67.お昼寝しないからおやつなし!

 思わぬ失敗をしてしまった。でんぐり返しではなくて……レオンがお昼寝をしなかったの。擽り合いがよほど楽しかったようで、興奮してテントを走り回った。呼んで横にしても、すぐ転がって遊び始める。あまりに楽しそうで、叱るのも可哀想……と思っている間に、日が傾いてくる。


「今日はお昼寝しなかったから、おやつはなしよ」


 レオンは「あい!」と元気に返事をしていて……ここが弟妹と一番違うところかも。貧乏さが食料事情に直結していた我が家では、おやつ抜きは効果的な躾の道具だった。でもレオンには効かない。楽しい方が優先されちゃうみたい。


 がくりと肩を落としてテントを出る。侍従が手際よく畳む姿を見ながら、レオンに手を伸ばした。


「お部屋に戻りましょうね」


「やだぁ」


 きゃっきゃと興奮状態のレオンは、あっさり拒否する。まだ外で遊ぶのだと逃げて行った。ちょっと……想像以上に自由過ぎないかしら? 靴を履いたから芝生の上を走って、転んでも手をつく。運動神経も一気に発達し始めたようね。前なら顔から転んでたわ。


 転がっても楽しいようで、止まらなくなって芝の上を回転中だった。


「……元気だな」


「そうね、お父様。どうしましょう」


 おやつ抜きが効かないなんて困っちゃう。頬に手を当てて、やれやれと息を吐き出す。でも、表情が笑顔になっちゃうのは……レオンが幸せそうだから。おずおずと母親を求めて声をかけたあの日の姿が嘘のようだわ。


「何にしろ、止めなければならん」


 ふふっ、お父様ったら以前の口調に戻っている。懐かしい伯爵家での日々を思い出し、よしっと腕まくりした。追い回して捕まえるわよ!


「待ちなさい、レオン!」


「きゃぁ!」


 とてとて走るレオンが、さっと向きを変えた。すばしっこいじゃない。追おうとして、芝生にヒールが刺さる。お洒落な靴がすぽんと脱げた。滑ったので、ケガはしていない。尻餅も付かず、咄嗟に手で体を支えた。ちょっと間抜けな姿だけど。


「おかしゃま! こっち」


 追いかけっこの延長と思ったのか、レオンは元気に走る。今度はエルヴィンが追いかけた。心得た様子でユリアーナとユリアンが回り込む。歓声を上げて走る幼子は、すぐに捕獲された。ユリアンのタックルで確保されたが、レオンはユリアンの腹の上で大笑いしている。


 あの服、洗うのが大変ね。ユリアンのお尻についた草の汁を見ながら、顔を引きつらせた。洗濯を担当する下女に特別手当を出すよう言わなくちゃ。あれ、本当に落としづらいのよ。


「レオン、悪い子ね」


 ユリアンとユリアーナ、双子の間で手を繋いだレオンを見てぷっと吹き出した。連行される宇宙人の絵を思い出す。前世の記憶でも、これはないわ。誰とも共有できない脳裏の映像が消えるまで、口元や腹筋をぷるぷるさせて耐えた。明日の筋肉痛は確定ね。


「旦那様が戻る時間だから、皆、着替えて来て」


 今夜も夕食をご一緒する予定だと思うの。お父様ももう遠慮はないのか、承諾して我が子を促す。離れに帰っていく四人を見送り、私とレオンも屋敷に引き上げた。


 ……片足のヒールが曲がったらこんなに歩きにくい、なんて知らなかったわ。

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