34.良い子の人参チャレンジ

 お昼寝から起きたところに、焼き上がったケーキが運ばれる。一緒に昼寝をした双子は目を輝かせた。そうよ、あなた達は食べたことあるものね。


 まだ前世の記憶が曖昧だった頃、誰かに教わったのよね……と呟きながら作ったケーキだ。人参をすり下ろして搾り、残った繊維を混ぜて焼くキャロットケーキよ。外側はこんがりと狐色に仕上がり、中はほんのりオレンジ色のはず。


 プロが作ると形がいいわね。ケーキの匂いから人参は想像できなくて、レオンが「きゃぁあ!」と歓声を上げた。勉強熱心なエルヴィンを呼び、お父様も同席の上でカットする。ほわりと湯気が出て、焼き立てのケーキが目の前に用意された。


 生クリームはないので、アプリコットジャムが用意される。クリームチーズも合いそうだけど、この世界だとお高いのよね。日持ちしないからかしら。流通量も少ないと聞いていた。


「さあ、頂きましょう」


 取り分けたケーキを、フォークでカットする。一口サイズを小さめに作り、ジャムを付けて口元へ運んだ。


「あーん、レオン」


「あー!」


 口に入った一口を、しっかり噛み締める。もぐもぐと動く口が、嬉しそうに綻んだ。美味しかったのね。


「レオン、これは人参のケーキよ」


 驚いた顔の後、ケーキをじっと見つめる。指を伸ばして、ケーキを摘んだ。柔らかいスポンジ部分が割れて、手元に少しだけ残る。それを覗き込んで、割ってみた。確認を終えたのか、首を横に振る。


「ないなぃ」


「いいえ、入ってるの」


 不思議そうな顔をして、握ったケーキを口に押し込んだ。開いた手のひらを唇に押し当てる形で、持っていたケーキを頬張る。ゆっくり食べて、また「ないない」と首を横に振った。


「美味しい? これなら食べられそう?」


 こくんと首を縦に振ったけれど、人参入りは信じていないみたい。まあいいわ。徐々に食べられるように工夫しましょう。


「奥様、残った汁ですが……」


 ガラス製の水差しにオレンジ色の液体が残っている。人参の搾り汁って鮮やかなのよね。オレンジジュースと少しの蜂蜜、それから林檎のジュースも足した。料理長の工夫に感謝し、コップに注いでもらう。


「美味しいわ」


 料理長は嬉しそうに笑った。興味を持った双子が欲しがり、エルヴィンやお父様も飲む。私が家で搾った時は、残った人参汁はスープに入れた。ジュースにするには、蜂蜜や果物が高いんですもの。公爵家なら贅沢に使えるわね。


「じゅーちゅ! ぼくも」


 手をじたばたさせて、飲みたいと訴える。レオンの仕草や言葉が可愛いけれど、人参の匂いがするわよ? そっと口元に運び、コップを支える。傾けたジュースを口に入れ、レオンは咳き込んだ。


 ナプキンで押さえて、背中をとんとんと叩く。落ち着いたレオンは、また飲みたいとせがんだ。味で人参に気づいたんじゃないの? 不思議に思いながら、またコップを傾ける。小さな両手でコップを掴み、自分で調整して飲み始めた。


 その視線の先は、美味しそうに飲むユリアンやユリアーナに固定されていて……。どうやら真似をしたいみたい。いい刺激で好ましい影響だわ。


「たくさん飲めたわね、偉いわ。レオン」


 にこにこと笑うレオンは満足げで、今日の人参チャレンジは成功に終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る