やわらのあんみつ!
志柚
第1話
メイク、ファッション、可愛いものが大好き。最近ベージュにしたロングの髪の毛も制服の短いスカートも可愛くて大好き。運動もそこそこ好き、学校の友達大好き、勉強はあまり得意ではない。
そんなキラキラした女子高生の朝は──慌ただしい。
「満子!いい加減早く出ないと遅刻するよ!」
「だって前髪が全然上手くセットできないんだもーん!」
鏡の前で格闘することかれこれ三十分。頑固な寝癖が全然収まってくれなくて満子は半べそをかいていた。
「どうせ走ったらセットなんて崩れるんだから学校でやんなさい!」
母の言うことはもっともだ、と判断し、満子はカバンを掴んで玄関を飛び出した。
満子が家から出たのと同じタイミングでお隣さんのお母さんも慌てた様子でドアを開けて出てきた。
「あ!満子ちゃん!ちょうどよかった!」
「太郎ママおはよー!」
太郎ママこと、同い年の幼馴染である
「悪いんだけどこれ太郎に渡してくれる?あの子、家の鍵忘れていっちゃって。おばちゃん夜勤なの」
「いいよ!任せて!」
太郎ママから鍵を受け取り、「いってきまーす!」と満子は高校へ向かって走り出した。
満子から少し遅れて玄関から出てきた母は太郎ママに「おはよう金河さん」と会釈をした。
「朝からごめんね、うちの娘が騒がしくて」
「いいのよ!むしろ満子ちゃんがまだ出てなくて助かったわぁ」
満子の背中はもう見えない。高校までは2kmほどあるが、あのスピードだとあと数分もあれば余裕で到着できるだろう。
「相変わらず運動神経抜群ね、満子ちゃん」
「運動神経は良くても中学の時からギャルをやるのに忙しくて帰宅部だからね。まあ、あの子が好きなようにすればいいけど」
そう言いながら満子の母は肩を竦めた。
「満子、これからカラオケ行かない?」
「えー!行きたい!」
放課後、同じクラスの友達である
今朝は無事遅刻せずに登校できたが、結局前髪はどうしようもなくて今は沙耶から借りたピンで抑えつけている。
「あ、でも太郎の忘れ物届けないといけないんだった」
太郎ママから預かった鍵を、カバンから取り出す。
「太郎って彼氏?」
「太郎は彼氏じゃないよ。ただの幼馴染ー」
怪しいよねと沙耶と亜希がニヤニヤしながら言うが、満子も太郎もお互いに全くその気はないのでこの先も付き合うとかそういうことにはならないだろうと満子は思っている。なので、ただの幼馴染としか言いようがない。
「じゃあ早く渡してカラオケ行こうよ。何組?」
「B組だけど、もう部活行ったかも。アイツ部活大好きだから授業終わったらすぐ部活行くらしい」
「じゃあそこに持っていくしかないかあ。何部?」
「柔道部。あ、でも私、柔道やってる場所どこか知らないや」
満子の疑問に、沙耶と亜希も「確かに」と首を捻った。
「体育館じゃないの?」
「体育館ってバスケとかバレーやってるんじゃない?」
「あ、確か田中さん柔道部じゃなかった?」
亜希が指をさした方を見る。ちょっとくせ毛の髪をポニーテールにしたクラスメイトが教科書をカバンに入れていた。
喋ったことはほとんどないが、名前は確か、
そうだ、あの子に聞けばいいのだ。そう思い立ち、満子は美弦の元に近づいた。
「田中さん!柔道部ってどこでやってる?」
美弦は怪訝な顔をした。
「……安藤さん、柔道に興味があるの?」
「ううん!忘れ物届けたいから場所が知りたいだけ!」
すると美弦はほっとしたように肩を下げた。
「そうよね、あなたみたいな子が柔道なんてするわけないよね」
「へ?」
「なんでもない」
美弦は首を横に振った。カバンを持ち、「案内してあげる」と言ってスタスタ歩き出した。
「沙耶、亜希!先カラオケ行ってて!後から行く!」
「オッケー」
「じゃあいつもの店ね」
満子も慌ててカバンを掴み、美弦の後を追いかけた。
校舎を出て、体育館の横を通過する。そこに体育館よりも小さな建物があった。
「ここが柔道部の活動している道場。剣道部と一緒に使ってる」
「へー!そうなんだ!」
体育館には何回も来たが、道場に来るのは初めてだ。そもそもここに道場があることすら知らなかった。
靴を脱いで上がろうとすると、「ストップ」と美弦に止められた。
「道場に上がる時は一礼をしてから」
「一礼……」
美弦はキビキビとした動作で身体を折り曲げ、そして道場に上がった。それに倣い、満子もぺこりと頭を下げ、畳の上に足をのせた。
さて、太郎はどこだ──
太郎を探すべく満子が頭を上げた瞬間、目の前で人がくるりと宙を舞った。
まさに、文字通り、くるり。一回転した身体は、そのまま畳に落下する。不思議なことに、それが満子の目にはスローモーションのように見えた。
バン!と畳に叩きつけられた音が道場に響く。その途端、ゆっくりだった時の流れが戻った。
畳に倒れたのは満子が探していた太郎だった。
「打ち込み付き合ってくれてありがとう、金河くん」
太郎を投げたその人は、太郎の道着をぐっと引き上げて立ち上がる手助けをした。太郎と向かい合って礼をすると、黒く艶のあるショートボブの髪の毛がさらりと揺れる。
「きれい……」
思わず漏れた呟きに、美弦は「え?」と怪訝そうな顔をした。
「あれ?満子?」
満子がいることに気付いた太郎の声に反応し、太郎を投げた人もこちらを見た。
横顔でもすでに綺麗だったが正面もしっかり美人で、満子の心はいっそう掴まれた。
──この人に近付きたい。そう思ったら身体が勝手に動いていた。
早足で歩み寄り、バッと手を握る。
「あの!好きです!」
突然現れたギャルの大告白に、道場は一瞬静まり返った。
「み、満子、お前……!
隣で唖然としていた太郎が真っ先に我に返り、わなわなと震えながら満子の手をべりっと剥がしてきた。
「りこ先輩っていうんだ!名前も可愛いー!」
「名前も可愛いー!じゃねぇんだよ!?気安く莉湖先輩に触れるなって言ってんだ!」
太郎は満子を羽交い締めにした。
「すいません!コイツ幼馴染で!今すぐ追い出します!」
全力で頭を下げる太郎と「りこ先輩!りこ先輩!」とじたばた暴れる満子をキョトンとした顔で見ていた莉湖だが、「待って!」と太郎を止めた。
すると、今度は莉湖が満子の手を握った。
「好きなの?柔道」
どうやら満子の告白は莉湖には違う方向に捉えられていたらしい。
しかし、満子を見る莉湖の目が期待できらきらであまりにも可愛くて、満子は違いますなんて言えなかった。
「はい!好きです柔道!今好きになりました!」
「本当?じゃあ入る?柔道部」
「入ります!」
満子の返事に莉湖はいっそう笑顔を弾けさせた。
「お、おい満子、お前マジで言ってんの?今まで運動部どころか部活自体やろうとしなかっただろ」
考え直すなら今だと言いたげに太郎が声をかけてくるが、満子は「マジでやるよ!」と振り払った。
「嬉しい!一緒に頑張ろうね、満子ちゃん」
莉湖にきゅっと手を握られ、満子は胸をキュンキュンさせた。
柔道のことは何も分からないが、莉湖を喜ばせることができるのなら何でもいいや、と顔が緩みまくる。
こうしてギャルは不純な動機により柔道部に入部することになったのだった。
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