04.私がレオンのお母様よ

 跡取りがいるから閨は不要。その言葉に含まれる若様は、抱き付いたまま私を見上げる。顔立ちはお母様に似たのかしら。旦那様はきりりとした美形だけれど、冷たい感じがする。この子みたいな柔らかさは感じなかった。


 軽くぽんぽんと背中を叩く私を見つめる瞳は、こぼれ落ちそうなほど大きい。子供って本当に目が大きいのよね。紫の瞳は、明るい色だった。不思議な色は両親の色が混じった結果? それなら、母方は赤系統の瞳だったのね。


 そんなことを考える私に、レオンはこてりと首を傾げた。傾け過ぎて、肩に耳がつきそう。幼子の仕草って、いちいち可愛いわね。


「おか、さま……?」


 ぎこちない話し方をする幼子を補うように、イルゼが口を挟んだ。


「レオン様はまだ幼く、前の奥様を覚えておられないのです。そのため、お母様が帰ってこられたと勘違いなさったようです」


 声に冷たさは感じない。むしろ我が子を慈しむ母のような、柔らかな心配が滲んでいた。私が叱ると思ったのかしら。まあ、我が侭な貴族令嬢なら、いきなり母親呼ばわりされてキレる人もいるかも。


 貧乏伯爵家で、弟妹の世話をしてきた私は子供慣れしている。別に汚れた手でスカートを掴まれても、泣き叫んで追い払うようなことはしないわ。以前、教会のボランティアをしたときに、そんな貴族夫人を見て幻滅したのよね。綺麗な服を着ていても綺麗な心じゃないのね、と。


「ええ、私がレオンのお母様よ。ようやく会えたわ、仲良くしましょうね」


 実母じゃないと突き放す必要はないし、ある程度成長してから継母だと明かせばいい。今のレオンに必要なのは、なの。それは自分を保護して、愛して、慈しんでくれる存在よ。血の繋がりなんて、あとでいいわ。


 ぱっと表情が明るくなった。レオンは嬉しそうににこりと笑い、私にしがみついた。まだ腕が背中に回りきらなくて、脇の辺りの服を握る。やや質量の足りない胸に顔を埋めたあと、私を見上げて笑顔を振りまいた。


「なんって可愛いのかしら。レオンは天使ね、私は最高に幸せな母親だわ」


 レオンは声をあげて喜ぶ。その黒髪を優しく撫でて、頬を擦り寄せた。見守る侍女の中に涙ぐむ者がいて、今までのレオンが置かれた環境に思い至る。使用人は母を名乗ることができず、節度と距離を保って接した。ある意味、仕方のないことね。


 まだ母親が恋しい年齢なのに、広い屋敷にいるのは使用人ばかり。再婚とはいえ、花嫁の私を放置する父親は寄りつかない。何不自由なく世話をされても、寂しかったはずよ。甘える相手がいなかったんだもの。


 結婚式の疲れも吹っ飛ぶ愛らしさに、この家への気後れや心配も吹き飛んだ。安心していいわ、私があなたを守るから。今のところ、上級使用人達は私に同情しているのか、丁寧で親切だった。


 レオンにも同じように接したけれど、幼子は甘える相手を求める。私のこの屋敷での役割が決まったわ! 公爵夫人ではなく、レオンのお母様になること。


「レオン、今日は一緒に寝ましょうか」


 まだ早い時間だけれど、侍女達は私の言葉に反応して準備を始める。


「ごはん……」


「ええ、ご飯が先ね」


 ぐぅと鳴った腹の音に、くすくすと笑いながら頷く。お腹の虫まで可愛いだなんて、レオンは素敵ね。食事を部屋に運ぶよう手配するイルゼに礼を言って、レオンを抱き上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る