48.言葉にして伝えられて偉いわ
小さな手にぺちぺちと顔を触られ、私は目を覚ました。外は夕暮れで、寝過ごしたと赤い夕日が責めている。
「レオン、よく眠れた?」
「うん、もっかい! おまちゅり」
もう一度行こうと強請る幼子に、もう終わったのよと説明した。じっと聞いて悲しそうな顔をする。ユリアンとの会話は、覚えていないみたい。ほとんど眠っちゃってたから。
同じ説明をして、また別のお祭りに参加しようと誘う。
「ちゅぎ?」
「そうよ、秋にお祭りがあるの。お祭りじゃなくても、街に出られるわ。お買い物やお散歩も素敵ね」
「……うん」
それはそれで楽しそうだけれど、今はお祭りで頭がいっぱい。そんな顔のレオンの頬に、ちゅっと口付けた。
「今回のお祭りは、おしまいよ」
そろそろ聞き慣れた
ピンクの外出用ワンピースから、落ち着いた濃緑のワンピースに着替える。ストンとした形は、スレンダーラインに似ていた。室内着と呼ぶほどラフではないけれど、締め付けのない楽な服装だった。来客予定のないくつろぎの時間に、貴族の奥様達が着用するらしい。
伯爵家だけど、貧乏すぎて知らなかったわ。お母様がいたら教えてくれたかもしれない。他人に見せないなら、腰を括れさせたり、胸を寄せてあげたりしなくていいもの。裾が長いのは気になるが、足首を見せないなら身長ぴったりなのも仕方ない。踏まないよう気をつけましょう。
ショールの一部を留めて袖の形を作った上着を羽織った。よく貴族の奥様が後ろにショールをダランと垂らすのに、後ろに滑って落ちないのが不思議だったけど……。こうやって一部を留めて、筒状にしてから腕を通していたのね。
公爵家ではなんでも揃うので、侍女の方が服装や規定に詳しい。私は言われるまま、最低限のレベルを確保していた。種類が多すぎて、お飾りの名前とか覚えられないわ。
「おかぁしゃ、ま!」
最後の「ま」だけ強調しながら、どすんと体当たりする。レオンも着替え終えていた。前世で見たパジャマに似た服を纏い、抱っこと手を伸ばす。
「あら、どうしましょうか」
自分で抱っこと言えるかしら。首を傾げて待つ私に、レオンは必死に手を伸ばした。伝わるんだけれど、言葉に出してほしい。側から見れば、抱き上げちゃえばいいのに……という場面だろう。
自分の意思をすべて汲んでもらえたら、レオンは言葉を使わなくなってしまうわ。後で困るのはレオン自身だもの。必要なことは自分の口から伝えないとね。
笑顔で動かない私に焦れたのか、足を動かして地団駄を踏むような仕草をした。それから「だっこ!」と両手で私の腿を叩く。伝わってるはずなのに、上手に伝わらなくて焦れったい。きちんと口にできたレオンを、抱き上げた。
「偉いわ、レオンはちゃんと言葉で伝えられるのね」
「えぁい?」
「ええ、すごく立派だわ」
「いっぱ!」
抱っこにご満悦のレオンを連れて、自室を出た。廊下を抜けて、絨毯の部屋になっている居間へ足を向ける。
ふと、馬車の音が聞こえた。気のせいと思いたい。私の願い虚しく、旦那様帰宅のお知らせが入る。聞いてしまえば、無視も大人げないと行き先を変更した。
玄関ホールで旦那様をお迎えしましょう。それにしても、帰宅が早いわね。
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