49.家族の範囲はどこまで?
結婚式後もすぐに王宮へ向かったし、滅多に屋敷に戻らない。だから平和な生活が送れると安心していたのに……。
玄関ホールでレオンを抱いて待つ。何が起きているかわからないレオンは、周囲を見回して人が多いことに目を丸くした。
「おまちゅい?」
ふふっと笑い、勘違いを正す。
「違うわ、レオンのお父様が帰ってきたの」
「ふーん」
興味はなさそうね。まあ、向こうが興味を示さなかったんだし、今までのツケだわ。旦那様が無視されるのはいいけれど、レオンが叱られないように教えないと困るわ。
「お父様はこのお屋敷のお金やご飯のお金を出してくれる人よ。仲良しでなくても、お礼は言いましょうね」
以前も私を真似ていたから、手本を示せば大丈夫よね。紫の大きな目をぱちくりと瞬き、レオンは素直に頷いた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
扉が開いて、家令フランクが代表で声をかける。使用人達が一様に腰を折った。私は妻なので、深く頭を下げる必要はない。レオンを抱いているから、危ないし。
「旦那様、お仕事お疲れ様でした」
同じ言葉を復唱するのも芸がないので、表現を変えてみる。お帰りなさいと歓迎する意図はない。疲れたでしょうと労うだけ。微笑んでの会釈に、レオンは首だけぺこりと下げた。
言葉が長いから? ぎゅっと私の首に手を回す仕草からして、怖いのね。以前にそんなことを言っていたわ。旦那様のお邪魔でしょうから、早めに立ち去りましょう。
夕食は部屋で取ろうかしら。ベルントかフランクに尋ねて、旦那様が自室で食べるなら食堂を使おうと考えた。踵を返して数歩で、後ろから声がかかる。
「夕食は家族で摂ろう」
「家族、ですか?」
どこまで含んでの意味か。私を除いてレオンだけの可能性もある。
「ああ」
短い返事だけで、旦那様は階段を登る。踊り場で止まり、不思議そうに振り返った。小首を傾げれば、何も言わずにそのまま二階へ消える。
「フランク」
「はい、奥様」
「家族で食事と言ったわよね?」
「はい」
沈黙が落ちる。フランクも初めての事態に混乱しているのか、いつも打てば響く対応がなかった。無言で見つめ合う。
旦那様がいなくなって気楽になったのか、レオンは私の耳たぶを弄り始めた。指先で摘んだり引っ張ったり、その刺激で我に返る。
「家族って、どこまでかしら」
「……申し訳ございません、わかりかねます」
旦那様の家族……書類上なら妻の私、息子のレオンまで。違う意味がある? でも礼儀作法の勉強中の双子は呼べない。エルヴィンも緊張するだろうし、お父様だけ呼ぶのも変よね。
「三人で用意しましょう」
全員集めてしまって、後で文句を言われるよりマシだった。ケンプフェルト公爵家の家名を持つ者という意味なら、お父様達は巻き込まないで済む。
料理長への伝言を頼み、私は絨毯が敷かれた居間へ向かった。靴を脱がせたレオンが、元気に走る。隅に置いた積み木の箱を引き寄せ、中身を取り出し始めた。手招きされて隣で積み木を弄る。もう角取りと色塗りが終わったのね。あとでフランクにお礼を言わなくちゃ。
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