164.小さな疑問の棘と猫の真似
一日のうち、二時間ほど。ヘンリック様は仕事で書斎に閉じこもる。王宮の仕事を休んでも、領地の仕事があるのかと思った。でも違うみたい。そう感じた理由は、王宮から届く手紙よ。こっそりと王宮から仕事が回されているのでは? と疑うほどの頻度だった。
ベルントにそれとなく確認したけれど、言葉を濁すのよ。ヘンリック様に口止めされているのかも。
「おかぁしゃま。どうじょ」
居間のソファに座るレオンが、小さな手でカップを差し出す。中身は入っておらず、豪華な食器を使ったおままごとだった。
「美味しそうね、いただくわ」
カップを手に取り、飲むフリをする。レオンは満面の笑みで、今度はお皿を押した。
「これも、どうじょ」
「まあ、こちらもいいの? 嬉しいわ」
お皿を引き寄せて、こてりと首を傾げる。レオンが手を動かして摘む仕草をしたので、茶菓子だろうと当たりをつけて宙を摘んで口に運ぶ。向かいでは、ユリアーナが花を並べていた。おままごとに使うのではなく、押し花を作るらしいわ。
「あにゃ、なぁに? ぼくも」
何をしてるの、僕も! 子供らしい好奇心で、すぐに別の遊びに飛びつく。おままごとは終わりみたい。手招きして、リリーに片付けてもらった。陶器なので重いし、割ると危ないわ。
うにゃぁ……。濁点がつく一歩手前、微妙な声でミアが鳴いた。リリーの開けた隙間を利用し、入り込んだのね。寝室に侵入したあの日から、我が物顔で別邸を闊歩している。
「あ、にあだ」
ミア……にあ。うん、似ているわ。ご機嫌のレオンは、押し花の準備をするユリアーナから興味が逸れた。そのまま猫に向かって一直線だ。茶トラの大きな猫は、すぐにレオンに追いつかれた。のっしのしと歩くミアの背中から、お腹へと腕を回す。
「レオン、ミアが嫌がったら離すのよ」
「うん」
まあ、ミアは大人しいから我慢してくれると思うけれど。一応動物だから、怒ったら爪を立てるかもしれないわ。軽い引っ掻き傷程度なら、勉強と思うべきよね。こういう時に、すぐ動けない状態は辛かった。足の骨、すぐに治ればいいのに。
ミアは抱き上げようとするレオンに、抵抗せずに従った。でもやっぱり大きくて持ち上がらない。べろんと伸びた状態で、不満そうな顔をした。表情豊かな猫だわ。尻尾が大きく左右に揺れ始めるが、爪や牙は出ない。
「レオン、ミアが疲れちゃうわよ」
「ちかれた? にあ」
話しかけられても、猫は無言だ。ただ尻尾は雄弁だった。そろそろ下ろせと訴えている。
「お? また捕まったのか、どんくさい奴」
ユリアンがミアを揶揄うが、近づいた途端にシャーと威嚇された。どうやら寛容に振る舞うのはレオン相手だけみたい。おかしくて笑うと、ユリアンがぷくっと頬を膨らませた。
「さきほどの言葉遣いはダメよ。もしレオンが覚えたらどうするの」
不貞腐れても拗ねてもダメよ。言い聞かされたユリアンは、渋々だけれど「ごめんなさい」をしたので許した。同時に、重さに耐えかねたレオンから、ミアも解放される。
ぶにゃぁ。礼か、挨拶? レオンを振り返ったミアは濁声で鳴いて、暖炉前の暖かな一角で丸くなる。追いかけたレオンが「にゃぁ」と小声で鳴き真似をして、同じように転がった。可愛すぎて、鼻血が出るかと思ったわ。
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