@Rei_Kaduki

第1話

「ねえねえ、聞いた?あの神社の話!」

「聞いたよ!あれでしょ?あの神社の桜の木に触ると神隠しに遭うって!」


 普段は大して気にもならない所謂陽キャ女子たちのくだらない会話。けれど、その桜の話だけは思わず聞き耳を立ててしまった。



 私は花沢里奈。文芸部所属でどの女子グループにも属してない陰キャと呼ばれる類の人間。特別仲のいい友達がいるわけでもないし、特別仲の悪い人がいるわけでもない。中立に近い立場にいる。

 が、文芸部で小説を書いている以上あんな風に小説のネタになりそうな話を聞こえる範囲でされてしまうとどうしても気になってしまう。


 陽キャが話してた神社っていうのはうちの近くにある割と大きめの神社のことだろう。しっかりとした鳥居とゲームみたいに石畳で整備されている参道。そして、その参道を挟むようにして植えられている桜。桜並木といっても遜色ないくらいの本数が植えられていて、毎年春になると全国から観光客が殺到する。

 そして、夏になるとその姿を一変させるのがその神社の特徴でもある。夏になれば好奇心旺盛な中高生の肝試しの格好の的になる。それはこのあたりの夏の風物詩として昔から行われていて、現代でも受け継がれている一種の伝統行事のようなものになっている。


 陽キャが話していた内容を聞く限り、どうやらその神社で“神隠し”が起きているらしい。しかも、全国に知られているほどの桜絡みで。

 私は先生の長ったらしいSHRの話を聞き流し、「日直誰だ~?」という話におどけたように答える男子の声を聴きながら小説のネタになりそうだがら一度現地に行ってみようと考えていた。


 奇跡的にテスト期間中で学校は午前で終わるため、私はそのままの足で神社へと向かった。じりじりと照り付ける夏特有の殺人的な日光を浴びて、正直今すぐにでも家に帰ってしまいたがったが、一度芽生えた好奇心には抗うことが出来なかった。


 神社につくと、青々とした葉をつけた桜並木が視界に入りいつもと変わらない景色だな、と率直に思った。参道に足を踏み入れ、いつの日か母から聞いた「真ん中は神様の通り道」という話を律儀に守り、向かって右側を歩いた。

 鳥居の前で一礼し、広々とした境内に入ると、こちらもいつもと変わらない景色が広がっていた。

 いや、待て。陽キャたちは桜の木がどうこう言ってた気がする。と、後ろを振り向こうとしたその時


「あら?こんな時期にご参拝の方ですか?」


 と、背後から声がした。驚いて勢いよく後ろを振り向くとそこには、すぐにでも何かに攫われてしまいそうな儚さを纏った同年代くらいの女の子が立っていた。いつからいたのかは分からないが思考に夢中になっているときに来ていたのかもしれない。

 彼女はお正月によく見る巫女さんのような恰好をしていて、いかにも神社関係者であることを醸し出していた。いや、これで巫女さんではなくてコスプレイヤーだったらそれはそれで困るのだが。


「あの、私、参拝に来たわけじゃなくって……」

「参拝じゃない……あ、もしかして肝試しの下見でしょうか?」

「はっ、はい!実はそうなんです!」

「そうなんですね。申し遅れました、私はこの神社の一人娘の丁子霞と申します。父は今出払っておりますが何か言伝はございますか?」

「いや……あの、本当に見にきただけなので!これで失礼します!」


 対人コミュニケーションが苦手な私は思わずその場から脱兎のごとく逃げ出してしまった。急いでいたから参道の横の桜の近くを走ってしまい、桜の木の根っこに躓いてこけかけてしまった。羞恥で赤くなった顔を隠すように私はさらにスピードを上げて帰路に着いた。


 真夏だというのに、妙に涼しい風と後ろから刺すような視線で見つめられていたことに気づかないまま。


 翌日、学校に行くとまたあの神隠しの話が広まっていた

……また広まっていた?おかしい。あの話はもうすでに校内に広がりきっていたはずなのに、どうして初めて聞いたかのようにみんな話しているんだろう。誰もが神隠しの話を聞くと初耳だと言わんばかりの反応をする。

 不思議に思っていると廊下から男子の歓声のような大きな声が聞こえてきた。気になってこっそりのぞいてみると昨日あの神社であった少女が廊下にいた。少女はそのまま私の教室に入り、私の隣の席に座った。

 あまりにも驚いてしまって声を出せずにいると、彼女はにこりと張り付けたような笑みを浮かべて


「おはようございます、花沢さん。」

「お、おはよう……」


 なにが起こっているのか分からないまま、朝のSHRの時間を迎えた。これが終わったらゆっくり頭を整理しようと思っていながら先生の話を聞いていたが、ここで私の背筋に冷たい汗が伝った。


 連絡事項が、昨日と全く同じ。連絡事項が同じなだけであれば特別変わったことはないんだろうな、と片付けられたのかもしれないが昨日と同じように

「日直誰だ~?」という担任の声とおどけたように答える男子。間違いなく昨日のやりとりそのままだ。私は訳が分からなくなって発狂してしまいそうだったがなんとか堪えてまた放課後あの神社に行ってみようと思った。


