172.楽器を選んで横並び
専門店からさまざまな楽器が持ち込まれた。レオンは目を輝かせ、先日のシンバルを探す。だが見当たらなかった。
「おかぁ、しゃま……ぼくの、ない」
シンバルがないと呟き、鼻を啜った。泣き出しそうなレオンに手を伸ばす。走ってきて、車椅子に座る私の膝に飛びついた。顔を埋めて、うーと唸り声をあげる。
黒髪を撫でながら見上げる先で、ヘンリック様が店員に合図を送った。運ばれた黒い箱が開封される。中に淡い金色のシンバルが入っていた。ただ……明らかに小さいわ。レオンの体格に合わせて作らせたのかしら。
「レオン、欲しかったのはこれか?」
「ん……、それ!」
半泣きで唇を尖らせながらも、レオンは振り返った。シンバルを見るなり、嬉しそうに走り出す。ヘンリック様が差し出す黒い箱を覗き、いいの? と首を傾げる。
「レオン、お父様にきちんとお願いして」
アドバイスする。欲しいかと問われたら、返事をするのよ。大きく頷いたレオンがヘンリック様に向き直った。
「これ、ぼく……ほちぃでしゅ。おとちゃま、いい?」
かなり頑張ったわ。褒めてあげてほしい。ヘンリック様は微笑み、私に目配せした。それから箱を置いてシンバルを取り出す。レオンの手にそっと持たせた。興奮して頬が赤くなったレオンが、両手を打ち合わせる。響いた音に満面の笑みが広がった。
「お父様、本当に……いいんですか?」
エルヴィンはバイオリンのケースを抱いて、目を潤ませている。私が用意するつもりだったけれど、ヘンリック様が注文してくれたの。その説明を受けて、エルヴィンは彼に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、注文は俺がしたが……支払いは義父上だ。大切にしなさい。音楽教師は手配しておいた」
重ねて何度もお礼を言うエルヴィンに、私もうるっときた。長女だった私以上に、長男であるエルヴィンは我慢を強いられてきたのよ。もし双子がいなければ、違っていたかもしれない。
将来は家を継ぐ立場で、でもお金がなくてギリギリの生活。絶対に我が侭を言わないのが、可哀想だったわ。双子も様々な楽器に目移りしている。だが最初に望んだピアノとフルートに落ち着いた。
「アマーリアはいいのか?」
ある程度希望が決まっているのに、どうして業者が他の楽器も持ち込んだのか。その理由は、私? 驚いて、すぐに胸がじんとして……泣きたくなった。エルヴィンと同じ、私もいろいろと諦めてきたから。
お父様が何か話したのかしら。ヘンリック様は私の後ろで、車椅子を押してくれる。
「気になるものはあるか?」
「……そう、ね。せっかくだから、これにしようかしら」
打楽器、ピアノ、笛、バイオリンときたら、合わせられる楽器がいいと思うの。座っていても演奏できる楽器なら、皆と一緒にすぐ習えるわ。膝に乗る大きさのハープを示した。
貴族令嬢の間で二年ほど前に流行ったのよ。私も興味があったけれど、諦めたの。ハープは高価だから。小さな夢が叶ったわ。微笑んでそう呟いたら、ヘンリック様が「じゃあ、俺も」とヴィオラの購入を決めた。
楽器屋さんが帰ってから知ったのだけれど、ヘンリック様も楽器の心得はないんですって。勉強ばかりで習う余裕がなかった、そんな話を夕食時に打ち明けられる。
「全員、一から横並びね」
初歩から教えてくれる教師は三人、習うのが楽しみだわ。
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