26.欲張りな方だと思うわ

 正直な気持ちを伝えると、お父様は複雑そうな顔をした。意味が分からない子供達を除いて、給仕の使用人も困ったような表情を見せる。


「気になさらないで。私は契約通りに役割を果たして、代わりに報酬をいただくの。ある意味、使用人みたいなものですわ」


 おほほと笑ったら、執事ベルントが項垂れてしまった。本当に気にしなくていいのに。旦那様に余計なことを言って、仲良くさせようとしないでね。私にとって夫は、お金を稼いで留守が常態化した人であってほしいもの。念押ししたことで、ベルントの眉尻が下がった。


「承知いたしました、奥様」


 ちょっと疑わしいけれど、大丈夫よね? にっこり笑って頷き、幸せをアピールする。もぐもぐと口を動かすレオンの小さな手が、私の手をきゅっと握った。次に食べたいものを尋ねれば、お肉を指差す。手元に取り分けてもらい、小さくして口に運んだ。


 一緒に自分も食べる。鶏肉のトマトソース煮? この季節はまだ収穫には早いから、ドライトマトかしら。小さな屋敷の庭をすべて畑にしていたから、収穫時期や栽培方法に詳しくなったのよ。しっかり味わって食べる。


「本当に不幸ではないのか?」


 お父様がぽつりと呟く。うーんと唸って、指折りしながら条件を並べてみた。


「私の望みは、衣食住に不自由しないこと。恋愛は要らないけれど、可愛い我が子は欲しかったの。それがこの家で叶い、レオンを授かったのよ? 社交は女性の戦場で化かし合いが凄いと聞いたから、最低限に絞ってもらえて助かるし……領地の借金も払っていただいたから。何も困ってないわ」


 夫は要らないが、お金の心配がない生活と可愛い我が子は欲しい。私ほど贅沢な願いを持つ貴族令嬢はいなかったと思うの。それで借金塗れでしょう? 幼い弟妹を残して嫁ぐのも心残りだったけれど、今になれば家族を離れに引き取ることができた。


 公爵夫人の自由にできるお金は、すごく豊富だわ。半分を街の教会に寄付してもらおうと思っている。教会は身よりのない子を引き取って面倒を見ているから、無駄にしないために最適の利用法だわ。残る半分で私と家族の身の回りを整えたら完璧、と考えていた。


 驚いたのは公爵夫人の普段着や社交用ドレスが経費扱いだったこと。屋敷の維持費から支出されるんですって。月に三着も仕立てられるのよ。それ以上が必要なら、宛がわれた公爵夫人のお小遣いから支払うらしい。


「宝石は興味がないし、ある程度は用意されていたの。だから新しく買う気もないわ」


 笑顔でそう告げて、レオンの口にクルミ入りパンを運ぶ。


「美味しい?」


「おいちっ!」


 両手を頬に当てて笑うレオンの姿に、自然と表情が柔らかくなる。こんな可愛い天使を我が子として育てていいなんて、私って神様に愛されているのよ。そう笑ったら、周囲の使用人の目が潤んだ。なぜかしら、本音で話したら同情されている?


 蝶よ花よと育てられた貴族令嬢なら、この家に嫁いで泣き崩れるのかも。悪い方向へ考えたら、旦那様に放置され、継子の面倒を押し付けられた可哀想な私……となる。畑を侵食し庭に蔓延るミントくらいの逞しさがある私は、このくらいの環境の方が気が楽だわ。


 毎日旦那様のお相手をして、機嫌を窺って暮らすなんて無理だもの。

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