 そして昨日と同じテストの問題を解いて、昨日と同じように神社に足を運び、昨日と同じように境内に入った。そして……


「あら?こんな時期に参拝の方ですか?」


 昨日と、一言一句違わずそう背後から声が聞こえた。そこで私は小さく悲鳴をあげてしまった。


「どういう、こと……?足音、なんで……?」


 昨日みたいに考え事に集中してたわけじゃない。それなのにこんな玉石が敷き詰められている境内で足音が全く聞こえなかった。私がいるのは境内の丁度中央ともいえる場所だし、玉石を踏まないで歩くなんて不可能。恐る恐る振り返ると昨日と同じ少女が立っていた。少女は怯え切った私を見るとにやりと怪しげに笑った。


「……こっちに来てください」


 そういわれると私の足は勝手に動き出した。いや、勝手にじゃない。その言葉に私は逆らえない。逆らってはいけない。そう脳が判断してゆっくりと確実に少女の下へと歩き出す。


「私の名前を、知っていますね?」

「……霞。丁子、霞。」

「そう、いい子ですね。なぜ、その名前を知っているのですか?」

「貴方が私にそういったから。」

「それは、いつのことですか?」

「昨日。」

「昨日は何日ですか?」

「18日……7月の18日。」

「では、今日は何日ですか?」


 それまで機械的ながらもしっかり答えていた私の口が、急に勝手に動き出した。


「7月の、18日。」

「……そうですよね?けれど、あなたは昨日も18日と言いましたよ。」


 確かに私はしっかりと昨日は何日、という問いに対して18日と答えた。間違っていない。だって、昨日は私の誕生日だったのだから。

 訳が分からなくなって混乱したのが伝わったのか少女はくすくす笑っている。それさえも私の恐怖心を煽り思わず


「ごめんなさい……!」


 と、懇願するように呟くと彼女は目を細めて射貫くように私を睨みつけた


「……ふむ、ならば。もうわらわの桜に近づくでない。」


 急に口調が変わったかと思って思わず見上げると、ざざぁと風が吹いて木の葉が揺られた。あまりにも強い突風に目を瞑りゆっくりと開けるとそこには先程までの少女ではなく浮世離れした美しさをした“何か”がいた。

 人間の風貌をしているけれど、人間とは思えない雰囲気を纏っている。私はその雰囲気に圧倒されて口をぽかんと開けたまま何も声を出せなかった。


「全く、どいつもこいつもわらわの桜を見に来るだけでは飽き足らず、わらわの大事な大事な社にゴミをぶちまけていく。挙句の果てには桜に傷をつけようとするものだから、ちっとばかしお灸をすえんとなぁ。」


 彼女はまたこっちを見て威圧的にそう言い放った。温度も、感情も持たない異常に冷たい声だった。私は思わず気になっていることを聞いてしまった。


「……あなたは、神様なんですか?」


 目の前にいる人の姿を模した何かに私はそう聞いた。すると、それは怪しく笑ったのちに


「そうじゃ。わらわはこの神社に奉られている。わらわの正体を見破ったお主に一つ、良い事を教えてやろう。お主の寺子屋に神隠しの噂を流したのはわらわじゃ。噂を流し、まんまとやってきて落胆し桜に危害を加えた者だけ記憶をそのままに前日に戻しわらわと対話させる。それでも反省の色を見せなかったらそのままわらわがパクリ、じゃ。」


 お主は故意ではなかったが、ちと好奇心が旺盛すぎたからの。止めはしないが冷静にさせるために時戻しをさせてもらった。


 正直怖かったし、何が起こっているのか簡単に飲み込めなかったがとにかく目の前にいるのはこの神社の神様で私は昨日に戻った。それが事実としておかれているだけだ。


「さて、お主を元の時間に戻すが……わらわの正体は他言無用で頼むぞ。もし口外すれば……」


 お主も、パクリと腹に収めてしまうからの。


 と、脅しにしては現実味を帯びすぎている言葉に無言で必死に首を縦に全力で振った。それをみて満足そうに笑って神様は私の額に触れた。


 またざざぁっと強風が吹き、目を瞑るといつの間にか辺りは夕暮れに染まっていた。スマホの日付を確認すると7月の19日。元の時間軸に戻ってこれたようだ。


 私は参道の左側を歩いていると、ふと後ろに気配を感じた。恐る恐る振り返ると参道の真ん中にどうどうと私が学校で見た少女、丁子霞が立っていた。それを見て私は、ああやっぱりあの子は神様なんだ、と漠然と思いできるだけ早歩きでその場を去った。


 次の日、また学校に神隠しの噂が流れていて陽キャ女子の一人が確かめに行こうとしていた。その女子がどうなるかは知ったことではない。

 それに私はあの出来事に怖気づいて小説にするのをやめた。






 触らぬ神になんとやら。もうできればあの噂には関わりたくない。

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