピソードは、かつて新英社から出版されていた雑誌、『フォー・トライアングル』上に掲載されたものである。同誌は都市伝説やオカルト、恐怖体験や超常現象などを広く取り扱ういわゆるオカルト雑誌であり、都市伝説ブームが最盛期を迎えていた1995年から刊行を開始した。毎月刊行される人気雑誌であったものの、近年のオカルトブームの下火による売り上げ低迷により、2014年7月号を最後に刊行を終えた。同雑誌上では、読者から寄せられた様々なオカルトエピソードを紹介するスペースが毎月設けられており、以下のエピソードもその中の一つとして紹介されたものである。本エピソードは”不気味な話”というカテゴリーにて視聴者投稿されたものであるが、管理人が考察する本事件に関連しているものとみられたため、出典を記載の上でここに転記することとする。


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『何かを集める男』


これは、私がまだ子供だった時に聞いた話です。というのも、私が小学校に通っていた時に学校の中である噂話が出回ったんです。どういういきさつでその話が出回ったのか、細かいことは忘れてしまったんですが、話はこうです。

ある小学校に通う女の子が一人で下校している最中、不気味な男を見たっていうんですよ。見た目は別におかしなところはなくって、40歳代くらいのどこにでもいそうな男。しかし、その男は延々と意味の分からない動きをしているのだと。見ているこちらに何か話しかけてくるとか、嫌がらせをしてくるとか、そういった事はなにもしてこないらしいんです。ただただ不気味な動きをずーっと繰り返しているだけだというんです。

で、その動きというのがなかなかおかしくて、道路の上にひざまずいてなにかを必死に集めているっていうんです。ほら、高校野球で甲子園に出た高校球児たちが負けてしまった時、甲子園の土を必死に集めている姿あるでしょう?まさにあんな状態で、道路の上に広がる何かを両手を広げて延々と集めているっていうんです。

そんな男の姿を見た女の子は当然不気味に思い、その男の元から一目散に逃げだしていって、それ以上は特になにもなかったらしいんです。するとそれからしばらくして、次の目撃者が現れました。それは同じ学校の男の子だったらしいんですが、この子が男を見つけた時も女の子の時と全く同じように、男が道路上にひざまずき、両手を動かして何かを必死に集めているっていうんです。

でもそこは男の子。彼はその男がなにをそんな必死に集めているのか気になって、ゆっくりと男に近づいていって、そこになにがあるのか覗き込んでみたそうなんです。相手に気づかれないように足音を殺して、そーっとそーっと近づいて、男の前の方を目を凝らして見てみた。するとそこには、物はなにもなかったと…。

唯一そこにあったのは、その場にひざまずく男の前方一帯に広がる血痕。しかもその血はどうやら男自身の血らしく、男は何度も何度もアスファルトの上で自分の手をこすり続けているから、手の表面がただれて血まみれになっていたらしいんです。だからたぶん、男の周りに広がっていた血は、おそらくその傷口から出血したもの。

この男の子はその血に驚いて、その場から必死に逃げ出していったと。そしてそれから先、男の子がその男を目撃することは二度となかったと。

不気味な話ではありますけど、正直ここまでは大きな事は何も起こっていません。ただ不気味な男に2人の子どもが出会ってしまっただけの事。でも、次の3回目でついに話は急変します。

3回目に男が目撃されたとのは、学校から少し家の遠い女の子の下校帰宅時。その子は2人の友達と、合計3人で帰っていたそうです。その途中で例の男を目撃したらしいんですが、その時も状況は前の二人の時と全く同じだったそうです。見た目こそ普通の40歳代の男性が、道路上に広がるなにかを必死に集めている。その場にひざまずくその姿は、やはり不気味以外の何物でもない、と…。

でも、その女の子は興味本位からか、男に声をかけることにしたそうなんです。ほかの二人は止めたらしいのですが、なんでも男がひざまずいていた場所というのが狭い路地の入口の真正面で、その女の子はその路地を通らないと家に帰れないそうだったんですね。だからどちらにしてもそこをどいてもらわないといけないから、声をかけるほかなかったと。

女の子はまず、「なにをしているんですか?」と声をかけたそうです。すると男は、「集めているんだよ」と答えたそうです。女の子は次に「なにを?」と言いました。すると男は、「さくらを」と言った。女の子は周囲を見回したそうですが、時期もすでに秋なのでさくらなんて落ちているあるはずがありません。女の子はその事を素直に言葉にし、「さくらなんてないよ」と伝えました。…すると、男は動きを止め、その場で体を完全に停止させました。そして、それまでずーっとうつむかせていた顔をゆっくり、ゆっくりと女の子のいる方に向けて上げていきました。…結果、不気味な男と女の子は自然と互いに視線を合わせることとなったわけですが、男の顔を見た女の子はなぜかその場で固まってしまい、全く動けなくなってしまったそうです…。すると男はまたすぐに顔を伏せ、”さくら”を集める動きを再開させました。女の子は2人の友人に助け出されるような形でその場から離れていき、そのまま友人の家まで逃げ込んだそうです。

この話は女の子と一緒にいた2人の友人の方から言い伝えられたものらしいのですが、二人のいた方からは男の顔は見えなかったそうなので、男の顔のなにがそこまで女の子を恐怖させてしまったのか、それは結局分からずじまいだったそうです。

そして、男の顔を見てしまった後、その女の子は少しずつ精神的におかしくなっていってしまったそうです。それまでは活発で非常に明るい性格だったらしいんですが、だんだんと口数が少なくなっていったそうで。しかもただ静かになっただけではなく、ただただずーっと自分の足元を黙って見つめているんだそうです。誰が何と声をかけても上の空というか、まるでそこに珍しい物でもあるのかというくらいに自分の足元を凝視しているんだそうです。

それが最初の症状で、しばらくするとまた変わったことをやり始めて…。なんの前触れもなくいきなり「下に血が広がってる」と言い始めたり、「だめ!!飛び出してる!!!」と急に大声で叫び始めたりして、いよいよ手が付けられなくなっていったそうで…。

そして最後には、彼女自身も道路上にひざまずき、自身の手から血が出るほどに延々と”さくら”を集める存在になってしまったそうです…。


なかなかに君の悪い話ですが、所詮しょせん噂は噂。この噂は3人に共通の友人が一人いて、その人が話を広めたと言われていますが、実際の所は今となっては分かりません。


ただ、私は全くの嘘でもないと思っているのです。というのも、この噂が広まった当時、私は学校の校庭で一人の女の子がひざまずき、不気味な笑みを浮かべながらなにかを必死に手で集めているところをこの目で見ましたから。


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【出典】

中野隆太『フォー・トライアングル4月号』新英社,2014,p32

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